第33話 救出

「よし!」


 大和は小さく拳を握る。下手をすれば女性を巻き込んでいたかもしれないが、弾は大蜘蛛だけに当たったようだ。

 巨大な化物は脚を数本失い、体がチリチリと燃えて動かなくなる。

 そのスキに女性が逃げようとしたが、様子がおかしい。手をついて這うように進んでいる。

 しかし、体が動かないのか、その場にゴロンと横たわった。

 周囲からは何匹もの蜘蛛が近づいてくる。


「くそっ!」


 大和はロケットランチャーを脇に置き、スナイパーライフルを手に取る。

 スコープ越しに敵を捉え、引き金を絞った。蜘蛛の一匹が弾け飛ぶ。次々に銃撃して蜘蛛を殺していくが、女性が動く気配はない。

 ――毒か!?

 確か『敵個体情報アプリ』を確認した時、蜘蛛のキバには毒があると書かれていた。そのキバに噛まれたのなら、動けなくなってもおかしくない。

 大和はライフルを置き、三人を見た。


「俺が助けに行く! 小久保さんと結菜は今まで通り蜘蛛を蹴散らしてくれ、絵美は俺の援護を頼む!!」

「え!? 私?」


 絵美は驚いて目を丸くする。


「小久保さんの重機関銃と、結菜のショットガンは援護射撃に不向きだ。できるのはアサルトライフルを持つ君だけだ。頼んだぞ!」

「わ、分かった!」


 大和が横穴から飛び降り、壁下に着地すると、すぐに走り出す。絵美は銃口の向きを変え、大和が走る方向へと照準を合わせる。

 左右の瓦礫からは、蜘蛛がワラワラと出てきた。

 絵美はトリガーを引き、大和に近づく化物を撃ち殺していく。スナイパーライフルを置いていった大和は腰の刀を抜き、進路を塞ぐ蜘蛛を斬り殺していった。

 簡単に蜘蛛を真っ二つにする大和を見て、絵美は思わず「凄い……」と驚きの声を漏らす。

 小久保と絵美は周囲の蜘蛛を壁に近づけないよう、必死で撃ちまくっていた。


「私も負けてらんない!」


 絵美はグッと唇を噛み、フロントサイトを覗いて狙いを定めた。


 ◇◇◇


「どけっ!!」


 大和が刀を振るう。蜘蛛は一刀の元に断ち切られ、絶命した。

 三匹、四匹と襲いかかってくるが、三日月宗近みかづきむねちかを扱う大和の前では、てんで相手にならない。

 全てを一太刀で沈め、倒れている女性の元へと向かう。

 アイテム購入欄には、確か『毒消し』があったはずだ。そのことを思い出した大和は、助けることを決意した。

 本来はリスクを取ってまで助けたくはないが、人手があればゲームの攻略は容易になる。それは絵美たちを見て充分理解した。

 クリアまでまだ時間がある以上、これからどんな化物が出てくるか分からない。

 ここで彼女を助けることは得になる。それが大和の出した結論だった。

 さらに二匹の蜘蛛を斬り裂くと、女性まで目と鼻の距離まで辿り着く。だが、その時、女性の後ろでフラつきながらも歩く大蜘蛛が目に入った。

 あれだけダメージを負ってもまだ死なないのか! 大和は驚きつつも、女性の横を抜け、とどめを刺すため跳躍した。


「うおおおおおおお!!」


 刀を大きく振りかぶり、大蜘蛛の眼前で思い切り振り下ろした。化物の頭を深々と斬り裂き、その命を刈り取る。

 大蜘蛛はグラリと揺れたあと、ゆっくりと倒れた。化物が死んだのを確認してから、大和は女性の元まで歩み寄る。


「大丈夫か?」


 反応はない。だが呼吸はしている。大和は刀を腰に納め、女性を抱きかかえた。

 ここでモタモタする訳にはいかない。何匹もの蜘蛛がこちらに向かって集まり始めている。

 早く逃げなければ殺されてしまう。

