番外編「秘め事」
番外編「秘め事」
* * *
……あれは、まだ“白い彼”と“黒い彼”が互いを黙殺しあいながら不自然な共生をしていた頃のことだった。
まだ流星と暁は送り込まれておらず、二人の“昴”と天之河、北斗の四人が緑の世界に生きていた。
不穏で静かな日々だった。“白い”昴は“黒い”昴に話しかけることは全くなく、人付き合いを避けていた。天之河はそう振り返る。
“黒い”昴は、なぜか天之河に対し警戒心もなく、よく接してきた。MOTHERの言いつけを知らないはずはなかったのに。
それは、新しい思い出が二度と上書きされることのなくなった“彼”との、優しく残酷な追憶。
天之河はありありと思い出す。あの時の彼の、上気した頬と微睡むような表情を。
「……天之河……」
口づけの狭間で彼が名を口ずさむ。それは彼の癖だった。
「……昴」
愛してる。──陳腐かもしれないけれど、他に言葉は浮かばない。ただ繰り返し口づけて囁く。
彼の腕が肩を掠めて、すがりついてくる。それを抱きとめて抱擁と口づけは深く意味を変えてゆく。
「……あ」
首筋に唇を滑らせ、吸血鬼の動きで歯をたて、強く吸う。腕のなかの体が、ぴくりと揺れた。
その秘め事は、いつも天之河の部屋で行われた。
天之河は彼を安楽椅子に座らせ、ゆっくりと肌にまとわりつく衣服を剥がす。あらわになってゆく部分に口づけを惜しみなくそそぎ、体の中心に愛撫を捧げる。
「昴……」
「あっ……あまの、……もう……」
「……愛してる、昴」
──いつか、彼は「言葉なんていらない」と抱きあいながら吐息まじりに呟いた。
言葉は意味を持たない。MOTHERの言いつけがある以上。
それでも天之河は口にする。その衝動を、こみ上げる想いを。彼は言葉を返すことなく、受け入れる。天之河の迸りを。
情を交わして、気だるさのなかで途切れがちな会話を試み、結局、疲れはてた彼は短い眠りに落ちる。
その美しい人形のような寝顔を見つめながら、天之河は願う。終わりの訪れないことを。
……無理な話だと、分かっている。
それでも、この愛おしさに終止符が打たれないことを祈り願う。
寝顔を見つめる眼差しは、いつしか食い入り貪るものへと変わってゆく。
獰猛な獣が自分のなかに息づいていることを天之河は自覚している。彼に出逢い生まれた獣が。
けれどその獣は、誰の心にも生まれうるものだ。愛おしいと叫び、愛して欲しいと彷徨する。
「……昴……」
顔を寄せ、規則正しい寝息をもらす口に唇を重ね、彼を起こさないようにベッドから降りようとして、──ベッドについた腕に感触があった。
「……天之河」
彼が、腕に手をかけて引き留めてきていた。
「悪い……起こしたか?」
「……平気。……なあ、天之河」
「……ん?」
彼が半身を起こして腕を天之河の体に絡め、身を預けてきた。
そして、掠れた声で一言だけ耳に吹き込む。
「……天之河が欲しい」
恋でも愛でもないのかもしれない、ただ、命が欲する。
互いの全てを。
「……俺も、欲しいよ」
口づけは、互いの汗で命の海の味がした。
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