第27話 円形劇場

 開かれた扉から光が溢れる。

 足を踏み入れた大和は、眼前の光景に息を飲んだ。あとから扉をくぐった絵美たちも辺りを見回し「うわぁ」と声を漏らす。

 広いドームのような空間。大きさだけなら、東京ドームぐらいあるだろうか。すり鉢状階段あり、まるで円形劇場のようだ。

 今いるのはドームの端、階段のなかほどに立っていた。

 中央には遺跡と思われる建物があったが、壊れて無残な姿を晒している。

 壁は崩れ、柱は折れ、地面は割れていた。一体ここがなんなのかさっぱり分からないが、最後のステージであるのは間違いないだろう。


「ここで戦うんですかね? また変な化物が出てくるんじゃ……」


 小久保が不安そうに言う。確かに、これまでのステージを考えれば狂暴な化物たちが大量に出てきてもおかしくない。

 大和が周囲を見渡すと、少し先に人影が見えた。


「あ! 誰かいるぞ」

「え? どこ」


 絵美や結菜、小久保が慌てて視線を動かす。絵美も「あっ」と声を上げた。

 自分たちと同じ段、百メートルほど先に人の姿がある。それも複数人。だがよく見れば右にも左にも、対面にもいる。


「これって……」


 小久保が困惑して大和を見る。


「俺たちと同じ、"リアルプレイヤー"ってヤツだ。俺たち同様、ステージをクリアしてここまで来たんだろう」

「他にも集められた人がいたってことですか!?」

「そのようだ」


 小久保は蒼白な顔をする。確かに、こんな殺人ゲームを大規模でやるなど正気の沙汰さたではない。

 ドーム型の建物には四つの出入口があり、その前に数人の人間が立っている。

 恐らく東西南北に配置されているのだろう。どっちが北か南か分からないが。


「あ、あの人たちと協力できれば、ステージクリアする確率が高まるんじゃないでしょうか?」


 嬉々として言った小久保に対し、大和は「そうかもしれないな」と短く返した。

 距離があるためハッキリとは見えないが、扉の前に立つ人々は誰もが屈強で、長いライフルなど、強そうな武器を持っている。


「ここまで来るヤツらは猛者もさぞろいってことか」

「あっ!」


 唐突に絵美が叫ぶ。


「どうした?」

「ひょっとしたら、四組の人たちで殺し合いをさせて、残ったグループだけ現実世界に帰すとか……」


 絵美が物騒なことを言い出したので、大和は眉根を寄せる。


「さすがにそれは無いんじゃないかな」


 そう言ったものの、大和も不安になる。この世界ではなにが起こっても不思議ではない。ましてゲームの運営は頭がおかしい。

 人間同士で殺し合いをさせることも充分ありえる。

 どうしたものかと悩んでいると、全員のスマホが鳴った。大和は左手にセットしたスマホ画面を見る。

 運営からメッセージが届いていた。


『最終ステージに進出された皆様、おめでとうございます。想像を超えた皆様のご活躍に、震えるような感動を覚えております。さて、この最終ステージはタイムリミットバトルになっております。1時間生き残ることができればそれでクリア。人数制限などはございませんので、今いる全員が生き残る可能性があります。最後の戦いに全身全霊をかけて臨んで下さい。皆様のご健闘を心から願っております。


             『ダーク・フロンティアⅡ』運営本部一同 』


「タイムリミットバトル?」


 聞きなれない文言に、大和が眉をひそめる。だが、隣にいた絵美はなにか知っているらしく、全員に説明してくれた。


「前作の『ダーク・フロンティア』でも、こういうのあったよ。とにかく大量の化物が出てきて、時間内は逃げ回らないといけないの。もちろん倒してもいいんだけど、数が多すぎて追い込まれちゃうんだよね。けっこう苦労した思い出があるよ」


