第37話 野外戦

 五人の銃口が一斉に火を噴く。

 すでに傷だらけになっていたムカデの外殻に、銃弾が容赦なく突き刺さる。緑色の血液が飛び散り、巨大な化物は苦しんでいた。

 弱点である頭部にこれだけの銃弾を撃ち込こんでいるんだ。

 悶え苦しむのは当然だろう。大ムカデはたまらず頭を引っこ抜く。

 今度は絵美だけでなく、結菜も大和も桃木も走った。簡単に動かせない重機関銃を扱っていた小久保以外、入口のへりに立ち、四人はそれぞれの得物を構える。


「撃てえええええ!!」


 大和の号令と共に、絵美、結菜、桃木はトリガーを引く。発射された弾頭と擲弾はムカデの胴体に直撃し、爆発した。

 さらに大和と桃木もライフル弾も撃ちまくり、長い体に風穴を空けていく。

 ムカデは遺跡の柱などにぶつかりながら、一目散に逃げていった。


「くっそ~また逃がしちゃった。なかなかしぶといよね」


 絵美が悔しそうに唇を噛む。絵美と同じく、ムカデが逃げていった方向を見ていた桃木が口を開く。

 

「ああ、だが毎回頭を突っ込んでくるなら、いずれ倒せるだろう。やはりここは最高の迎撃ポイントってことだな」


 結菜と小久保も大きく頷いた。確かに毎回頭を晒すほどのバカなら倒すのは簡単だろう。だが、ムカデは相当のダメージを負っている。

 はたして次も同じ行動に出るだろうか?

