2章 セミチョコとタガメ酒

第7話 勇者と魔王の娘の禁断の恋……?

 ゴミ溜めの森ホーディング・フォレストへ追放されてから、五日が過ぎた。


 初日に拾った勇者のことを、ベルはまだ、レティに言えないでいる。

 小心者の彼女が知れば騒ぎ立てるのが目に見えていたし、恋の話に飢えている彼女がどんな勘違いをするのかわかったものではなかったからだ。


「勇者と魔王の娘の禁断の恋……! とか言って目をキラキラさせそうだもの」


 ちっちゃなハートの持ち主であるレティでは、勇者の世話なんてできるはずがない。

 脳裏に浮かぶ鬱陶しいレティを追い払うように、ベルはぞんざいに手を振った。


「ふぅ……」


 勇者の看病をすることは、おいしくて、そしてなかなかに厄介だった……と、ベルはこの三日の間のことを思い返す。


 レティには、家の召喚で魔力を使い過ぎたからしばらく休むと説明していた。

 きょうだいたちに知れたら「貧困な魔力だな」と馬鹿にされそうな理由だが、まさか勇者の看病があるから部屋にいないといけない、なんて正直に言えるはずもない。


 幸い、レティは魔力量が少ない体質なので、ベルのことを疑いもしなかった。

 それどころか、


『姫さま……その間のお食事については、心配無用ですからね……!』


 と、目に並々ならぬ決意を宿していた。


『レティ、出かけるなら家の周りだけにしておいてね』


『心配してくれるのですか、レティのことを……? 姫さま、ありがとうございます。姫さまのためにも、たっくさん食材採ってきますね!』


 魔王城の畑を荒らされたら今度こそ助けることはできない。

 だからこその言葉だったのだが、レティは歓喜の涙を浮かべて元気よく家を飛び出していった。


 結果。

 家の周りにあった食材は全て刈り尽くされ、おいしく調理された。

 特に、周期的に大量発生するセミを油で揚げてチョコレートでコーティングした【セミチョコ】は、甘くてサクサクで手が止まらなくなるおいしさだった。


 おかげで、昨日からセミの鳴き声がしない。

 どうやらベルが食べ尽くしてしまったようだ。


「次の周期にまた大量発生することを願うばかりね」


 窓の外を見れば、ゴミ溜めの森たからのやまが広がっている。

 だというのに、ベルは探索どころか外へ出てすらいなかった。そう、一歩もだ。


「正しく罰を受けている。冤罪えんざいなのに……ぐすん」


 らしくもなく「ぐすん」と言いたくもなる。

 レティの影響を受けたのか、それとも自暴自棄になっているだけか。

 窓ごしに聞こえる怪鳥の鳴き声に、ベルは退屈そうにため息を吐いた。


「いったい、いつまで寝ているつもりなの? 勇者様」


 勇者は、ベルのベッドの上で健やかに寝息を立てている。

 念のため、本当にベルが食べていないか確かめたけれど、どこも欠けていなかったことは幸いだ。


 姉に襲われたであろう彼を、かわいそうに思ってそのまま寝かせ続けていたけれど、ベルはそろそろ我慢の限界である。


「拾った初日より肌艶はずいぶんと良くなったし、脈も呼吸も正常……」


 いっそのこと、放置して探索へ行ってしまおうかと思う。

 だって、目覚めた勇者が逃げたって、ベルはちっとも困らないのだから。


 一向に目覚める気配のない勇者を、ベルはジットリと恨みがましそうな目でにらんだ。

 スゥスゥと呼吸する鼻は小さめでつつましく、唇はぷっくりとしている。

 おでこは丸く前に出ていて、あごは小さめ。輪郭はやや丸みを帯びていて──、


「ベビーフェイスね」


 チョン、とベルは勇者の鼻を突いた。

 ムズムズしたのだろう、勇者がクシュンとくしゃみを一つする。


 やがてゆっくりと、勇者はまぶたを上げた。

 青空のような澄んだ青の目が、まぶたの下から現れる。同時に蜂蜜を思わせる琥珀こはく色の目も現れて、ベルは驚きに目を見開いた。


「……驚いた。あなた、オッドアイなのね」


 右目が青色で、左目が琥珀色。

 なんて、珍しい目をしているのだろう。珍しくて、つい覗き込んでしげしげと見入ってしまう。


「神に愛された証と、魔族の証を同時に持っているなんて」


 びっくりだ。鼻を突いただけで起きるならもっと早くやっておけば良かったとか、そんな気持ちがヒュッとどこかへ飛んでいくくらい。

 こんな目を、ベルは初めて見た。


 金や琥珀色の目は、魔族特有の目の色と言われている。

 他の色はどの国にも存在するが、金や琥珀色だけは、魔族だけ。魔族以外では、獣しか存在しない。


(ああ、だからお父様は……)


 だから魔王は、勇者を教育しようと思ったのかもしれない。

 歴代の勇者たちはあっさりとトドメを刺したのに、彼だけ違う結末を迎えた、その理由。


 魔族の証をも所有するのだから、今までの勇者と違って少しは歩み寄ってもらえるかもしれない。そんな風に、魔王は希望を持ったのではないだろうか。


「でも、私が食べちゃったから……」


 そうは見えなかったけれど、魔王は落胆していたのかもしれない、とベルは思った。


 うーんと考え事に没頭しだしたベルの下で、控えめに勇者が体を動かす。

 ベルが身を屈めて顔を近づけたまま停止してしまったので、起き上がるに起き上がれなかったのだ。


「……っ」


 勇者の頰が、徐々に赤く染まっていく。

 とうとう目尻まで赤く染まり始めたところで、ベルがようやく考え事から我に返った。


 困ったようにも責めているようにも見える目が、ベルを見上げている。

 もしかしたら、宿敵である魔族に近寄られて不快だったのかもしれない。


 もっと見ていたかったのにと残念に思いながら、ベルは両手を上げて素早く身を引いた。


「ごめんなさい。勇者様からしてみれば、私たち魔族なんて近寄るのも嫌よね」


 気まずさを覚えて苦笑いを浮かべると、勇者は慌てた様子で身を起こした。


「そんなことはない。だってあなたは……!」


 勢い余って、ベッドから落ちそうになっている。

 ベルは慌てて勇者を抱きとめ、ベッドへ押し戻した。


「大丈夫? 無理しないで」


 久しぶりの発声に喉が驚いたのか、勇者が咽せる。

 ベルはゴホゴホと咳き込む勇者の背を撫でながら、彼は何を言うつもりだったのだろうと思いを巡らせた。


 蜂蜜みたいな色をした目から、蜂蜜食べたいなぁと連想するのがいつものベルなのに。

 この時はなぜか、勇者が発した言葉の続きばかり気になった。

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