番外編「くちづけは熱く黒く甘く」
番外編「くちづけは熱く黒く甘く」
* * *
……いつだって、そうだ。
こちらが求めて、彼が応える。
そういう流れを守って、彼は安心して僕を欲しがる自分をごまかして抱かれる。
「──あれ、昴は?」
階段を降りてリビングに来た北斗が流星に訊ねる。流星が来てからというもの、北斗は流星を誰よりも昴の近くにいるものと認識しているきらいがあった。
「……知らないよ。今日は朝から見てない」
「ふうん……まあ、昴も一人の時間は大事だろうしね」
「……何か、北斗」
「ん?」
「……俺が普段しつこくくっついてる、みたいな感じのこと言われてる気がする」
「だって、今朝は置いてかれたんだろ?」
ふてくされて言い募ると、北斗は軽い口調でぐさりと核心をついてきた。
……そう、置いていかれたのだ。
昨夜の熱さえ残さずに。
朝、起きた時には、乱れたシーツだけが昨夜の現実だったということを教えて、あとは何も残されていなかった。
「──出かけんの?」
思い出したらムカついて寂しくなって、いてもたってもいられずにソファから立ち上がる。北斗が声をかけてきたのは、「やっと動くのか」という意味だろう。
「うん。──行ってくる」
どこに、とは言わず。
それでも、行く場所は決まっていた。
裏庭にある緑の空間。時間の流れ方が違うような、放っておけば昴が独りきりになってしまう場所。
「…………昴!」
鎖された緑の空間にいる彼に声をかけるのは、正直いつも少し怖い。
整えられた空間をぶち壊しにはしないか、彼はわざわざ独りになろうとしていて、たとえば日が沈むまでの限られた時間を味わうだけのつもりにすぎないのに、それを邪魔してしまうのではないか。
……けれど。
「……流星」
声に振り返る彼は、いつだって、どことなく放心しているから。
「……昴。雨雲が出てきたからさ」
一緒に帰ろう。──願うような切なくて甘い声で促さずにはいられない。
「……うん」
まだぼんやりとした表情で、けれど眠る緑の空間にはもう戻れない眼差しを足元に落として、昴は頷いた。
昴にとって、あの裏庭は夢の世界なのだろうと流星は思う。夜に眠りで見る夢の具現。夢は現実への様々な対処を、突拍子もないかたちで見せる。夢を選ぶ権利はない。──でも、そういう夢ではなくて。
リフレインする夢。忘れないように。
理由は分からない。訊けない。ただ、昴の顔を見て感じ取っただけだ。
だから、現実に連れ戻さなければいけない。疎まれることに怯えながら。
「……あのさ、昴」
「……何だよ」
──キスしていい?
きっと、声に出してしまえば拒まれるから。
だから、瞳に熱を孕ませて見つめ、両手で彼の頬を包んですぐに口付ける。
「……ちょっ、流、……」
「……うるさいよ」
もしも口紅をつけていたら、ぐちゃぐちゃになっていただろう。
だけど、昴は本気で嫌がりはしない。引かれた線を越えようとしなければ。
「……昴。早く部屋に」
「ん、あっ……」
だから僕は、彼をあたかも蹂躙するかのようにして自分を捧げる。
言えない唇を塞いで。詰めていた息は吐息に変えさせて。
「昴……」
愛と恋がごちゃ混ぜになった愛撫を繰り返す。
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