三節 「チョコバナナパフェ」

 「へぇ~、もう折り返し地点まで来てたんだね。 てっきりまだ半分くらいだと思ってた~」


 「まあ、極端にシビアな予定組んでここまで来ちゃったからね。 由梨花ちゃん、疲れてない?」


 由梨花が呑気に言うと、霞澄は静かに笑って返し、由梨花の体調を気遣った。 霞澄は、案外優しい。 思い返してみれば——とは言え、たかが数日だけではあるけれど、霞澄が泣いたり怒ったりしているところを一度も見ていない気がする。


 「うん。 山登りは疲れたけど、全然大丈夫だよ!」


 ――だからと言って、今からまた電車に乗って他県に行くのは流石に由梨花にとっては厳しかった。 旅は楽しくても、度が過ぎると身体を壊しかねないのだ。 既に若干疲れ気味でもある。


 「・・・ねぇ、由梨花ちゃん。 麓の方にお洒落なカフェがあるっぽいから、行ってみない?」


 「えっ、本当!? 行く行く~!」


 由梨花はつい頬を緩ませながら、乗り気で言った。 そのまま霞澄に付いて行き、山を降りようとする。 でも、足にうまく力が入らず、千鳥足になってしまった。


 「——っとっとっと。 …危なかったぁ」


 「大丈夫?」


 辛うじて足を突いた先で、霞澄が心配そうに顔を覗かせている。 作り笑いでなんとか誤魔化したものの、次また躓けばまず間違いなくただでは済まないだろう。 そんな懸念を抱いていると、霞澄がふと手を差し出した。


 「荷物、持とうか? 僕のそこまで重くないし」


 「えっ、でも…絶対それの方が重そうなんだけど・・・」


 由梨花のリュックサックよりも一回り大きな、割と膨らんでいて見るからに重そうなものを背負っている霞澄に言われ、必然的に由梨花は遠慮してしまった。  けれど、こんなところで転んでは、元も子もない。 結局霞澄の言葉に甘えることにした。


 「それなら、お願いしてもいい?」


 「いいよ~」


 霞澄はそう言うと、右手に由梨花のリュックサックを軽々と提げ、再び…今度は少しペースを落として、山を降り始めた。 その一歩一歩からは、足の震えも、疲れも、全くと言っていいほど感じられない。  おまけに、時折鼻歌まで聞こえてくるくらいだ。


 「山登りって、実は降りる時が一番きつかったりするよね~」


 「そうなの?」


 「そうそう。 山を降るときって、めっちゃ足疲れてるでしょ? だから、降りるときにその附けが来て、力が入らなくなるんだよね~」


 「へぇ、だからだったんだね」


 なるほど、道理で足がすくむはずだ。 由梨花は納得しつつ、たった数分山を登っただけで足が負ける自分を自己叱責した。 そして、ずっと足元を凝視しながら霞澄に付いて行くように山を降りた。




 「———ふぅ~、やっと着いたぁ!」


 電車の座席に腰掛けながら、由梨花は人知れず声を漏らした。 とっさに辺りを見回すと幸い乗客は二人だけで、霞澄が微笑するくらいで済んだけれど…。 由梨花は再び偉大な教訓を得た。


 「カフェまではここから50分弱くらいだから、割とゆっくりできそうかもね~」


 「やった~ 。 ———はぁ、疲れた」


 霞澄から受け取った荷物を(丁寧に)投げ出して背凭れへ飛び込むと、瞬く間に疲労と睡魔が倒れ込んできた。 理性との葛藤の向こうで、微睡が手招いている。 それに吸い込まれるようにして、由梨花は眠りに落ちた。




 ―――気が付くと由梨花は、カフェの席に座っていた。 微かに頭の奥が重く、なんとなく、意識がボヤっとしている。 確かつい先ほどまで電車で寝ていたはずだったけれど、この様子じゃきっと、中途半端に仮眠をとったせいで、反対に朦朧としてしまっているのだろう。


 「お待たせしました~、チョコバナナパフェとアップルパイで~す」


 人の好さそうな明るい店員が運んできたパフェは、確かに頼んだ記憶があったような気もする。 頭痛もマシになり、目の前に置かれたうちのもう片方を霞澄に渡し、由梨花は細長いスプーンを手に取った。 そして、無作為にすくい上げたそれを口に入れた。


 「——ん、おいしい…」


 当然真っ先に口に広がったのは甘さで、しかし全く諄くなく、むしろバナナの自然な甘みを引き立てているようにさえ感じた。 そのバナナもチョコレートとの相性がこれ以上にない位に良く、それを包み込む生クリームの濃厚かつ繊細な風味も相まって。 それは、由梨花の目が覚めるほどに美味だった。


 「本当? ここ評価は良かったけど、口コミがそれっぽいことしか書いてなくってさぁ。 でも、美味しいならよかった~」


 そう言う霞澄はというと、やはり器用に、アップルパイを食べていた。 そこらのパン屋さんよりも香りがこうばしく、リンゴ煮が煌いて見えた。 よほど美味しいのか、狐面が少し浮くくらいに頬張っている。


 「それっぽいことって、どんな?」


 「ここのこれが美味しいですとか、これが悪かったですとか」


 「ふぅん。 …でも、それって普通じゃない?」


 「だけど、“美味しい”なんて結局個人の感想に過ぎないし、だいたい美味しくなくたってわざわざ書く必要はないでしょ」


 「うーん・・・難しいね」


 霞澄の言いたいことが今一分からない由梨花は、ついそれっぽく返してしまった。 けれど、言葉が大切だということくらいはなんとなく分からないでもない。 日常会話でも、言葉は大切にしようと由梨花は肝に銘じつつ、再びパフェを口に運んだ。

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