第14話 その顔は、なんなのよ
パスタ、シチュー、カレー、ハンバーガー。リクエストされた料理の他にも数点追加して、二人用にしては広すぎるテーブルにずらりと並べる。
「よし、完成!」
ベルがエプロンを外しながら振り返ると、すぐ後ろにケイトが立っていた。
いつの間に背後を取られたのだろう。
怖くはないけれど、あまりの近さに慌てて距離を取る。
「うわっ」
離れたはずの胸板が眼前に迫ってきて、ベルは声を上げた。
ベルが転びそうになっていると勘違いしたのだろう。伸びてきた腕が、背中に回される。
「大丈夫か?」
引き寄せるついでに耳元でささやかれて、耳がゾワゾワした。
イイ声というのも考えものだ。なんでもない言葉でも、体が勝手に意識しそうになって困る。
「はぁ、まぁ……」
余計なお世話だったとは言いづらい。
ベルは気まずそうに、曖昧に答えた。
(だって、本当に余計なお世話だし……)
さすがにかわいげがなかっただろうか。
離れていくケイトを見上げると、なぜか満足そうな顔をしていた。
(なんでそんなに嬉しそうなのよ)
ベルのことを、何もないところで転びそうになるようなマヌケだと思って
それとも、勇者たるもの、誰かを助けることで喜びを感じる
前者なのだとしたら魔族の身体能力を知らなすぎるし、後者なのだとしても困りものだ。
どちらにしても、魔族についてよく教える必要がある。
図らずも魔王がしようとしていたことをすることになって、
(どんな巡り合わせなのかしら)
と、ベルは思った。
「それにしても……ウサギ一匹でこんなに作れるものなのだな」
ベルが作業しているのを近くで見て、手伝ってもいたはずなのに、ケイトは不思議そうだ。
しかしその目はキラキラと輝いていて、ベルが作った料理に期待しているように見える。
いつも非難されてばかりだったから、期待されるとなんだかむず痒い。
にやけそうになる顔をキュッとしかめて、ベルは席についた。
今回の料理はすべて、人であるケイトのために毒抜きしてある。
毒抜きなんて、地の国では赤ちゃんに与えるような離乳食でしかしないことだ。
それだけ、ベルはケイトのことを大事に思っている。
もちろん、おいしい追放生活のためだが。
ベルに倣うように、ケイトが向かいの椅子へ腰掛ける。
料理へすぐに手を出さずにベルを見ているところを見ると、警戒しているのかもしれない。
(一応、料理の説明をしておきましょうか)
それくらいで警戒が解けるとも思わないが、ベルが食べたからと言って安心できるものではないことくらい、わかっている。
暴食姫たるベルに毒が効かないことは、周知の事実なのだから。
一番食べやすいかと思ってすぐそばに置いておいたハンバーガーを、ケイトがしげしげと見ている。
パンをペロリとめくると、二種類の野菜とウサギ肉のハンバーグが出てきた。
「丸いパンにはさんでいるのは、ウサギ肉のハンバーグとトマト、タマネギとレタスよ。ハンバーグは照り焼きにして、ソースにマヨネーズをかけてあるわ」
「地の国にも、野菜があるのだな」
ひどい言われように、ベルは頭が痛くなりそうだと思った。
人の国において、地の国はどんなところだと思われているのだろうか。
野菜さえ栽培できないような荒野が続いている?
それとも、野菜を食べる習慣さえないと思われている?
どちらにせよ、ろくな文化がないと思われているに違いない。
ベルは心外そうに眉をひそめた。
「地の国にだって、農業くらいあるわ。酪農だって、漁業だって、ある。基本的な生活は、人と相違ないはずよ。ただ、
「少しか……地の国に来て真っ先に、巨大なカボチャに襲われたのだが」
「カボチャなら、蔦がある分まだマシよ」
鎖につながれた獣だと思えば、かわいいものだ。
蔦があるのだから、ある程度逃げれば追ってくることもない。
ただし、下敷きにされたらたまったものではないが。
「マシ……あれで、か?」
「根菜類は土から這い出して追いかけてくるから、もっと大変よ?」
地の国で栽培している根菜は、敵がくると土から這い出して猛ダッシュする。
そのため、ニンジンなど直根類と呼ばれる根菜は足みたいに二又にわかれているし、イモなどの丸い根菜は四本の突起が生えているのだ。
襲ってくるか逃げるかは個々によるが、襲ってくるものの方が熟している傾向があるとされている。
もうすでに襲われたことがあるのか、ケイトは難しい顔をしている。
襲ってくるのは熟していておいしい証拠だと教えると、ますます複雑そうな顔をしていた。
「パスタは、ひき肉とトマトを煮込んだミートソース。お好みでチーズパウダーをかけて。シチューとカレーは頭と骨をじっくり煮込んでいるから、味が染みていると思うわ。バゲット、ナン、ライスを用意したから、好きなように食べて」
もう、限界だ。おなかがキュルキュル文句を垂れている。
ベルは残りの料理も適当に説明すると、あとは勝手にしてとばかりに食べ始めた。
初めてのウサギの味は、鶏肉とよく似ていた。
野生だったせいか少しクセはあるものの、念のために仕込んでいた香辛料がほどよく相殺してくれている。
頰を膨らませてうっとりと悦に入りながら食事をしていると、向かいでケイトが感心したようにつぶやいた。
「すごいな」
「たくさん……とは言えないけれど、夜食には十分な量でしょう?」
もしかして、足りなかった?
ベルとしてはこれ以上ケイトに譲ってあげるつもりもないのだけれど。
そう思って自分の分の皿を引き寄せると、ケイトは目をまん丸にしてベルを見てきた。
(その顔は、なんなのよ)
意地汚いと思われたって、譲れないものは譲れない。
警戒するようににらんでいると、フハッと気の抜けたような声でケイトは吹き出した。
「いや、そうでなく。食文化がここまで似ているのがすごいなって」
「あなたたち人は、魔族を蛮族か何かだと思っているのかしら?」
「思っていた……というか、そのように習うんだ。少なくとも僕は、そうだった」
呟かれた言葉はどこか吹っ切れたようにも聞こえて。
皿を抱えたまま不思議そうに首をかしげているベルの前で、ケイトはガブリとハンバーガーに食いついた。
唇の端についたソースを舐めながら、彼は満足そうに笑みを浮かべる。
「おいしい」
そして何かを感じ入るように、深く息を吐いた。
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