四節 「神様だって」
「おかぁさん、おかぁさんはなにおねがいしたの?」
「お母さんはね、由梨花もお母さんもお父さんもみーんな、元気に暮らせますようにってお願いしたのよ」
「そーなんだぁ」
「由梨花は何をお願いしたの?」
「わたしはね、がっこーでおともだちいっぱいできますようにっておねがいしたのー」
「そう、いいお願いね。 由梨花はとってもかわいいから、きっと叶うよ」
「やったー!」
———そうだ、そうだった。 怒りの欠片が神社にあった理由も、「欠片探しの旅」の真の意味も。 糸が繋がるように、今この瞬間、全てが分かった。
「霞澄くん。 私、想い出したよ」
「なになに、聞かせて?」
由梨花は一息吐くと、歩く足を少し緩めつつ、口を開いた。
「私が前にここへ来たのは、小学校に入学する少し前だったかな。 私ね、外宮でも内宮でもないどこかで、お願いごとをしたんだ」
「お願いごとしたってことは、多分別宮かな。 それで、どんなことお願いしたの?」
霞澄は相槌を打ちながら、丁寧に話に耳を傾けている。 由梨花は少しだけ、目を逸らしながら続けた。
「友達ができますようにって、仲のいい友達がたくさんできますようにってお願いしたんだよね。 …でも、私ってもともと人見知りだったから、自分から誰かに話し掛けられないし、話し掛けてくれてもなんて返せば良いか分からなくって…」
そんなつもりはないのに、自然と声が震えてくる。 拳を握り締め、口角が力んで、それでもまだ収まらない。 きっと、少しでも気を抜けば、涙が零れてしまう。
「それで、まぁ当然なんだけど、友達なんて全然できなくって。 それがトラウマで、今だって友達って言えるような友達なんていないし。 だから――」
「由梨花ちゃん」
徐々に声を荒げる由梨花の名前を、霞澄が呼んだ。 その声の裏には、いつもとは違った優しさや穏やかさがあった。 足を止め、由梨花の方を向いた霞澄が続けた。
「神様へのお願いごとってね、あれが欲しいとかこれが欲しいとかっていうものじゃなくって。 これが欲しくて、そのためにこれを頑張るので、見守っていてください、みたいなことをお願いするんだって」
少し間を開け、霞澄は淡々と、されどゆっくり続けた。
「だってほら。 人間って、日本だけでも一億何千万いるわけだから、さすがの神様だって、みんながみんな面倒を見てあげるって訳にもいかないんじゃない? だから、見えないところから見守ってて、たまに少しだけ手伝ってくれてるんじゃないかな」
そういった後、霞澄は空を見上げた。 由梨花も袖で目を拭いながら天を仰ぐと、そこには清々しいほど眩しい太陽が、
「——そういえば、私ね。 想い出の欠片を集めるっていうのがどういうことか分かったんだ」
霞澄の方へ向き直し、微笑みながら由梨花は言った。
「今までずっと、とりあえず霞澄くんに付いて行って、言われるまま何も考えずにアルバム見たり釣りしたりしてるだけだった」
霞澄は少し意外そうな素振りをして苦笑いをしたけれど、それには触れずに由梨花は続けた。
「でもね、今やっと分かったんだ。 想い出の欠片を取り戻すっていうのは、当時と同じ場所に行って、同じことをしたりして。 そうして、その時に感じた感情を想い出すってことだったんだね」
「ん~まぁ…なんとなくでやってたってのはちょっとビックリしたけど、要はそういうことだね」
霞澄は少し困ったように、けれどどこか嬉しそうに笑って言った。 由梨花も何かから解放されたような気分になり、自然と安堵の笑みがこぼれた。 そんな由梨花を見て、霞澄は言った。
「それじゃ、ここの欠片は集まったみたいだけど…せっかくだから、別宮にも寄ってく?」
由梨花は目を擦りながら、とびっきりの笑顔で答えた。
「うん!」
それからまたしばらく歩き、二人は別宮へと着いた。 周囲にはより一層樹木が生い茂っていて、神秘的に感じる。 そこから差す木漏れ陽はまるで
ここでもやはり手を合わせ、しかし今度は感謝と共にお願い事を心の内で唱えた。 もし叶わなくたって、それが神様に委ねた結果、今はもう恨みなどしない。 そう、由梨花は強く思っていた。
「由梨花ちゃん、なにお願いした~?」
別宮に背を向けると、霞澄は由梨花に訊いた。 やはり、どうしても気になるものなのだろうか。 由梨花は少しだけ恥ずかしがりながらも、正直に答えた。
「私はね、やっぱり、想愁病がこの世からなくなりますように…じゃなくって、なくせるように頑張るので、見守っててくださいってお願いしたんだ~」
「ふぅ~ん」
霞澄は若干声のトーンを低くして言った。 …いや、厳密にいえば、由梨花にはそう聞こえただけかも知れない。 何はともあれ、由梨花だけ教えるのは納得がいかず、霞澄にも訊いてみることにした。
「そう言う霞澄くんは何お願いしたの?」
「・・・秘密~」
「え~、なんかずるい~。 別に教えてくれたっていいじゃ~ん」
そう言って、由梨花は霞澄の肩に飛び掛かった。 しかし、頑なに霞澄は答えようとはしなかった。 納得はいかなかったけれど、そこまで言うのならと由梨花も諦めた。
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