 したり顔で解説する絵美だが、それを聞いた三人は引きつった表情を浮かべる。


「大量の化物ですか……?」


 小久保が恐る恐る聞く。「そうそう、大量の……」と言った所で、絵美は自分の発言に息を飲む。

 今から訪れる災厄に気づいたようだ。

 音が聞こえる。カサカサと大地をうような音。

 最終ステージに足を踏み入れた誰もが辺りを見回し、武器を構えた。音はすり鉢状の階段の、上の方から聞こえてくる。

 そこには無数の穴があり、音はその穴の奥から出ているようだ。

 やがて音は地響きのようになり、緊張はピークに達する。その時、左腕につけたスマホの画面に反応が出た。

 円形階段の最上部。そこにある無数の穴から、周りを取り囲むように数限りない敵アイコンが溢れ出てくる。

 大和は振り返って上部を見た。雪崩のような化物の大群、それは大きな蜘蛛だ。

 大型犬くらいの大きさはあるであろう蜘蛛の化物が、全速力で向かってくる。巻き込まれれば命はない。

 

「逃げろ! 中央に行くんだ!!」


 大和の叫びに、絵美たちは脇目も振らずに走った。階段を一足飛びで下り、中央の遺跡を目指す。

 大和は走りながらスマホをタップする。『攻略ヒントアプリ』を開くと、地図上に

 

「ここに行けばいいってことか!?」


 大和は他の人間との合流を後回しにし、三人にこの場所に行くよう指示を出す。

 全員が頷き、全速力で走り抜けた。


 ◇◇◇


「ここが最後のステージか……」


 扉の前に立っていたのは、第五ステージをクリアした五人の男たち。

 全員が筋骨隆々で、元自衛隊員や現役の警察官。そして『ダーク・フロンティア』のマニアとして知られる男など、体力・知識ともに秀でた面々だ。

 全員がゲーム開始前に課金しており、なんとかここまで辿り着いた。


「見ろ、他にも人間がいるぞ」


 リーダー格の猿渡さるわたりが指を差す。身長は190センチ以上あり、元自衛隊ということもあって銃器の扱いに慣れていた。

 他のメンバーが視線を向け、人がいることを確認する。


「本当だな。俺たちと同じようにになったヤツらがいたのか」


 角刈り細マッチョの男が、腹立たしいとばかりに言葉を吐いた。


「相田、頼めるか?」


 相田と呼ばれた角刈りの男は、ベストのポケットからコンパスと双眼鏡を取り出す。どちらもポイントを使い、課金で買ったものだ。


「やはり東西南北で分かれてるようだ。俺たちがいるのが東で、右手が北、左手が南だ。ちょうど対面にいるのが西のグループだな」

「どのグループが役に立ちそうだ? 共闘した方が生存率は上がるだろう」


 猿渡の問いに、相田は「ちょっと待ってな」と言って離れた場所にいるグループを双眼鏡で見る。


「北のグループは男三人、女一人だ。それぞれ厳つい体格をしてるし、銃火器の装備もちゃんとしてそうだ。西のグループは……ちょっと遠いな。障害物もあるせいで、よく見えん。南のグループは……ん?」

「どうした?」


 猿渡は怪訝な顔で聞いた。


「いや、女子高生みたいな制服を着た女二人。デブが一人に、トレンチコートを着た優男やさおとこが一人の四人組だ。デブはグレネードみたいな物を持ってるが、ここからじゃ種類までは分からんな。なんにしても弱そうだ」

「だとすると、合流するなら北側のグループだな。南は役に立ちそうにないし、西は距離が遠すぎる」


 猿渡の提案にメンバー全員が頷き、同意した。

 その時、自分たちが持つスマホが鳴り出す。運営からメッセージが届いたのだ。


「タイムリミットバトル? そんなのもあるのか?」


 猿渡が怪訝な顔をすると、眼鏡をかけた加賀が口を開く。


「このゲームにはそういうのもありますよ。前作と同じならば、数限りない化物が出てくるでしょうね」


 猿渡はフムと頷く。ダーク・フロンティアに詳しい加賀が言うならそうだろう。

 そんなことをしゃべっている間に、階段の上部から蜘蛛のような化物が出てくる。本当にとんでもない数だ。


「北側に向かうぞ!」

「「「おう!」」」


 猿渡のグループはすぐに駆け出し、、北側のグループの元へと向かった。

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