第23話 結菜の覚悟

「顔が……顔が弱点なのか!?」


 大和は悶絶するアスラを見て確信する。『攻略ヒントアプリ』にはなにも書かれていなかったが、顔が弱点なのは間違いない。

 これぐらいは自分で調べろということか。


「小久保さん! 顔だ。顔に攻撃を集中させよう」

「わ、分かりました!」


 地面に倒れながらも、腕をつき、起き上がろうとする【食人鬼グールの王・アスラ】。

 その顔に大和と小久保は銃口を向け、狙いをつけた。スナイパーライフルが火を噴き、放たれた弾丸は化物の頬やこめかみに命中する。

 アスラはうっとおしそうに首を振り、大口を開けて絶叫する。

 それを見た小久保がロケットランチャーを担ぎ、トリガーを引く。砲筒が前後で火を噴き、対戦車弾が放たれる。

 走り出そうとしたアスラの額に着弾し、激しく爆発した。

 アスラは両手で顔を覆い、苦し気にうずくまる。やはり顔への攻撃は相当効いているようだ。


「よし! このまま押し切れば――」


 その時、指の隙間から見えたアスラの目がギラリと光った。

 ゾクリと背筋に悪寒が走り、一歩あとずさった瞬間、化物は一直線に向かってきた。六本の腕を忙しなく動かし、まるでムカデのように地面をう。


「うわっ! 大和さん」

「下がれ! 柱まで走るんだ!!」


 大和と小久保は攻撃をやめ、全力で走った。

 すぐに追いつかれるかと思ったが、アスラの腕を一本斬り落としたおかげで、化物はバランスを崩して転びそうになる。

 その隙に大和たちは柱の陰に飛び込んだ。


「あ、危なかった……」


 小久保が息を切らしながら言った直後、ドンッという衝撃音が体を伝う。アスラが柱に体当たりしたのだ。


「小久保さん、向こうの柱まで走ろう!」

「は、はい!」


 柱から飛び出し、二人で再び走り出す。敵と近すぎればロケットランチャーを使えない。ある程度の距離が必要だ。

 小久保は必死に走り、大和は後ろを振り返りながら走る。

 アスラがこちらに体を向け、腕を伸ばしてきた。ライフルを構え、引き金を絞る。

 何発も発射された弾丸は、手や顔などに直撃した。だが、アスラは気にせず突っ込んでくる。


「くそっ!」


 大和はライフルを下ろし、小久保のあとを追って全力で走った。


 ◇◇◇


「や、大和さんたち、私たちのために囮になってくれたんだよね」


 結菜がオロオロしてつぶやく。


「うん、そのせいでピンチみたいだからね。私たちが助けないと!」


 絵美はライフルを構えて走り出す。結菜も「うん」と力強く頷き、あとに続く。

 ――私がなんとかしないと。

 結菜は自分が持つグレネードランチャーに目を落とす。

 小久保のロケットランチャーより威力は低いものの、六連射できるため強力であることに間違いはない。

 それなのに自分がうまく使えないせいで、大したダメージを与えていない。

 結菜はグッと口を結ぶ。二人は化物の前で立ち止まり、背中に銃口を向けた。

 絵美はライフルで狙いをつけ、トリガーを引き絞る。フルオートで発射された弾丸は、アスラの尻尾や背に当たるが、効いている様子はない。

 結菜も擲弾てきだんを撃ちまくる。

 六発全てがアスラの背中に当たり、次々と炸裂した。さすがに注意を引いたようで、化物はゆっくりとこちらを向く。

 その顔は怒りに満ちていた。体の向きを変え、鬼の形相で迫ってくる。

 絵美がアサルトライフルを乱射。尻尾の付近では爆発も起こる。反対側にいる小久保の攻撃だろう。

 それでも化物は止まらない。真っ直ぐこちらに向かって来た。


「結菜! 柱まで走って!!」


 絵美は踵を返して逃げようとする。だが、結菜は立ち止まったまま動かない。


「結菜!?」


 グレネードランチャーを構えたまま、結菜は走ってくるアスラをしっかりと見据えていた。

 ――擲弾が背中に当たっても、爆発のエネルギーが四方八方に分散してしまう。

 小久保さんのロケットランチャーの威力が強いのは、相手の体にめり込んで爆発するからじゃないかな?

 結菜はグレネードランチャーの銃口をやや下げ、走ってくる化物の下腹部を狙う。


 「敵はワニのように腹ばいで進んでくる。だったら――」


 結菜は六回連続でトリガーを引いた。

 弾が発射する度、反動で倒れそうになる。それを必死で耐え、結菜は射撃姿勢を維持した。

 放たれた擲弾は、アスラの当たる。

 重く、くぐもった爆発音。腹の下で炸裂したことで、アスラは絶叫し床を転がる。


「や、やった……」


 擲弾が化物の下敷きになり、衝撃が分散しなかったのだ。まともにダメージを喰らったアスラは、腹を押さえ悶えている。


「すごいじゃん結菜! あいつ苦しんでるよ!」


 大喜びの絵美だったが、化物はすぐに起き上がり、腕をついて走ってこようとする。絵美はライフルを構え、ありったけの銃弾を叩き込む。

 無数の弾の一発が、アスラの右目を捉えた。

 巨大な怪物は大きな口を開け、絶叫する。結菜はその隙を見逃さなかった。

 再装填リロードが終わったグレネードランチャーを、六連続で連射する。四発は顔の付近で炸裂したが、二発は口に入って爆発した。

 アスラはもんどりうって転げまわる。相当なダメージが入ったのだろう、口から大量の血と煙を吐き出していた。

 それでもこちらをギロリと睨み、なんとか立ち上がろうとしている。


「結菜! こっち」

「う、うん」


 二人は銃口をアスラに向けたまま後ずさる。柱の陰に入り、一定の距離を開けながら攻撃を続けた。


「あとは大和さんや、小久保っちがなんとかしてくれるよ。私たちはここで援護射撃をしよう!」

「うん、そうだね」


 絵美の言葉に、結菜は大きく頷く。化物の背中で何度も爆発が起こった。

 ――小久保さんが攻撃してるんだ。大和さんと小久保さんがいれば、きっと……。

 結菜は二人を信じ、擲弾を撃ち続けた。


 ◇◇◇


 アスラが苦しんでいる。絵美と結菜が奮闘してくれたんだろう。

 大和はスナイパーライフルを投げ捨て、腰の刀を抜いた。


「小久保さん、援護してくれ!」

「は、はい!」


 小久保は戸惑いつつもロケットランチャーを構え、化物の背中を狙う。

 轟音と共に発射された弾頭は、まっすぐに飛んでゆく。何発も撃っていた小久保の射撃精度は徐々に上がっていた。

 狙い通り、アスラの背中で爆発する。

 悲鳴を上げる巨大な怪物の足元を、大和が駆け抜ける。体の向きを変えようとしたアスラは、後ろの腕をドンッとつく。

 大和は両手で持った三日月宗近みかづきむねちかを高々とかかげ、力の限り振り切った。

 "見えない斬撃"が、アスラの後ろの腕を叩き斬る。切断された腕はズルリと床にこぼれ落ち、大量の血が噴き出す。

 アスラは悪鬼のような表情で、耳をつんざく咆哮を上げた。

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