番外編「La'cryma Chisti」

番外編「La'cryma Chisti」


* * *


……あれは、まだ流星が送られてくる前のことだった。


黒い昴と、初めて体を重ねたときのこと。


天之河が、昴のことが欲しいんだと掠れた声で哀願した。拒まれるのは覚悟の上で、けれど拒まれるのを何より恐れながら。


皮肉家の彼は、しかし笑いもせずに天之河を見つめた。


「……どうして俺が欲しいの?」


真顔で、訊いてくる。どうやら本当に分からず不思議に思っているらしかった。


「……好き、なんだ。昴のことが好きで……触れたくて、欲しくて……」


「……好きになると欲しくなるの? 誰でも?」


「分からない……でも、俺は欲しい」


黒い昴が黙りこむ。沈黙は断罪を待つように息苦しかった。


天之河は堪えきれずに俯き、抑えきれずに求めたことを悔やみそうになる。今までの、常温のゼリーに埋ずめこまれるような柔らかい苦しさを甘受していた方がよかったのか──。


「……でも、昴が望まないなら俺は、──」


「──天之河」


我を通すつもりはない。そう言って互いの逃げ道を作ろうとして──昴が遮り、口を開いた。


「俺はいいんだよ、天之河」


そう囁いて微笑む。


「天之河の望むことが、俺にとって悪いことのわけないから。だから……」


──天之河の欲しい俺は、いつだって嘘偽りのない俺だよ。


身を乗り出して天之河の耳に吹き込む。ひどく優しい声音は、天之河の脳を揺さぶった。


「昴……好きだ」


「うん。……俺も好きだよ、天之河のこと」


重ねた唇は甘かった。とろけそうに柔らかく、絡み合う唾液は溺れそうに情欲をかきたてた。


「あ……あま、……」


昴の足腰から不意に力が抜けて崩れ落ちそうになる。それを天之河が抱きとめた。


そして、二歩先にあるベッドへと導き、昴の体をそっと横たえさせる。


潤んだ昴の瞳が、その眼差しが熱い。


「……愛してる……だから、昴……今は俺に任せて」


昴からの返事は、あえかな吐息と背中にまわされた両腕だった。

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