三節 「信じられるもの」

 改めて見ていると、湊翔の食べ方はとても綺麗だった。 食べ残し一つ無いどころか、どこか効率的に見える。 そんなふうにまじまじと見つめているのに気付いたのか、湊翔が笑った。


 「どうかしたか?」


 「い、いいや?」


 うろたえながら答えたものの、きっと顔に出ているのだろう。 湊翔はまだにやけ顔でいる。 けれど、やはりからかったりはされなかった。 いくつになっても、ずっとこのままでいてくれるのだろうか。




 昼食を食べ終えた二人は、会計を済ませ再び海に向かって歩いていた。 昼下がりの港町はそれでもやはり、どことなく静寂に包まれていた。 それもそのはず、人口がまるで違うのだ。


 それも相まってか、辺り一帯は活気の代わりに潮の香りで包まれていた。 由梨花の実家の周辺とはまた違うような、少し近いような、そんな雰囲気だった。


 「あっ、あそこだわ」


 いきなり湊翔が振り向き、向こうを指した。 その向こうには地平線はなく、代わりに白く輝く水面が広がっていた。


 「ほんとだ、意外に近かったね~」


 由梨花はリュックサックを背負い直しながら言った。 けれど、その笑顔とは裏腹に、海が近づけば近づくほど不安な気持ちも大きくなっていった。


 もうじき海に着く。 そうしたら、堤防にでも座って、湊翔に全てを打ち明ける。 湊翔のことだから、信じてくれるかどうかは分からなくても、きっと真摯に向き合ってはくれるはず。


 そうすれば、霞澄を探す手掛かりでも手に入るかもしれない。 今、由梨花が最優先すべきことは霞澄の捜索だ。 だから、二日目の今日も次の欠片の詳細も二の次だた。




 二人は、穏やかな波が寄っては離れる堤防に腰掛けた。 辺りには漁船が何隻か停泊していて、地面にはちらほらゴミが散らばっている。 良くも悪くも、とても海らしい海のような感じがした。


 「——ねえ、実はさ。 今日、どうしても湊翔くんに話したいことがあって」


 先程とは打って変わり、緊張感のある空気がピンと張り詰めた。 湊翔は少しでもそれを解そうとしているようだが、顔は強張ったままだ。 そんな中、所々しどろもどろになりながらも、これまでの経緯の一切を話した。




 初めは相槌を打ちながら聞いていた湊翔だったが、次第に顔をしかめていくのが由梨花にも分かった。 流石の湊翔でも、受け入れ難いようだ。 それもそうだ、それが正常なんだ。 由梨花も最初はそうだった。


 「——それで、その霞澄ってやつがどこに行ったのかを知りたくて、ここに来たのか?」


 「うん…やっぱり、無理かな」


 由梨花が不安げな顔で答えると、湊翔は少し考え込んだ後、再び口を開いた。


 「なんとなく言いたいことは分かったけどさ。 その霞澄って奴は、昨日だか一昨日だかに会ったばかりなんだろ? どうしてそんなに信用できるんだ?」


 …正直、予想外の答えだった。 しかし、言われてみればそうだ。 反論を考えれば考えるほどに、霞澄を疑ってしまう。


 「だ、だって…」


 「それに、今日が二回目だとか言ってたけどよ、それも含めて全部夢なんじゃないのか?」


 「でも…」


 返す言葉が見つからない。 見つからないが、何故か、どうしても受け入れたくないのだ。 由梨花はただうつむいた。


 でも、確かにあの日の前日は夜更かしをしていた。 当然夢も見ていたけれど、夢なんかで錯覚することはないはずで、そもそも内容など憶えていない。


 「——とりあえず、そいつと関わるのは、もうやめとけよ」


 「でも…」


 「もしそいつが怪しいやつだったら、何されるか分からないんだぞ?」


 「だけど…」


 「・・・俺がすぐに助けに行けるのなんて、せいぜい50㎞圏内だからな」


 その言葉に、由梨花ははっとした。 湊翔は、霞澄を非難しているのではなく、由梨花を心配してくれていたのだ。 だからこそ、口調も少し荒ぶっていたのかもしれない。


 でも、本当にこのままでいいのだろうか。 何事もなく想愁病が消え去るとは考えられないが、今となっては、もはや霞澄を信じ切ることは難しくなってしまった。


 “これが、夢だったらいいのに。” そう、由梨花は切実に思った。 何もかも、元通りになって。 すべて無かった事になって。




 「——それじゃ、俺はもう帰るわ」


 湊翔はそう言うと、相変わらず穏やかな海を背に、そそくさと一人で歩いて行ってしまった。 これから、どうすればいいのだろうか。 行く当てもないまま、由梨花もまた堤防を後にした。

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