第3話

   

 武蔵野といえば、緑の森林とか黄金色こがねいろのすすき畑とか、とにかく自然の景色を俺は思い浮かべていた。

 しかし武蔵野ミュージアムの最寄駅は、普通に近郊の駅という感じ。二階建てや三階建ての商店、少し離れたところには大きなマンションなど、立派に開発された場所だった。

「武蔵野市じゃないけど、ここも武蔵野なのか……?」

「正確には武蔵野というより武蔵野台地ね」

 丸眼鏡をクイッと指で押さえながら、香織かおりが説明する。

 武蔵野台地は荒川と多摩川に挟まれたエリアで、東京の大部分だけでなく、北は埼玉の川越にまで及ぶという。

 そんな武蔵野台地をテーマにしたイベントが、香織かおりの使っている小説投稿サイトで行われている。その関連で色々と見て回りたいらしい。


 最初に訪れた武蔵野ミュージアムには、武蔵野にちなんだ様々な展示物があった。博物館にはマンガ・ラノベ図書館が併設されており、文字通り漫画やライトノベルの蔵書がたくさん。

 そちらは武蔵野とは関係なく、博物館を運営している出版社のアピールなのだろう。香織かおりが大好きなライトノベルも当然あり、目を輝かせていた。


 お昼近くまで武蔵野ミュージアムで過ごして、冒頭のような「ベンチで居眠り」という一幕を経たあと、俺たちは電車で移動する。

 江戸時代の上水道だった玉川上水とか、テレビドラマなどで何度も見た井の頭公園とか、高級住宅地として有名な田園調布とか、調布にある大きなお寺とか。

 その辺りを見て回る間は、確かに武蔵野台地の名所巡りという気分だった。しかし池袋や新宿を訪れるのは、普通に「東京まで遊びに来た」という感覚になってしまう。

 しかも夕方になった頃、香織かおりはこう言い出したのだ。

「まだ時間あるし、最後に秋葉原に寄ろうよ」

「秋葉原って……。それって武蔵野ツアーか?」

「一応は武蔵野台地の範疇でしょ」

 俺はこの時、苦虫を噛み潰したような顔になったが、その真意は香織かおりには伝わらない。

 池袋や新宿でもオタクグッズの店に入ったので、秋葉原も同じ状況になるのは目に見えており、その点を俺が嫌がっている。香織かおりはそう思ったに違いない。

「ああ、秋葉原はオタクの街。せっかく東京まで来たんだし、行かないと勿体ないだろ?」

「うん!」

 溜め息混じりの俺の言葉に、香織かおりは元気よく頷く。

 こうして俺たちは、武蔵野ツアー最後の場所へ向かうのだった。

   

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