第36話 最後の敵
「なんてことはなかったな」
大和がライフルを下ろし、周囲を眺めながら言う。絵美や小久保たちもホッと息をつき、蜘蛛の猛攻に耐えきったことに安堵した。
「残り時間は……」
大和が自分のスマホを確認すると、タイムリミットまで十分を切っていた。
「あとは時間が経つのを待つだけだ。蜘蛛は全部倒したし、もう大丈夫だろう」
大和の言葉に絵美たちは喜ぶ。
「じゃあ、これでゲームクリア!? 元の世界に帰れるんだよね!」
絵美は満面の笑顔を見せ、結菜は手で口を覆い、涙を浮かべる。小久保はヘナヘナとその場にへたり込んだ。
全員、緊張の糸が切れたのだろう。
大和自身もやっと帰れる。と思い、嬉しさが込み上げてくる。しかし、唯一心配なこともあった。
自分たち以外にも参加者がいたことだ。
最初、自分も含め三十人が集められていたことで『リアルプレイヤー』と呼ばれる参加者はそれが全員だと思っていた。
だが、他にも戦っていた人間がいるなら、当然可能性が出てくる。
甥っ子のタケルがこの世界に来ている可能性だ。タケルがゲームに登録してるのは間違いない。
どんな条件で『リアルプレイヤー』に選ばれるのかは分からないが、どこかで助けを待っているかもしれない。
大和がそんなことを考えていた時、一人たたずむ女性が目に留まる。
アサルトライフルを下ろし、呆然と外を見つめていたのは、桃木と名乗った女性だ。充分な戦力になってくれたことに感謝しつつ、大和は声をかける。
「大丈夫か? 仲間は……残念だった」
「あ、ああ……気を遣わせて、すまない」
桃木は大和に向き直る。正対してよく見れば、身長は高く、頬は汚れているがなかなか
サバゲーの経験者と言っていただけに、体形はかなり引き締まっている。
このグループに銃器やサバゲーに精通した人間はいないため、大和は桃木が一緒に戦ってくれたことに心強さを感じていた。
「これでゲームは終わりだと思う。協力してくれてありがとう」
桃木は顔を綻ばせ、フルフルと首を振る。
「こっちのセリフだよ。君たちが助けてくれなければ、私は間違いなく死んでいた。本当に感謝してる」
大和と桃木は笑い合った。このゲームが終われば、ここにいる人たちと会うことはないかもしれない。
だが、一生忘れることはないだろう。
全員が気を抜いていると、足元がかすかに揺れた。揺れは次第に大きくなり、立っていられなくなる。
「な、なんだ!?」
大和がフラつきながらも外を見る。化物の姿は見えないが、明らかにおかしい。
「蜘蛛はもう倒したはずだ。一体なにが……?」
すぐに左腕にセットされたスマホに目を向けた。自分たちがいるはずの地点に、敵アイコンが点滅している。
大和はバッと外を見た。この建物の外壁になにかいるんだ。
「みんな奥に入れ! 敵が近くにいるぞ!!」
大和の言葉に、一気に緊張が走る。それぞれが武器を構え直し、横穴の奥へと移動した。
全員の銃口が入口に向く。
大和は左腕に取りつけたスマホを見る。『敵個体情報アプリ』を起動するが、まだ敵の情報が表示されない。
化物の姿を視認しないとダメなのか。
大和はトリガーにかけた指に力を込める。全員が黙り込む中、ミシミシと鳴っていた音がピタリと止まる。
静かな時間が、何十分にも何時間にも感じた。
その時、外に細長い物がチラリと見えた。
「なんだ!?」
全員、緊張したまま銃を構える。引き金にかける指に、ジットリと汗が滲んだ。
ガリガリガリとなにかを引きずる音。地響きは徐々に大きくなり、なにかが向かって来ているのは間違いない。
次の瞬間、入口に黒い塊が突っ込んできた。
「うわっ!?」
衝撃音が鳴り響き、小久保が後ろに仰け反る。大和を始め、他のメンバーも驚いて後ろに下がった。
入口が完全に塞がる。黒い塊をよく見れば、いくつもの目があり、口には不気味なキバが何本もある。
そして二本の長い触角まであった。
「これは……」
大和はスマホを見て『敵個体情報アプリ』を開く。今度は化物の情報がハッキリと表示されていた。
『深層の
全長100メートルもある巨大ムカデ。その俊敏性、攻撃力、防御力は数いる魔物の中でも最強クラス。
まともに戦っても勝てる相手ではないが、頭部が弱点であるため、攻撃を集中させれば倒せる可能性はある。
「頭部が弱点って……」
大和が視線を向けると、そこには入口に頭が引っ掛かり、苦しそうに藻掻いている
弱点である頭部を思いっきり晒している。――バカじゃないのか?
「みんな、銃を撃ちまくれ!!」
大和の叫びに、全員が我に返る。銃を構え、引き金を絞った。
小久保の重機関銃が火を噴き、何十発もの弾丸がムカデの顔に突き刺さる。結菜もショットガンを何度も撃った。
ムカデの甲殻が硬いため、大ダメージを与えることはできないが、少しづつ甲殻を割っていく。その割れた箇所に絵美と桃木のアサルトライフルが炸裂した。
ムカデとの距離が近いため、ロケットランチャーやグレネードは使えないが、これだけ近距離なら、アサルトライフルだけでも充分効果がある。
大和もスナイパーライフルの銃口をムカデに向け、何度も弾丸を撃ち込んだ。
化物の複眼や口の中を狙い、より致命傷になるようにトリガーを絞る。さすがのムカデもこれには
逃げていこうとしたムカデを見て、絵美が地面に置いてあったロケットランチャーを拾い上げ、横穴の
ロケットランチャーを構え、弾頭をムカデの胴体に向けて躊躇なく放った。
噴煙を上げて空を駆ける弾頭はムカデの体に直撃し、激しく爆発した。煙の中からパラパラと脚や甲殻の破片が落ちてくる。
だがムカデを倒し切ることはできず、逃がしてしまった。
「ま、また襲って来るんでしょうか?」
マシンガンのレバーを握りながら、小久保が不安そうに言う。
「さすがにこれだけ攻撃したらもう来ないんじゃない? だって一方的にボコボコにされたんだから」
絵美が外を見回しながら言う。大和もそう思ったが、スマホの『敵位置確認アプリ』を見ると、ムカデは大きく回り込んでこちらに向かってくる。
「おいおいおい、まさか!」
再び響いた衝撃音。ムカデはまた入口に頭を突っ込んでいた。必死に藻掻きながら大和たちを襲おうとしている。
「こいつ、一番強いかもしれないけど……。一番頭悪いんじゃ……」
大和は呆れつつも、迎撃するためライフルを構えた。
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