 大和は全力すぐに駆け出した。だが女性一人を抱えているため、思うような速さで走れない。

 絵美がアサルトライフルで援護射撃をしてくれるが、迫ってくる蜘蛛を倒し切るのは難しいようだ。

 蜘蛛の群れはさらに数を増し、こちらに雪崩れ込んでくる。


「くそっ!」


 大和は歯を食いしばって走る。なんとか蜘蛛を振り切ろうとするが、今度は右から蜘蛛の大群がやってくる。

 さすがに苦しいと思った瞬間、小久保が「大和さん! 左へ!!」と叫ぶ。

 大和は左に向かって走った。鳴り響く掃射音。小久保が重機関銃を撃ちまくって、蜘蛛を吹っ飛ばしていく。

 ありがたい、と思いつつ、大和は足を速めた。

 前方の敵はいなくなったが、後ろから迫ってくる蜘蛛は健在だ。

 このままでは追いつかれてしまう。どうしようかと思った時、横穴のへりに立つ結菜の姿が目に入った。

 その手にはグレネードランチャーが握られている。

 大和は頭を低くして走った。結菜は引き金を絞り、放物線を描くようにグレネードを発射する。

 大和の後方に着弾し、爆発してゆく。

 さらに絵美もアサルトライフルでの援護を続けていた。気づけば三人が三人とも、こちらに向かって銃を撃ち続けている。


「作戦が滅茶苦茶だな。あれじゃあ、周囲の敵が壁に近づいてくる」


 大和は文句を言いつつも、頬を緩めて小さく笑った。

 今まで感じたことのない感覚。これが頼りになる仲間がいるってことか、大和は女性の体をグッと引き上げ、持ち直す。

 力を振り絞り、全力で走った。


 ◇◇◇


 絵美は上から女性を引き上げ、「うんしょ!」と叫んで横穴の奥へと運ぶ。

 大和は自力で穴によじ登り、なんとか無事に帰ってきた。怪我が無いことに三人は安堵し、絵美は再びアサルトライフルを持つ。

 弾幕が薄くなったせいで、蜘蛛の大群は壁の間近まで迫っていた。

 そのうえ――


「あ、あれ! おっきい蜘蛛が来てる!!」


 絵美の声に、全員が視線を向けた。二十メートルほど先から、巨大な蜘蛛がこちらに歩いてくる。

 大和が倒した大蜘蛛と同じぐらいの大きさだ。それも二匹いる。

 小久保や絵美はゴクリと喉をならすが、大和は冷静に指示を出す。


「絵美と結菜はそのまま普通の蜘蛛を攻撃してくれ。小久保さんは大蜘蛛が近づいてきたら、そっちに攻撃を集中してほしい」


 小久保は「わ、分かりました」と叫び、絵美と結菜も頷いた。大和もスナイパーライフルを手に取り、近場の蜘蛛から始末していく。

 大蜘蛛が十メートルほどの距離に近づくと、小久保と示し合わせ、銃口を向けた。


「撃てっ!!」


 大和の号令と共に、小久保が使う重機関銃が火を噴く。凄まじい銃弾の嵐が大蜘蛛に襲いかかった。

 頭や腹、脚に着弾し、緑色の血を噴き出して動きを止める。

 大和もライフルで銃撃していく。確実にダメージを与えているものの、即死には至らない。三日月宗近みかづきむねちかなら簡単に斬り裂けたが、大蜘蛛の防御力は相当なものだ。

 それでも小久保と協力して撃ち続けると、一匹目の大蜘蛛が力尽きて倒れた。

 二匹目も同じように攻撃するが、大和は傍らに置いてあるロケットランチャーを手に取る。

 肩に担いて構え、トリガーを引く。

 発射された弾頭はまっすぐ大蜘蛛に向かい、着弾して爆発した。化物は頭がバックリと割れ、煙を上げて倒れていく。

 動かなくなった大蜘蛛を見て、大和はフゥーと息を吐く。


「やっぱり、これが一番効くようだ」

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