二節 「ワインの樽」
次の日の早朝、二人は再び同じ場所へと来ていた。 既に昇り切った日の出は、水面上で煌らかに躍っている。 夏にしては少し冷たい風が、由梨花の鼻先を
「わぁ、きれい…。 ――でも、なんでまたここに来たの?」
そう由梨花は訊いたけれど、霞澄は何も答えない。 昨日のあの時からずっとこの調子で、もしや何かに
「———ちょっと、付いてきて」
そう言ったかと思うと、不意に霞澄が岸に向かって歩き出した。 何か気になる物でもあったのかと由梨花も後に続く。 でも、由梨花の予測とは反して、霞澄は水辺の5歩ほど手前で足を止めた。
「ねぇ、これ…どう思う?」
霞澄がそう言いながら指差した先には、先程までは全く気が付かなかった
「うわぁ・・・これ全部ごみ?」
「そう。 それも、大半が観光客のだろうね」
霞澄はまだ言い終わない内に、自分のリュックサックから大きめの袋を取り出した。 ついでにトングまで取り出したのだから、ゴミ拾いでもするつもりなのだろう。 確か、どこぞの海岸でも同じことをしていた。
「——ねぇ、私も手伝っていい?」
由梨花がそう言うと、スペアか先読みか、霞澄は黙って道具一式をもう一組取り出した。 そして、それを由梨花に手渡したかと思うと、何も言わないまま藪へ入って行ってしまった。 そんな今まで見たことのないような素っ気ない態度の片鱗で、由梨花は霞澄の僅かな怒りを垣間見た気がした。
手渡されたゴミ拾いセットを両手に、由梨花は浅瀬へと歩き出した。 浦と陸との境には、やけに色彩豊かな
「うわぁ、全っ然終わる気しない…清掃活動とかしてる人たちって、大変なんだろうなぁ」
物々言いながらも、一応手は止めずに拾い続けてみる。 ただ、流れ作業ばかりしていてはきっとすぐに飽きてしまうから、由梨花はごみの来た道のりを想像して辿ってみることにした。
「え~っと、例えばこのペットボトルは――」
一番考えやすいのは直接的なポイ捨てだ。 けれど、もしかすると川から流れてきたのかも知れない。 はたまた、どこかから風に乗って転がって来たのかも知れない。
いずれにしても、勝手にゴミ箱から飛び出してくることなど到底有り得ないのだ。 然るべき場所へ持って行くのが面倒だったのか。 或いは、自分一人が捨てたところでなんて考えていたのかも知れない。
けれど、自分一人がという考えを皆が持っているのだから、こんなことになるのだ。 誰か一人くらいゴミを拾ったとて、罰は当たらないはずなのに。 樽に積もらせた
すると、由梨花の中で自然と怒りにも憎しみにも似た感情が湧き出してきた。 けれど、何にも例えがたい、どこにぶつけようもない。 そんな、
———そして、ふと気が付くと、無意識に集めていたそれは袋を一杯に埋め尽くしていた。 由梨花は
「霞澄くん、いる~?」
由梨花が
「もう袋一杯になった?」
「うん、まぁ…。 霞澄くんのも満杯だね」
由梨花が微笑みながら言うと、霞澄は手元を見て、肩の力を抜き、その口を
暫くして、二人は駅へ向かうバスに乗って霞ケ浦を離れた。 先程拾ったごみは霞澄が預かると言っていたけれど、結局どうしたのだろうか。 霞澄を疑うつもりはないものの、やはり気にならないはずもない。
「…ねぇ、霞澄くん。 さっきのごみって、あの後どうしたの?」
「あー ・ ・ ・ あれね、ちょうどその辺にゴミ収集所あったから、こっそりおいて来ちゃった」
「えっ、それいいの!?」
「うーん――まぁ、いいんじゃない?」
「え~・・・」
由梨花の期待を裏切らないくらいの、いい加減な答え。 しかし、場所はともかく、ちゃんと捨てていたのならもはや文句はなかった。 由梨花は視線を水平線に戻し、座席に寄り掛かった。
「———あ、そういえばさー」
「どうしたの? 霞澄くん」
「…欠片、おっけー」
「へぇ~」
「え? ――あぁ・・・もっと早く言ってよ~!」
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