二節 「駅のコンビニは」

 由梨花が目を覚ますと、電車は丁度減速し始めているところだった。 意識がはっきりするにつれ、ブレーキ音も大きくなる。


 「起きたんだね。 タイミング良いね~」


 隣には、例の如く荷物をまとめ終えた霞澄が座っていた。 由梨花よりも少し早く起きていたのだろう。 寝惚ねぼけている様子は無かった。


 「おはよう…この駅で降りるの?」


 あくびをしながら由梨花は訊いた。 電車の詳細など気にしていなかったけれど、もし全然違う駅で降りたりなんかしたら、きっと面倒な事になる。


 「そうそう、ここで合ってるはずだよ~」


 霞澄は軽めのテンションで答えた。 どうやら、次の欠片を見つけるまではずっとこれで行くらしい。 無愛想よりは話しやすいが、これはこれで困ったものだ。


 「ほら、早く降りよう」


 霞澄に催促され、由梨花も電車を降りた。 この辺りまで来るとあまり人は乗っていなかったけれど、やはり早く降りるに越したことはない。




 電車を降りた二人は、駅前のバス停まで向かった。 でも、由梨花は既に足が痛みだしていた。 今更だけれど、昨日からずっと移動し続けている。


 けれど、弱音を吐く暇があれば、歩かなければ。 そんな何か大きな責任感に駆られ、歩みを止めることなくここまで来れたのだ。 一秒でも早く、欠片を集めなければ。


 そんな由梨花を他所に、霞澄は焦りもせず、いつもの歌を口遊くちずさむ。 なぜこんなにも落ち着いていられるのだろうか。 旅に馴れていない由梨花には到底理解できなかった。


 それに、周りを見渡すと、誰もと視線が合うのだ。  理由には心当たりがあったけれど、どうにかできるものでもない。 由梨花は知らんふりをして、凛として歩くことにした。


 「——ねえねえ」


 歩きながら、霞澄が呼び掛けた。 駅の照明に硝子がらすが眩む。


 「多分、釣りしてる間めっちゃ暇だからさ。 お菓子買って行こうよ!」


 「…うん、確かに。 それじゃ、そこのコンビニ寄ろっか」


 微笑みながら由梨花は言った。 元々言動の軽い天然が明るくなったら、もはや無邪気な子供にしか見えない。 何を頼まれても断れる気がしない。




 コンビニ前の通路で、由梨花は霞澄を待っていた。 買ったお菓子を見せ合いっこするらしいが、なかなか店から出てこないのだ。 それほど本気でお菓子を選んでいるのだろう。


 「霞澄くん、どんなお菓子買うんだろうなぁ———ふふっ」


 コンビニのお菓子売り場にしゃがみ込んでいる霞澄を想像した由梨花は、思わず吹き出してしまった。 ああ見えて、案外内面は子供なのかも知れない。 考えれば考えるほどに可笑しくて堪らない。


 「——由梨花ちゃん、なんで笑ってんの?」


 ようやく店から出てきた霞澄が、マイバッグを揺らしながら歩いてきた。 一体どれだけたくさん買ったのか。 ここまで来ると、もう笑いが止まらない。


 「いや、なんでもないよ、なんでも! それより、どんなの買ったの?」


 「ん-とね、梅干しに、ナッツに…あとはなんだろ?」


 「へぇ~…」


 どうやら、お菓子のチョイスまで個性的なようだ。 でもそれらは、普段好き好んでは買わないものの、あったら絶対食べたくなるような。 万人受けする絶妙な位置付けのお菓子でもあった。


 「由梨花ちゃんは何買ったの?」


 「——え、私? 私はね、チョコとかスナック菓子とか? とりあえずなんか美味しいやつ買ってみたんだ~」


 霞澄はレジ袋の中を覗き込むと、どこか感心したように相槌を打った。 何か気になる物でもあったのだろうか。


 「…後で少しずつ交換する?」


 霞澄は一瞬固まったが、小さく頷いた。 やはり買いそびれでもあったらしい。 純粋な霞澄に、また由梨花は笑ってしまった。


 「——今、笑った?」


 「い、いや、笑っ…てないよ?」


 「嘘だぁ、絶対僕のこと笑ってるでしょ!」


 「笑ってない笑ってない」


 笑いながら誤魔化す由梨花に、霞澄は少し拗ねてしまったようだ。 流石に笑いすぎたかなと思う反面、少しだけからかってしまいたくなる。 きっと結局誰にも憎まれないタイプなのだろうな、と由梨花は思った。


 「そういえばさ、バスっていつ出るんだっけ」


 少しぶっきらぼうに霞澄が答える。


 「知らない。 …けど、多分そろそろじゃない?」


 「——なんか、若干察してはいたけどさ。 …急ごっか。」


 そう言い切った頃には、もう由梨花の足は動き出していた。 やはり、霞澄が時間を細かく気にするはずがなかった。 由梨花は笑いの混じった溜息を吐いた。

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