 大和は頭の中で疑問を浮かべたが、スマホの『敵アイコン』を見るとムカデはまた入口に向かってきていた。

 うだうだ考えても仕方がない。

 五人は再び横穴の奥に陣取り、武器を構えた。

 トリガーに指をかけ、静かに敵が来るのを待つ。しかし、ムカデが襲ってくる気配はない。

 大和は左腕のスマホを見る。

 敵アイコンは自分たちがいる場所で止まっていた。もう近くにいる。

 全員がゴクリと息を飲み、相手が襲ってくる瞬間を待った。しかし、次に起こったのは想像していなかった出来事。

 ガリガリガリと音が鳴り、天井や壁からパラパラと破片が落ちてくる。


「な、なんだ!?」


 大和が周囲を見渡す。地面は揺れ、遺跡の外壁が悲鳴を上げているようだ。なにかおかしい。


「マズい! 一旦外に出よう!!」


 大和の言葉に全員が顔を強張らせる。この場所は絶望的なステージにおいて、唯一の安全空間。

 そこを離れるということは、自らアドバンテージを捨てるということ。

 大和以外の四人は一瞬躊躇したが、明らかに異変が起きているのも確か。


「わ、私は大和さんを信じます!」


 結菜が同意し、大和と一緒に外へ飛び出した。「ええい! 行くしかないか」と言って絵美も飛び降りる。

 桃木も「仕方ない」と自分に言い聞かせ、壁下に降りた。

 最後に残った小久保は『ブローニングM2重機関銃』をスマホの中へ収納し、意を決して下に飛ぶ。

 地面に落ちると小久保は「ふぎゃっ」と言って体勢を崩し、前のめりに倒れて顔面を打ちつける。


「だ、大丈夫ですか!? 小久保さん!」


 結菜が慌てて駆け寄ると、小久保は顔を上げて「だ、大丈夫、大丈夫」と強がって見せるが、鼻血が思いっきり出ていた。

 結菜は「待っててください」と言い、アイテム欄から"ティッシュ"を購入した。


「取りあえず、これを使って下さい」

「あ、ああ……ありがとう」


 小久保は受け取ったティッシュを鼻に詰め、なんとか血を止める。小久保と結菜がそんなことをしている間に、大和は遺跡の外壁を見上げていた。

 ムカデが長い胴体を利用し、遺跡に巻きついている。


「力づくで破壊する気なのか……無茶苦茶だ」


 壁はミシミシと悲鳴を上げ、横穴があった場所は崩れ落ちていく。

 小久保は「あああ……」と情けない声を漏らし、絵美たちも不安そうに成り行きを見守っていた。

 完全に壁を破壊したムカデは、満足そうに遺跡から離れ、別の場所へと移動していく。頭に相当のダメージを受けているはずだが、それを感じさせない動きだ。

 絵美たちはどうしていいか分からずオロオロしていたが、大和だけは四人に向かって声を張り上げる。


「また遺跡の周りを大きく回ってる。こっちに来るぞ!」


 全員、ハッとして大和が指差した方向を見る。少し戸惑うももの、最適な銃撃地点を見極めて移動し、それぞれが武器を構えた。

 さすがに死線をくぐり抜けてきただけあって、全員行動に迷いがない。

 大和はそんな仲間たちを見て心強く思った。どんなに強い化物が来ようと、負ける気はしない。

 地面をガリガリガリと削る音が鳴り、徐々に近づいてきた。

 化物が姿を隠して移動しようと、アプリがある以上ムカデの動きは全て把握できる。恐れることはなにもない。


 ――音が止む。


 静寂の中、トリガーに指をかける桃木の頬に汗が伝う。

 ガラッと瓦礫が落ちる音。次の瞬間、爆発したような衝撃が起きて土煙が舞い上がった。

 とてつもない大きさのムカデが現れ、頭を高々と持ち上げる。

 全員、ゴクリと喉を鳴らす。安全な場所で見ていた時とは、迫力がまったく違っていた。

 絵美や結菜、小久保も最初の頃なら逃げ出していただろう。

 だが今は誰も引く気はなかった。ムカデは持ち上げた鎌首を一気に下降させ、突っ込んでくる。


「うおおおおおお!!」


 正面から小久保は重機関銃で迎え撃つ。絵美も小久保の隣でアサルトライフルを撃ちまくった。

 やや左に陣取っていた桃木もグレネードを発射したあと、フルオートで銃撃していく。逆側、右にいた結菜もMGL140グレネードランチャーを撃ち続けた。

 銃弾や擲弾は化物の頭に直撃し、硬い外殻を砕いていく。

 大量の血を流しながらも、ムカデは速度を落とさず向かってきた。ギリギリまで撃っていた小久保と絵美も、ここが限界とばかりに左右に飛ぶ。

 二人はムカデの体当たりをなんとかかわし、地面に転がる。

 絵美はライフルを持ったまま回避したが、小久保は重機関銃を移動させることができなかった。

 ブローニングM2重機関銃はムカデと衝突し、完全に破壊されてしまった。

 それでも――


「大和さん! 今です!!」

「ああ!」


 崩れた柱の上から大和が飛ぶ。三日月宗近みかづきむねちかを高々と振りかぶり、ムカデの元へと落ちていく。

 この一撃を叩き込むためタイミングをうかがっていた。

 小久保の呼びかけは完璧だったが、ムカデのスピードが思った以上に速い。頭はすでに過ぎ去り、着地点には長い胴体しかなかった。

 ここまで来たらやめる訳にはいかない。大和は剣を躊躇なく振り切った。


「うおおおおお!!」


 240センチもある刃は、ムカデの胴体を深々と斬り裂く。血が噴き出し、化物は呻き声を上げた。

 例え巨大な胴回りでも、切断可能な斬撃。

 大和はすぐに後ろに下がると、ムカデの様子を見る。斬られた部分は千切れそうになりながらも、首の皮一枚で繋がっている状態だった。

 大和は小久保の姿を探し、大声で叫ぶ。


「小久保さん! ムカデの千切れそうになってる胴回りを攻撃してくれ」

「わ、分かりました!」


 小久保は背中に担いでいたロケットランチャーを持ち直し、弾頭をムカデの胴体に向ける。

 必死に逃げようとしているムカデだが、大和の斬撃のせいで明らかに動きがおかしい。小久保は躊躇なくトリガーを絞った。

 発射された対戦車弾は、まっすぐに対象へと向かっていく。

 着弾した瞬間、激しい光りが溢れ出す。大爆発が起きてムカデの長い胴体は完全に千切れた。

 鳴り響く化物な咆哮。大百足おおむかでは体の八割を失った。

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