第四章 ~怒りの断片~
一節 「旅が終わったら」
「———で、なんでこうなったんだっけ?」
目の前には、カップラーメンが二つとお菓子が幾らか、そもそもここはその辺のホテルの一室だ。 先程までの話では、二人は今頃伊勢海老を食べているはずなのだけれど…どんな成り行きでこうなったのか、まるで理解が追い付かない。 唯々霞澄に付いて行っていたら、いつの間にかこれだ。
「え~っと、順を追って説明するからさ。 とりあえずこれ食べながら話そう?」
そういって霞澄は、由梨花にコンビニの割り箸を手渡した。 どうやら、今更どうにかするつもりなど端からないようだ。 仕方なく、カップ麺の蓋を剥がす。
「まず、バス停で合流して駅に行ったでしょ?」
「うん」
「それから、電車が遅れたから、30分後の別の電車に乗ったでしょ?」
「…うん」
「それで、行こうと思ってた海鮮料理屋さんは臨時休業でやってなかったでしょ?」
「うんうん」
「だから、他のところで食べようとしたけど、どこも閉店か定休日でやってないから、仕方なくコンビニでカップ麺買ってきて。 そうしたらいつの間にかこうなってた~」
「・・・うーん?」
霞澄の話は、どうも辻褄が合っているようで、納得がいかない。 とりあえずアクシデントがあったことだけは分かったが、そこからどうしてカップ麺に行き着いたのかがまるで理解できないのだ。 なんとも
「…もしかして、カップ麺嫌いだった?」
「いや、そんなわけじゃないけど・・・」
「良かった~! てっきり、苦手だったのかと思ってた~」
「…そういうことじゃなくて――」
「明日は海老食べようね!」
霞澄は、割り箸を持ったまま手振りをしている。 相変わらずお面は食事中も付けたままだったけれど、もはや今更違和感などなかった。 …というか、お面を取ってしまったら、それは霞澄ではないような気さえした。
「・・・ふふ。 やっぱり、霞澄くんは霞澄くんなんだね」
「…どういう意味?」
霞澄は、またわざとらしく首を傾げている。 その純粋さは、マンションで会った時から全く変わっていない。 ずっと、子供っぽいままだ。
「…やっぱり、なんでもない。 ――明日、海老食べようね!」
「・・・もちろんだよ!」
その後お風呂と歯磨きを済ませた由梨花は、特にすることもなく、早めにベッドに飛び込んだ。 ホテルのベッドは例の如くふかふかで、雲の上というのも過言ではないように思えた。 今日の疲れ、特に肩の辺りにどっと押し寄せて来る。
真白な天井から下に目をやると、机の前に座っている霞澄が何やら考え込んでいた。 机上にはあの日本地図が広げられている。 地図の中では、日本の上にカラフルな点や線が浮かんでいる。
「霞澄くん、何してるの?」
「これね~」
霞澄は顔を上げると、地図を畳んでから立ち上がり、由梨花のほうに歩きながら言った。 それから、A4ほどになったその地図を枕元に置き、隣のベッドに入った。 組んだ腕を頭に敷きながら、霞澄は続けた。
「欠片が全部集まった後、花火大会に一緒に行きたいな~って」
「花火大会?」
これまた急にどうしたのだろうか。 特に拒否するつもりもないが、霞澄がそんなことを言い出すのは意外だった。 しかし、ここのところ十年以上行っていないせいか、どこか妙な気分がした。
「それで、その花火の日に間に合うかなって、逆算してたんだ~」
「…それって、あとどれくらい?」
「あと・・・数日かな~」
…つまり、霞澄はざっくりあと数日で欠片を集め終わるつもりでいるということだ。 いくらなんでも、それは流石にハイペースすぎるのではないかと由梨花は一瞬思ったけれど、思い返してみれば今日まで一日に一つくらいのペースで欠片を見つけていた。 これほどにまで疲労が溜まるのも納得がいく。
「——花火、嫌いだった?」
「…まさか! 花火とか最近行ってないな~って思っただけ。 だから、楽しみにしてるね!」
「・・・うん」
そう言う霞澄は、まんざらでもなさそうに見えた。 一体、どこの花火大会に行くのだろうか。 林檎飴に焼きそば、金魚すくいに射的。 考えるだけでもとても楽しみで仕方がない。
「——そういえば、霞澄くんってさ。 伊勢神宮には行ったことあるの?」
「そりゃあもちろん、幾度となく行ってるよ~」
霞澄はどことなく誇らしげに答えた。 幾度となくというのは、何十回もということだろうか。 こう見えて、意外に信心深いのかもしれないと思っていると、霞澄はそのまま続けた。
「だって、あの人とは昔かr——」
「え? あの人って誰?」
「いや、やっぱ何でもない」
そう言う霞澄の声には、珍しく焦りが垣間見えたような気がした。 あの人…一体、誰なのだろうか。 霞澄の知り合いか、それとも――—
「さて、ここで由梨花ちゃんに問題!」
「・・・どうしたの? いきなり」
「今何時?」
「えぇと…10時?」
「おやすみ~」
「…え、ちょ、え?」
由梨花が訊き返そうとした頃には、霞澄は既に布団を被っていた。 なんともまぁ、強引なものだ。 都合が悪かったのか知らないけれど、少し自己中で、子供騙しのようで。 霞澄らしい、霞澄だからこそ憎めない振舞いだなと思った。
「———おやすみ、霞澄くん」
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