第30話 唯一の道

「行っけええええええ!!」


 絵美が握りしめたライフルの銃口が火を噴く。フルオートで乱射された弾丸は容赦なく蜘蛛を蹴散らす。

 結菜も負けじとショットガンを放った。

 散弾は何発も発射され、蜘蛛の体を引き裂いていく。凄まじい火力で弾幕を張るが、蜘蛛の数が多すぎて倒し切れない。

 銃撃しながら絵美は唇を噛む。


「大和さん! 早く上ってきて!!」

「ああ、分かってる」


 絵美の叫びに大和が応える。壁にライフルを立てかけ、足場にした。


「小久保さん、先に上がってくれ!」

「は、はい!」


 グレネードランチャーを発射していた小久保が振り向き、小走りにやってくる。

 ランチャーを横穴に放り投げ、大汗を掻きながらライフルに足をかけ、壁の上の穴に登ろうとする。だが穴のへりに掴まったまま唸っていた。

 体が重すぎて上がれないようだ。

 絵美と結菜は蜘蛛を近づけないよう弾幕を張るのに精一杯。とても手伝うことはできない。大和が手を貸すしかなかった。


「ふんっ」


 大和が小久保のケツを押し、なんとか上げようとする。小久保もジタバタと動き、必死に這い上がった。

 小久保はハァハァと息を切らして大の字に寝転がるが、これで終わりではない。大和が残っている。


「大和さん、手を!」


 小久保はすぐに起き上がり、上から手を伸ばす。大和はライフルをスマホの中に"収納"し、小久保の手を取った。

 小久保の力は思いのほか強く、大和は壁を駆け上がる。

 勢い余って大和は仰向けに倒れ、小久保も背中から倒れた。

 二人とも汗だくになるが、休んでいる暇はない。すぐに立ち上がり、大和はスマホからスナイパーライフルを取り出す。

 小久保もグレネードランチャーを手に取り、穴の外にいる蜘蛛に銃口を向ける。


「絶対に近づけるな!」

「「「はい!!」」」


 四人の一斉掃射。二メートル下にいる四、五百匹の蜘蛛に向かい、大和は何度もトリガーを引いた。

 7.62×51mm NATO弾は一直線に蜘蛛を貫き、一撃で仕留めていく。

 何十匹の蜘蛛が弾け飛び、壁に近づくことはできない。絵美もアサルトライフルを撃ちまくり、敵を押し返していく。

 確実に命中している訳ではないが、圧倒的な弾数で蜘蛛を殺していった。

 結菜は必死にショットガンを撃ち続ける。もはや何発撃っているか自分でも分からない。

 それでも意識を強く保ち、撃てる限り散弾を撃ち続ける。

 銃撃するたびに衝撃が体に伝わるが、結菜は下唇を噛んで耐えていた。


「おおおおおおおおおお!!」


 小久保もグレネードを撃ちまくる。地面で爆発し蜘蛛を何匹も吹き飛ばしていく。

 だが、蜘蛛の化物の勢いは止まらない。倒しても倒しても次々に現れ、縦穴の下に迫ってくる。

 グレネードランチャーの六発に弾薬を使い切ると、小久保は背中に担いだロケットランチャーを手に取った。

 蜘蛛が集まっている場所に弾頭を向け、トリガーを絞る。

 噴煙を上げて発射された対戦車弾(HEAA)が着弾、炸裂した。十匹以上の蜘蛛が吹っ飛び、地面に転がって絶命する。

 ロケットランチャーの弾頭が自動装填されるまで五秒。待ってられないとばかりに小久保は砲筒を脇に投げ捨て、再びグレネードランチャーを手に取る。


「当たれええええええええ!!」


 六発のグレネードが連続で発射され、蜘蛛を粉砕していく。弾を使い切ればグレネードを横に置き、もう一度ロケットランチャーを掴んだ。

 放った最大火力の弾頭は、十匹以上の蜘蛛を爆炎に沈める。

 本来ならば数百匹の化物に取り囲まれ、とっくの昔に死んでいるだろう。だが横穴に入ったことで活路ができた。

 

