第10話 原因は、お姉様

 勇者の話をひととおり聞かせてもらったベルは、看病疲れが一気にきたような疲労感を覚えていた。


「原因は、お姉様だったのね……」


 やはりというか、なんというか。

 勇者の話はかなりぼかされていたが、彼が逃げた原因は、間違いなく姉である。


 どこまでもブレない姉に、ある種の憧れにも似た気持ちと、またか、いい加減にしろという怒りが混じり合う。

 モヤモヤとした気持ちを吐き出すように、ベルは深いため息を吐いた。


 色欲姫である姉のアスモは、自分の欲に忠実で、魔王以外の他者を一切気にかけない。


 彼女に選ばれた、恋人という名の生贄いけにえが笑っていられるのは、最初だけ。

 最後は精も魂も尽き果てて、逃げ出してきたところを厨房で盗み食いしていたベルに見つかり、助けを求めるのが、お決まりのパターンとなっていた。


 もしもベルが、姉のように目的のためなら手段を選ばない魔族だったのなら、今頃はゴミ溜めの森ホーディング・フォレストでおいしい追放生活を満喫していたはずだ。


 家から一歩も出ずに勇者の面倒を見る、なんてこともなかった。


 良くも悪くも、姉は魔王の娘らしい。

 一方のベルは、魔王の娘らしくもあり、そうでないとも言える。


 二十四時間、欲を発散することだけを考えている姉と違い、ベルはまだその域に達することができていないのだ。


 窓の外に広がる森を見つめ、ベルは改めて決意する。


(私はここで、暴食を極めてみせる!)


 姉のことは好いていないが、魔族としては尊敬している。

 彼女は彼女で、ベルはベルで、それぞれの道を究められたら良いと思う。


(それには、お姉様と距離を置かなくては)


 なんだかんだお人好しのベルは、頼られると頑張ってしまうきらいがあった。


 自分のことより他者を優先してしまうことは、魔族的には悪徳である。

 食欲より姉の恋人を助けることを選ぶベルは、落ちこぼれなのだ。


(誰もいないここなら、集中できると思ったのに……)


 よりにもよって、勇者を拾ってしまうとは。

 ついていない。


(……何にしても、目の前にいる勇者様をなんとかしなくちゃいけないわ)


 なにせベルは、彼を食べてしまった罪で森へ追放された身。

 勇者が無事だと魔王に知られた時点で、追放が撤回されてしまうのである。


 ゴミ溜めの森行きを渋りに渋っていた宰相のことを考えると、頭が痛くなってくる。


 彼は間違いなく、ベルを引きずってでも魔王城へ連れ帰ろうとするだろう。「姫としての自覚をお持ちなさい!」とかなんとか言いながら、ベルを持ち帰るシーンが目に浮かぶようだ。


 さて、どうしたものか。


 頭を悩ませていると、勇者が控えめに「あの」と声をかけてきた。

 唇に軽く握った拳を当てた体勢で考え込んでいたベルは、彼の声にゆっくりと顔を上げる。


「なんでしょう?」


「助けてくださって、ありがとうございました。僕の名は、ケイト・ベールヴァルド。かわいらしい恩人様、どうか僕にその名を教えていただけませんか?」


「私の名前は……って、はい?」


 どうやら勇者──ケイトは、姉の力である魅了の影響から抜けきれていないようだ。


(かわいらしい恩人様、だなんて)


 ゾワッとして体が震えそうだ。

 腕を見ると、見事に鳥肌が立っていた。


 どうかしていると、ベルはかわいそうなものを見る目でケイトを見る。


「お世辞はいらないわ」


「お世辞なんて言っていない」


「お姉様を見た後に私を見た人はみんな言うわ。同じ親から生まれたのに、どうしてこうも違うのか。残念すぎるって」


 みんなそうだった。例外はない。

 だから、その程度のことで、ベルは傷ついたりしない。


 ベルは暴食の姫で、姉は色欲の姫。

 そもそも必要とする武器が違うのだから、傷つく方がおかしいのだ。


 いつも通りに傷ついていない顔をしながら、ベルは笑う。

 何を当たり前のことを、と鼻で笑えているはずだ。


 もうずっと、数えきれないくらいにそうしてきた。板につくほどに。


 そんな彼女に対し、ケイトは怒ったようだった。

 あからさまにムッとした顔をして、色違いの両目で責めるようににらんでくる。


「あなたの言うみんななんて、僕は知らない。僕は、あなたのことをかわいいと思う」


「え、うあ……えーっと?」


「悪いか?」


「いや……」


 不機嫌そうな声だった。

 それでも、彼の声はベルの耳に心地よく届く。

 少しくらいは信じてあげてもいいかな。そう、思えるくらいに。


 いつもと違う反応に、浮き足立っている自分がいる。

 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、だけれど。


 フワフワとしたこそばゆい感情を持て余したベルは、バツが悪そうにケイトから顔を背けた。

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