第三章 ~期待の断片~

一節 「デジャヴ」

 「由梨花ちゃん、バス来たよ~」


 霞澄が呼んでいる。


 「お~い」


 「———…ん?」


 目が覚めると、由梨花はベンチに横たわっていた。 目の前に霞澄がいて周りが見えないけれど、近くからはエンジンの重低音が聞こえる。


 「やっと起きた。 このまま起きなかったら、バスに置いて行かれちゃうところだったよ~」


 状況が、まるで分からない。 夢を見ていたような気もするが、内容はとても思い出せなそうだ。 ただ、とりあえずバスに乗るということだけは理解できた。


 「…ごめんね、寝ちゃってたみたい。 それじゃ、乗ろう」


 そう言って由梨花は身を起こし、乗客のいないバスに乗った。




 窓を眺めているうちに、だんだんと先ほどまでの状況を想い出してきた。 確か、由梨花は生家を出発し、二つ目の断片を探しに、福井に向かっているところだ。


 隣では、霞澄が浮かれた様子で釣り竿や釣り餌を探しているようだ。 でも、本当に魚を釣るだけで欠片が見つかるものなのだろうか。 にわかには信じられない。


 …とは言えど、今は霞澄を信じるしかない。 見えないものを探すには、知っている人に訊くしかあるまい。 そう思い、由梨花は訊いてみることにした。


 「ねえ、霞澄くん。 次の欠片って、本当に魚を釣るだけで見つかるの?」


 「そんなの知らないよ~」


 本当に軽いノリで返され、開いた口が塞がらない由梨花をよそに、霞澄は続けた。


 「だって、欠片を散らばせたのは僕じゃないし、だいたい由梨花ちゃんのことを一番知ってるのは由梨花ちゃん自身だからさ~」


 …言われてみればそうだ。 あまり知らないとは言っても、確かに想愁病についてとても詳しいとは一言も聞いたことは無いし、おまけに勇者は霞澄ではなく由梨花なんだ。


 けれど、自分のことは自分のことでも、やはり見当も付かず、結局のところ何も分からず仕舞いだった。




 「——あっ、由梨花ちゃん、ここで降りるらしいよ」


 霞澄の声に、由梨花は窓を見た。 確かに、バスは駅前に止まっている。 あまり憶えてはいないけれど、電車に乗って福井まで行くことになっているらしい。


 バスを降りた二人は、人混みをかき分けて舎内へと入った。 券売機の前に着くと、霞澄が簡素な財布を取り出し、由梨花に言った。


 「それじゃ、空港へレッツゴー!」


 「おー」


 由梨花も右手を挙げ、霞澄のノリに合わせたが、どうも何かが引っかかる。


 「——え、空港? なんで?」


 「…今更どうしたの? ついさっきまで飛行機で福井に行こうって話してなかったっけ」


 霞澄が首を傾げた。 しかし、由梨花の頭の奥底のどこかで、どうしても飛行機という単語が引っ掛かる。


 「いや…福井まで飛行機で行けたかな~って、思っただけ。 やっぱり気にしないで」


 「そっか。 …ちょっと待って、今調べてみる」


 そう言うや否や、霞澄はスマホを取り出し、何やら調べ始めた。 そして、こちらをゆっくりと振り向くと、いきなりケラケラ笑い出した。


 「本当だ、福井まで飛行機なんて飛んでないじゃん! もう、知ってるなら早く言ってよ~」


 「——え、あぁ…うん。 もっと早く言えばよかったね」


 その語尾の震えを抑えながら、由梨花は笑いを作った。 なにせ、まさか勘が当たるとは思っていなかったのだから。 いい勘が当たったから良かったけれど、なぜ解ったのだろうか。


 由梨花が最後に福井を訪れたのはもうずいぶん前のことだから、使った交通機関など憶えていないはず。 けれど、どうしてかつい最近福井に行ったような気がして仕方がない。 行ったはずはないのに…。


 「——それでは改めまして、電車で直接福井にレッツゴー!」


 「おー!」


 もう何も考えず、由梨花はノリに乗った。 考える余裕などなかった。 だから、もう何も考えずに霞澄について行くことにした。




 「いや~、それにしても、福井なんて久しぶりだな~」


 霞澄が由梨花の隣の座席で呟いた。 やはり霞澄は旅行気分のようだ。 でも、「久しぶり」という単語がなんとなく気になった由梨花は、席にもたれながら霞澄に訊いた。


 「霞澄くんも福井行ったことあるの?」


 「うん、何回かね~。 けど、最近は福井にはあんまり行ってないかもな~」


 福井にはということは、やはり頻繁に旅行に行っているのか。 旅行なんかほとんどしない由梨花からすれば羨ましい限りだったけれど、必要以上の詮索はせず、静かに目を閉じた。

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