三節 「伊勢神宮参拝」
食事を終え店を発った二人は、伊勢神宮に向かって歩いていた。 商店街には昔ながらの景観が残された店が立ち並んでいたけれど、そこを抜けた途端、辺りに木々が生い茂る景色に変わり、それと同時に大きな鳥居も視界に入ってきた。
神社の敷地に入ると、辺りは観光客でごった返していた。 ただでさえ暑いのに、日傘を差したり
そんなことを考えている内に、いつの間にか神社に着いていた。 道中橋を渡ったりしたような気もするけれど、なにしろずっと同じ景色だったのだ。 代り映えしない道のりは、正直少し退屈でさえあった。
でも、いざ神社に着くと、その荘厳さに由梨花は圧倒された。 特別煌びやかなわけでも、建物が大規模なわけでもなかったが、ついつい見上げてしまうような雰囲気がそこにあった。 …威厳、とでも言うべきか。
「ここが、伊勢神宮?」
「いや、ここは神宮の中でも外宮って言ってね~」
「・・・げぐう…って、なに?」
「あ~、神宮には外宮と内宮があって、他にも別宮があって――」
特別神社に詳しいわけでもない由梨花にとって、こんなのは初耳だった。 神社といったら、記憶に残っているのは、近所の小さい神社のみ。 それが、一つの神社の中に幾つも…日本は広いなぁ、と由梨花は思った。
「——それで、まずは外宮に来たってわけ。 さ、お祈りしよ~」
そう言いながら、霞澄は由梨花の手を引き、下宮の建物へ歩き出す。 …霞澄は、いつもこれほどにフレンドリーなのだろうか。 もっとも、交友関係が広そうには見えないけれど。
「・・・あ、そうそう。 お祈りって言っても、お願いごととかはしちゃだめらしいよ~」
「えっ、そうなの!? なんで?」
「いや、なんかね。 日頃の感謝…?を伝えるところなんだって」
「へぇ~…」
つまり、神社は建物がいくつかに分かれている上に、お参りにも規則があるというのだ。 由梨花は、ややっこしい神社に内心うんざりしかけつつも、郷に入っては郷に従うべきなのだと、自分の中で納得した。 そうしている内に、ついに外宮が目前になった。
「霞澄くん、神社の参拝って確か、二礼二拍手一礼…だったっけ?」
「そうそう。 最後の一礼は、お祈りが終わってからだよ」
ふぅ~ん、と相槌を返した由梨花は、ちらちら霞澄を見ながら、二回頭を下げた。 そして、二度手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。 祀られている神様の名前も知らないけれど、きっと何かしらお世話になっているのだろう。 そう思い込み、心の中でありがとうございますと伝えた。
うっすら目を開け霞澄を見ると、まだお祈りしているようだった。 霞澄は、どんなことを思っているのだろうか。 由梨花が見つめていると、霞澄がいきなり手を降ろして一礼し、由梨花も我に返り最後の一礼をした。
「それじゃ、次は内宮に行こうか」
霞澄は振り向くと、由梨花に言った。 あまりに霞澄の説明が長かったものだから忘れかけていたけれど、外宮を回ったら次は内宮なのだ。 正午までには参拝を終えたい由梨花は、少し急ぎ足で霞澄に付いて行った。
しばらく進むと、大きな橋が見えてきた。 幅は二車線の道路と同じくらいで、地との境目にはまた鳥居が建っている。 その横には、木製の看板のようなものが並んでいた。
「うわぁ~、なんかこの橋、すっごく…すごいね!」
「こっちから向こうまで、100メートルくらいあるらしいよ~」
「へぇ~」
パンフレットも見ずに霞澄は言った。 よほどここへ通い詰めているのか、なんだか少し頼もしくすら見えてくる。 そして、心なしか以前よりも素っ気なさが薄まった気がした。
橋の上には、絶えずそこそこの人数がいるようだった。 その群衆に紛れ、由梨花たちも橋を渡り始めた。 淡い色の木材が靴で軋む音が、なんとも心地よい。
歩きながら目線を横にやると、幅広の川の岸にはやはり松が植わっていた。 松というだけでも風情を醸し出しているように見える。 お洒落な欄干も相まって、まるで昔のどこぞの時代にタイムスリップしたようにも思えた。
そんな橋を渡り切り、霞澄に連れられるまましばらく道なりに進むと、内宮が見えてきた。 外宮と比べ、具体的に何が違うとは言えないが、内宮は内宮で圧巻されるような建物だった。
けれど、参拝の方法も同じで、見た目もほとんど同じなら、もういっそ二つ纏めてしまえばいいのに、と由梨花は密かに思っていた。 でも、霞澄に聞いた話では、それぞれ別の神様が祀られているようだった。 神社は神様の家のようなものだとも言っていたけれど、妥当といえば妥当なのだろうか。
結局、お祈りも感謝を伝えるのみ。 由梨花は少しずつ、思っていた参拝とは違っているような気がしてきた。 由梨花が幼かった頃の参拝は―――
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