 この場所こそ攻略するために必要な、唯一のポイント。縦穴の入口さえ守れば、囲まれる心配はない。

 大和たちは入口前に火力を集中させ、向かってくる蜘蛛を倒していった。


 ◇◇◇


「あれは……」


 桃木は目を見張る。右から走っていたグループは崩れた建物へと近づき、壁を登り始めた。

 横穴のような場所に陣取ると、下に向かって銃撃している。

 蜘蛛たちは壁を登ることができず、一方的に殺されていた。

 その行動に驚きつつ、桃木は自分の周りに溢れている蜘蛛を銃撃し、仲間たちに視線を向ける。


「鮎川! あれって……」

「ああ、あれがこのステージの"攻略ポイント"だろう」


 鮎川は眉間にしわを寄せながら、迫って来る蜘蛛を撃ち貫く。桃木は改めて建物に視線を移した。

 あのグループは迷うことなく、まっすぐあの場所に辿り着いた。

 まるで最初から"攻略ポイント"があることを知っていたかのように。たまたまか? 桃木の脳裏に様々な疑問が浮かぶ。だが、今そんなことを考えても仕方がない。

 ハッキリしているのは、彼らが攻略ポイントを見つけたということだけだ。

 彼らと合流しなければ、自分たちが生き残ることはできないだろう。


「なんとしても、あそこまで辿り着くぞ!!」

「「おお!!」」


 桃木の叫びに、岩田と鮎川が応える。三人は蜘蛛の囲いをなんとか突破しようと、走りながら銃を乱射する。

 死中に活を見出そうとしたが――


「ぐあっ!」

「鮎川!?」


 桃木が足を止め振り返る。そこには蜘蛛に足を噛まれた鮎川が、苦悶の表情を浮かべていた。


「くそっ!」


 桃木は鮎川の足に喰らいついた蜘蛛を撃ち殺す。だが、別の蜘蛛が次々と鮎川に襲いかかってきた。


「鮎川!!」


 なんとか助けようと前に出ようとする桃木だったが、岩田に肩を掴まれ、止められてしまう。


「なにをする!? 早く助けないと鮎川が――」

「もう手遅れだ! 行けばお前も死ぬぞ!!」


 鬼のような表情で言った岩田の言葉に、桃木はハッとして落ち着きを取り戻す。

 鮎川を見れば、体中を蜘蛛に噛まれ、鋭い爪で腹を貫かれている。どう見ても助かる可能性はない。

 鮎川は虚ろな目で桃木を見た。口元がわずかに動く。


「に……げろ……」


 鮎川は最後の力を振り絞り、腰に付けた二つの手榴弾のピンを抜く。それに気づいた岩田が、力づくで桃木を引っ張っる。

 鮎川がかすかに笑みを浮かべた瞬間、辺りがカッと瞬いた。


「鮎川あああああああ!!」


 爆発が起こり、煙と炎が視界を奪う。集まっていた蜘蛛は吹っ飛び、周りの蜘蛛も一瞬怯んだ。


「今のうちに行くぞ!!」

「…………くっ」


 桃木は唇を噛み、岩田と共に駆け出した。現れる蜘蛛を弾幕で蹴散らし、必死に前に進む。

 仲間の死は多く見てきた。

 それでも、ここまで一緒に来た鮎川と岩田は特別な存在だ。出会った期間は短くても、命を預け、死ぬ気で助け合った仲間たち。

 そんな仲間を殺されれば、心が引き裂かれそうになる。

 泣きそうになる気持ちを抑え、桃木は前を見た。後ろを振り向く訳にはいかない。

 なんとしても、あそこまで辿り着かなくては。そう思った桃木と岩田の前に、絶望が姿を現す。


「え?」


 桃木は足を止め、目を丸くして視線を上げる。

 そこにいたのは通常の蜘蛛の十倍はあろうかという、巨大な蜘蛛の化物だった。

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