第38話 残り一分

 ムカデの半身がドスンッと地面に落ちる。しばらくウネウネと動いていたが、頭を失った以上、生命活動は維持できない。

 やがて動きを止め、完全に沈黙した。

 大和たちは走っているムカデの頭に視線を向ける。

 体の大部分を斬り落とされ、二十メートルほどの長さになった胴体で必死に逃げていた。

 やはりまともに動けないらしく、不自然な蛇行を繰り返している。


「大和さん、追いかけますか?」


 小久保が聞いてくる。他のメンバーも立ち止まっており、大和の指示を待っていた。


「小久保さん、残り時間は?」

「あ、あと一分二十秒です」

「もう一分しかないなら追う必要はない。時間切れを待てば、俺たちの勝ちだ」

「そうですよね!」


 小久保は汗を掻きながらも笑顔になる。絵美たちも同じようで、少し安心した表情を浮かべた。気力、体力が限界なのだろう。

 とは言っても、ムカデが最後の攻撃を仕掛けてくる可能性はある。

 対策だけはしておかないと。


「結菜」

「は、はい」


 大和は結菜を呼び、ムカデが襲ってきた場合の対応を話し合う。


「わ、分かりました。やっておきます」


 他の三人も気を抜かず、武器を構えて警戒する。タイムリミットは一分を切った。

 大和はスマホの画面を見て、ムカデの動きを確認する。フラフラと蛇行しながら、やはり大きく左に回り込み、こちらに向かってくる。

 やはり簡単にクリアさせる気はないようだ。


「来るぞ! 準備はいいな!?」

「「「「はい!」」」」


 けたたましい音を立て、巨大なムカデは姿を現す。瓦礫を乗り越え、最後の力を振り絞って突っ込んできた。

 大和たちは攻撃せず、それぞれ柱や建物の陰に身を隠す。

 ドスンッと間近に降り立ったムカデは、得物を見失いキョロキョロと頭を振っていた。

 大和は柱の陰からムカデを見る。


「ここに来た時点でお前の負けだよ……。結菜!」


 建物の陰にいた結菜は「はい!」と言って自分の右手を見た。彼女が握っていたのは【C-4】の起爆スイッチ。

 事前に残っていたC-4爆弾十三個を、仕掛けていた。


「お、押します!!」


 結菜の声に全員が身を屈め、耳を塞いだ。結菜が起爆スイッチを押した瞬間、光と衝撃が広がり、爆音が鳴り響いた。

 十三個のC-4が同時爆発した威力は凄まじく、火柱と黒煙が噴き上がる。

 ムカデの叫びが爆音に掻き消される。壁の裏で衝撃に耐えた小久保は、すぐに飛び出してロケットランチャーを構えた。


「吹っ飛べえええええええ!!」


 爆風と共に発射された弾頭が、悶え苦しむムカデの首元に着弾、大爆発した。

 全員が武器を構えつつ建物の陰から出る。そこにいたのは無残な姿を晒した巨大な化物。

 脚を何本も失い、甲殻は割れてボロボロ。体の至る所が焼けただれていた。

 それでも頭を動かし威嚇してくる。桃木と絵美はアサルトライフルを発射し、結菜もグレネードを撃ちまくった。

 ムカデは苦しむも、仕留めきれない。


「俺がやる」


 大和が前に出て、腰に下げた刀を抜く。ギラリと光った三日月宗近みかづきむねちかの切っ先が、瀕死のムカデに向けられる。

 ゆっくりと歩いて近づく。もはや襲ってくる力もないようだ。

 大和はムカデの前で立ち止まり、高々と剣をかかげた。化物はこちらを睨み、ギチギチと怒りを込めた音を鳴らす。


「終わりだ!」


 振り下ろした刀は、ムカデの頭を縦に斬り裂く。深い傷となり、大量の血が噴き出した。

 大和はそれだけに留まらず、刀をまっすぐに額に突き立てる。

 そのまま刀を横に薙ぎ、今度はムカデの顔を水平に斬り裂いた。これにはムカデも絶叫し、血と雄叫びを同時に吐き出す。

 触角も切り落とされ、眼もつぶされ、もはや生きているのも不思議な状態。

 それでもかすかに動き、まだ逃げようとしていた。


「私がとどめを刺す!」


 桃木が走ってくる。大和の脇を抜け、ムカデの頭の前まで近づくと、ライフルの銃口をムカデの口へ突っ込んだ。


「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」


 鳴り響く掃射音。ムカデの体内を銃弾が通り抜ける。ムカデは頭を持ち上げ、苦しそうに頭を震わす。

 二歩下がってムカデとの距離を取った桃木は、グレネードを発射。

 焼けただれた化物の頭に当たり、爆発した。オオオオ……ンと断末魔のような叫び声。横にいた結菜もグレネードを発射して、ムカデにダメージを与えてゆく。

 桃木がさらにライフルを撃ち込もうとした時、大和が桃木のライフルにそっと手を乗せた。


「え?」


 驚いた桃木だったが、「もういい、もう終わったんだ」と大和に言われ、ムカデを見る。巨大な化物は、痙攣したように体を震わせ、ゆっくりと地面に倒れてきた。

 重々しい音と共に、土煙が舞う。

 興奮状態にあった桃木は、荒い息のまま立ち尽くす。

 他のメンバーも呆然とする中、ピロリロリンと音が鳴る。スマホのゲーム画面に、運営からメッセージが届いたのだ。

 大和がメッセージを確認すると、そこには以下の文面があった。



『おめでとうございます! 参加者五名による最終ステージ完全攻略が確認されました。報酬として討伐ポイントが加算されます。

・ビーク・スパイダー     6789匹×50ポイント

・大蜘蛛アトラクナカ     17匹×1000ポイント

・深層の大百足        1匹×30000ポイント

               合計386450ポイント

 このポイントはそのまま換金して持ち帰ることができます。換金手続き方法など、追手メールいたしますので、少々お待ちください。


             『ダーク・フロンティアⅡ』運営本部一同』



 スマホの画面を眺めていた桃木は、「終わった……」と言ってライフルを地面に落とした。

 小久保は大の字になって倒れる。汗まみれの小久保の顔は、どこか満足そうだ。

 絵美と結菜は二人で抱き合い、ヘナヘナと座り込む。誰もが喜びと、安堵と、達成感に打ち震える中、大和だけは冷静に文面を眺めていた。


「獲得したポイントは38億か……多いのか少ないのかよく分からない金額だな。まあいいか」

 

 スマホから目を離し、大和は辺りを見回した。おびただしい数の蜘蛛の死骸が、うず高く積み上がっている。

 およそ日常ではあり得ない光景。そんな非現実アンリアルも、やっと終わったんだ。

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