第2話

   

 俺と香織かおりが初めて会ったのは、大学に入って一ヶ月の頃。だから知り合ってからまだ一年ちょっとしか経っていない。

 大学の食堂で一人さびしくランチを食べていた俺に「ここいてますか?」と香織かおりが声をかけてきて、隣に座ったのがきっかけだった。

 お互い一人だったのと、彼女が人見知りしない性格だったおかげで、食べながら会話が弾んだ。

 意気投合というほどではなかったが、同じ一年生ということで、その後も食堂で相席するようになり、なんとなく親しくなっていく。

 もしもあの日、食堂がそれほど混んでおらず、座るところが他にもあったならば、今の俺たちの運命は全く異なっていたに違いない。


 俺たちが住んでいるのは、東京まで往復数時間という辺りにある街だ。東京と比べたら田舎街かもしれないが、俺から見ればそれなりに都会であり、わざわざ東京まで頻繁に遊びに行く気持ちにはならなかった。

 一方、香織かおりはオタク趣味の持ち主で、それ関係のイベントなどで東京まで出向く機会も多かった。俺も彼女に付き合って、同人誌即売会とやらの大きな催しに行ったことがある。

 だから今回「月末の日曜日、いてる?」と聞かれた時も、最初はその手のイベントだと思っていた。

 しかし、それならば前の晩から泊まり込む形になるが、今回は日帰り。埼玉県の所沢市にある武蔵野ミュージアムという博物館へ出かけるのだという。

「所沢? じゃあ東京じゃないのか?」

「ほとんど東京みたいなもんでしょ。それに、ちゃんと東京まで行くわ。目的は武蔵野を見て回ることだし」

「まあ何でもいいけど……。わざわざ行くくらいだから、その博物館、同人誌の博物館なのかい?」

「いや、ちょっと違うんだけどね……」

 俺は軽い気持ちで尋ねたのに、香織かおりは妙に照れたような表情を見せていた。


 そこで初めて聞かされたのが、少し前から彼女はインターネットで小説を書いているということ。

 そもそも二次創作は権利者のお目溢しで行われるものだが、中には「お目溢し」ではなく、権利を保有する出版社が公式に認めている場所もあるという。

 その一つが、ちょうど香織かおりが大好きなライトノベルを発行している出版社の小説投稿サイトだった。最初は二次創作目当てで登録したのに、いつのまにか普通の小説を読んだり書いたりするようになったという。

「その関連でね、武蔵野ミュージアムのチケットを入手したの。それが二人分だから、正志まさしと一緒に行こうと思って」

 そう言って香織かおりは、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

 それまで見せたことがない表情であり、俺は「オタク趣味や二次創作よりも、普通の小説書く方が恥ずかしいのか。これがオタクの考え方か」と少し不思議に思ったほどだ。

   

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