第24話 猛攻

「効いてるぞ!」


 大和がいけると思った瞬間、アスラは大きく尻尾を振るった。

 うねるように向かってきた尻尾は、先端の部分でも軽自動車くらいの太さはある。逃げようとしたが間に合わない。

 刀を使うために近づいたのがあだとなった。

 真正面から向かってくる肉塊に、大和は覚悟を決める。刀を上段に構えると、寸前に迫った尻尾に全力で斬りつける。

 二メートルを超える"見えない刃"は、太い尻尾をやすやすと切断した。

 しかし斬り落とした尻尾にぶつかり、大和は吹っ飛ばされそうになる。二、三歩後ずさったが、なんとか耐えた。

 アスラの返り血はかかったものの、特に問題はない。

 目を向ければ、化物はのっそのっそと歩き出した。

 やはりあの程度では致命傷にならないようだ。大和はすぐに走り出し、アスラとの距離を取る。


「大和さん!」


 小久保が援護射撃とばかりにロケットランチャーをぶっ放し、注意を自分に向けようとする。


「助かる、小久保さん!」


 大和は刀をさやに納め、投げ捨てたスナイパーライフルを拾い上げる。

 三日月宗近みかづきむねちかによる攻撃はロケットランチャー以上に強力だが、その分リスクも高い。

 大和と小久保はアスラと一定の距離を取りつつ、攻撃を続けた。

 だが、このとき大和は不安を覚える。これだけ攻撃しても倒しきれないとは、正直思っていなかった。

 相手は明らかに大ダメージを負っている。

 それでも地を這いつくばるように走り、襲いかかってくる。もしかして、倒されることを想定していないんじゃないか? 嫌な汗が頬を伝う。

 ここはあくまでゲームの世界。ならばルールが存在するはずだ。

 【攻略ヒントアプリ】には、アスラに一定のダメージを与えて脱出しろと書かれていた。

 それが正規の攻略ルート。誰かを犠牲にしての脱出する方法だ。

 だが自分たちはそれを選ばず、無理矢理にでもアスラを倒すことを選んだ。ゲームの主催者が意図していない選択肢だったとしたら……。


「試してみるしかない」


 大和は銃撃をやめ、小久保の近くに歩み寄る。


「小久保さん。絵美や結菜と合流して、相手の左側から攻撃してくれないか?」

「え!? どうしてですか?」

「アスラは左の腕を二本失ってる。たぶん動きは鈍くなってるはずだ。その隙に攻撃を叩き込んでくれ。注意が向いてる間に、俺が右側の腕を斬る!」

「わ、分かりました! やってみます」


 小久保は不安そうな顔をしたものの、ロケットランチャーの筒とグリップを強く握りしめ、柱を回り込んで絵美たちの元へと向かった。

 大和も柱の陰にライフルを置き、腰の刀を抜く。

 アスラは絵美や結菜がいる方へと顔を向けた。彼女たちが攻撃しているのだろう。

 同じ方向から激しい爆発が起こった。頼んだ通り、小久保がアスラの注意を引いてくれている。

 ――今のうちに!

 大和はアスラの死角となる足元へ駆けていく。

 こちらの動きには気づいていない。右側面に残っている三本の腕を斬り落とせば、化物の動きは大幅に制限できるはずだ。

 大和は尻尾に近い腕まで辿り着き、大きく刀を振り上げる。

 一閃。振り切った剣先は長い腕を見事に両断した。アスラもビクッと反応するが、大和は間を置かず、もう一本の腕に向かって走り出す。

 巨大な体躯が向きを変えようとした刹那、再び放った斬撃がアスラの腕を斬り裂く。これには堪らず絶叫する化物。

 大和は反撃を受けないよう後ずさるが、怒り狂ったアスラは頭をむくりと起こし、残った右腕を高々と上げる。

 不自然に体をひねり、無理やり顔を向けて腕を叩きつけた。


「くっ!」


 大和は寸での所でかわしたが、足がもつれて尻もちをつく。

 まずい! と思った時、アスラの後頭部で爆発が起きた。小久保の援護射撃だ。

 一瞬、アスラの気がれたのを見て取った大和は、すぐさま立ち上がり、目の前にあるアスラの腕を斬りつけた。

 それほど強い力を込めたつもりはなかったが、腕にはまっすぐな切れ目が入りズルリと落ちてきた。

 化物は巨大な体を支えられなくなり、右側に倒れてくる。

 大和は巻き込まれないよう二、三歩下がってから刀をかかげ、アスラの胴体めがけて斬り下ろした。


「どうだ!?」


 斬りつけた部分がパックリと裂け、大量の血が流れてくる。大和はさらに刀を刺し込み、今度は横に刃を向けた。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 大和は走ってアスラの腹を斬り裂いていく。

 この刀の刃は二メートル四十センチの長さまで斬ることができる。だとすれば、アスラの内臓までたっしているはずだ。

 大和は渾身の力を込めて刀を振り切った。

 長い傷口からはドス黒い血が溢れ出す。さすがのアスラもこれにはこたえたのか切断された腕をバタバタと動かし、藻掻き始めた。


「あぶない!」


 大和は後ずさり、安全な場所まで走る。巨大な怪物の動きに巻き込まれ、下敷きになれば簡単に死んでしまう。

 爆発音と発砲音が鳴り響く。絵美や小久保が攻撃を続けてるんだ。

 大和は刀を収め、柱の陰に置いたスナイパーライフルを拾い上げる。そのまま小久保たちと合流すべく、銃撃しながら壁際を走った。


 ◇◇◇


「あいつ弱ってるよ!」


 絵美がライフルを発砲しつつ声を上げた。結菜と小久保もアスラの異変に気づく。

 動きは緩慢になり、苦し気に腕を動かしている。


「きっと大和さんだ! あの化物の腕を斬ったんだよ!」


 小久保が嬉々として言うと、絵美と結菜も喜び、全員で巨大な怪物を見る。


「だとしたらアイツの腕はあと一本! 攻撃を集中させよう」

「うん!」

「分かりました!」


 絵美の掛け声に結菜と小久保が同調する。三人はアスラと距離を取りつつ、攻撃を繰り返した。

 怒りをあらわにする怪物は残った腕を乱暴に振り回し、絵美たちを殺そうとする。

 三人は後ずさってかわし、銃弾や擲弾を腕に叩き込んだ。堪らずアスラが腕を持ち上げた所で、小久保はロケットランチャーの引き金を絞る。

 発射された弾頭は長い左腕の付け根に当たり、爆発した。アスラは悲鳴を上げる。

 腕は千切れこそしなかったものの、グラリと揺れて力なく落ちてきた。地面に当たる寸前、結菜は手と地面の間に擲弾を発射する。

 アスラの手の下に潜り込んだ擲弾が、烈火の如く炸裂した。指が一本飛び、手の平の皮膚が裂ける。


「うばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 断末魔のような叫び声。

 ボロボロになった腕に、さらに絵美が銃弾を浴びせかける。負傷した箇所に弾が当たる度、辺りに鮮血がほとばしる。

 アスラの最後に残った腕は傷だらけになり、もはや動く気配はなかった。

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