番外編「巡り逢いの向こうに」
番外編「巡り逢いの向こうに」
* * *
「綺麗なところだね」
初めて会った時、自分をひどく眩しそうに見る眼差しが、燠火のように心の奥をちりちりと焼いた。
けれど、その時はそれだけで終わると思っていた。
まさか──好きになるなんて。同性の、愛想のかけらもない人間を。
「流星、昴見なかった?」
北斗が訊ねてくるのに対し、流星は首をかしげて「見てない」と答えた。
「流星でも知らないか……」
そう独りごちて、北斗は階段を昇ろうとする。その後ろ姿に向かって流星は声をかけようとして──できなかった。
北斗の背中が拒絶していたのではない。自分に引け目があったからだ。
MOTHERの“言いつけ”を憶えていないのに、ここにいるという。
そして、北斗と天之河は自分が昴の傍にいるのを当然だと思っているらしいのだ。
「……昴、どこだろ」
シャワールームにもキッチンにもいなかった。リビングはもちろん、私室にも。
外に出ているのだろうか。やみくもに探すには、外は広すぎる。
ここは、やはり昴との生活が長い天之河か北斗に訊いた方がいいのかもしれない。でも訊きに行きにくい。なぜか自分が探すべきだと思わされてしまう雰囲気がある。それに呑まれてしまっている自分は意思が弱いのだろうか。
「……こっちは、裏庭だっけ?」
“家”の外周をぐるりと歩いて、そこに辿り着く。その頃はまだ裏口の存在を知らなかった。
(──あ)
いた。昴だ。
何か白い花をつまんでいる。少し撫で肩の立ち姿が儚い。昴の立っているあたりから、甘い匂いが漂ってくる。花の匂いだろうか? 昴はまだこちらに気づかない。………………………………
声をかけるのを忘れて見つめていた、その時。
「……!」
「……流、星?」
不意に昴がこちらに振り返って、ぎこちなく名を呼んできた。自分を視界に認めた眼差しもぎこちなく、困惑に近いと悟り、どうしてか焦りのようなものを覚えた。胸に鉛を流し込まれたような。
「あの……北斗が探してた」
声を押し出すと、昴はつまらなそうに目線をそらした。
「行かなくていいの?」
「……構わない」
「……」
言葉が続かない。会話にならない。
見つけるという目的は達成したのだから、もう立ち去った方がいいのだろうかと沈んでゆく。
「……なあ、この花」
「──え?」
「くちなしの花」
唐突に昴が口を開いた。思わず間抜けな声が出る。
昴は、一つつまんだ花を見下ろしながら問わず語りを紡ぐ。
「……花言葉知ってるか?」
「いや、そういうの詳しくなくて……」
「……“沈黙”」
それは、自己投影だろうか? 何となく、そんな感じがする。
昴は何かを黙っている。黙って、押し包んで、一人でいる。わざと、そうしている。
「……寂しい花言葉だね」
ふと浮かんだままに言うと、昴が僅かに目を見張った。目線がこちらに向けられる。驚いているらしい表情は無防備だ。
「……もう一つ、花言葉があって」
また目線が下りる。留めておけない。どんな言葉なら彼を引き留められるんだろうと思う。
「……何ていうの」
昴は少し迷った様子を見せ、唇が開いて閉じて、一瞬唇を噛んでから開いた。
「……“とても幸せ”」
それは、どんな気持ちで口にしたのか。
「幸せ、かあ……」
「……うん」
「俺は幸せかな? 自分じゃ分かんないな。不幸だと思ってないから、幸せなのかな」
「……青い鳥みたいに?」
「ああ、幸せは案外近くにあるってやつ? そうかも。……なあ、」
一歩。踏み出して距離を詰めて。同じ花を指先で撫でて、つまんでみる。
花の匂いが強くなる。
「……昴、は?」
訊くと、昴の肩が強張った。昴の手から花が落ちる。捨てるように。
「……俺は」
「……うん」
「俺は、もう──」
捨てた、とは言わせたくなかった。
ただそれだけの思いで、昴の頭を抱き寄せて胸に押しあて、口を塞いだ。
「……なっ……流、」
「──案外近くにあるんだろ?」
なら諦めるな。──そう叱咤するのは残酷なことなのか。
俺が差し出せるなら、受け取ってくれるなら。──それが、求められている“役割”だというのなら。
彼に、もうこんな一人芝居はさせない。
花の匂いが強く目眩を誘う。くらくらする。甘く濃く、柔らかく包む。
彼を好きとか嫌いとか、理屈は分からずに。
戸惑いに固い体をがむしゃらに抱き締めた。
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