第22話 初めての集団戦闘

 ずっと一人で戦ってきた。元々一人で考え、行動することが性に合っていただけに仕事や私生活もそれでいいと思っていた。

 だが、今は隣には並び立つ仲間がいる。

 同じ目標に向かう人間がいることで、これほど安心感や高揚感があるとは思っていなかった。

 大和はフゥーと息を吐き、眼前の敵を見る。


「よし、カウントを取るぞ」


 緊張した面持ちで、絵美と結菜、小久保が小さく頷く。


「……3……2……1」


 一瞬の静寂。絵美たちはゴクリと喉を鳴らす。


「撃てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 全員が化物に向け一斉に引き金を引いた。

 大和はスナイパーライフルの弾丸を何発も撃ち込み、絵美はアサルトライフルのフルオート連射を叩き込む。

 化物の背中に無数の穴が空き、血が流れ出る。

 小久保も肩に担いだロケットランチャーを敵に向け撃ち放った。爆音と共に発射された弾頭は、勢いよく化物の背中に突き刺さる。

 間を置かずに爆発し、背中の肉をえぐり飛ばした。

 命中したことに小久保は、「よし!」と小さなガッツポーズを作る。

 結菜も負けじとグレネードランチャーを連射した。ロケットランチャーより威力は低いものの、何発も発射される擲弾てきだんは敵の体に当たり、次々と炸裂していく。

 確実にダメージを与えていた。

 食人鬼グールの王・アスラは頭を上げ、ゆっくりとこちらを向く。

 その顔は人間に似ていたが、怒りに満ちた表情は阿修羅そのもの。額からは角まで生え、まさに『食人鬼グールの王・アスラ』という名に相応ふさわしい容貌。

 尻尾を振り切り、正対した姿はやはりワニや蜥蜴にかなり近い。頭を持ち上げれば体高は十メートル以上。

 皮膚は人間と同じ肌色なので、より不気味に感じる。

 アスラは上を向き、雄叫びを上げた。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 耳をつんざく咆哮。これが無駄な動作であり、そのおかげで5秒間のタイムラグが生まれる。

 大和たちは正面を向いてスキだらけになったアスラに、ありったけの攻撃を集中させた。

 大和が放つNATO弾がアスラの胸元に突き刺さり、絵美もアサルトライフルを撃ちまくる。化物の正面に全て命中し、小さな穴を数えきれないほど空けた。

 結菜もグレネードを撃ちまくる。命中するたび爆発が起こり、アスラの顔や胸、腹などに大きな傷を作る。

 3秒経って弾頭が自動装填オートリロードされた小久保は、ロケットランチャーを構え、トリガーを引く。

 発射された対戦車弾がアスラの脇腹に着弾、激しい光と炎を上げた。


「や、やった!」


 脇腹の皮膚と筋肉が裂け、内臓の一部が露出している。アスラは痛みで絶叫し、真赤な双眸で睨んできた。


「まずい! 別れるぞ」


 大和の指示に絵美や小久保たちはすぐさま反応する。大和と小久保は左へ、絵美と結菜は右に走った。

 部屋に立ち並ぶ石柱は、アスラでも壊せないと『攻略ヒントアプリ』にあった。

 あの柱の陰に入って相手の攻撃をかわす。それが当初から予定していた作戦。大和たちは全力で走った。


「大和さん! マズいです!!」


 ドタドタと走る小久保が、大声で叫ぶ。大和が振り返ると、アスラは絵美や結菜の方に向かっていった。

 火力の高いこっちに来るかと思ったが、予想が外れてしまう。

 怒り狂うアスラは猛獣のように、柱の近くまで突っ込んでいく。


「「きゃああああああ!?」」


 二人の悲鳴。銃声が鳴り響き、爆発音も聞こえてくる。大和は柱の手前で立ち止まり、踵を返してアスラに向かう。

 小久保も必死について来た。走りながら銃撃する。

 大和の持つスナイパーライフルは銃器で最強の威力を誇るが、アスラには今ひとつ効いていないようだ。

 対して小久保のロケットランチャーは――


「いっけえええええええええ!!」


 大声と共に放った対戦車弾は化物の尻尾に当たり、大爆発した。

 尻尾の肉をえぐって大量の血が流れる。化物は絶叫し、顔をこちらに向けた。怒りに満ち満ちた表情。

 大和と小久保はゴクリと息を飲む。


「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 六本の腕を振り回し、猛スピードで向かってきた。

 大和は銃撃しながら後ろに下がり、柱を目指す。小久保の走りながら撃とうとしたが、手元がブレて弾頭はアスラの手前の床に着弾した。

 激しい爆発が起き炎が舞い上がるが、アスラは構わず突っ込んでくる。


「うわああっ!」


 悲鳴を上げる小久保と共に、大和は全力で走った。

 柱に身を隠すとドカンッと衝撃音が鳴る。アスラが柱に体当たりしたのだろう。

 天井からパラパラと砂のような物が落ちてくるが、柱自体はビクともしていない。かなりの頑丈さだ。

 少しホッとしたのも束の間。左の壁にドンッと手が叩きつけられる。

 アスラの手だ。こんな豪快な壁ドンは初めて見たなと大和は思いつつ、右に視線を向ける。

 するとそこには巨大な目があった。

 アスラが右側から覗き込んでいる。大和と小久保は恐怖に身をすくめるが、このままでは殺されてしまう。

 銃声と炸裂音、そして人の声が聞こえてくる。

 絵美と結菜が、離れた場所から攻撃してるんだ。こちらも行動しなくては!


「や、大和さん……」


 小久保が情けない声を出す。これだけ化物との距離が近いと、ロケットランチャーは使えない。自分がなんとかするしかないと思い、大和は腰の刀を抜いた。


「小久保さん、ついてきてくれ!」

「わ、分かりました」


 大和は柱の左側を塞ぐ"腕"を見る。人間の何百倍はあろうかという巨大な腕。

 この腕をどけない限り逃げられない。大和は左手に持ったライフルを下げ、右手に持った刀を振り上げる。

 刀の刃の長さは約80センチ。【三日月宗近みかづきむねちか】はその三倍までの対象を斬ることができる。240センチも斬れるなら、この太い腕も――


「らああああ!!」


 全力で刀を振り下ろした。するとアスラの手首に一筋の線が走り、血が滴り落ちてズルリとズレた。

 手首は切断され、目の前に道が開ける。


「今だ! 走れ!!」


 小久保と二人、脇目も振らずに必死に走った。後ろから化物の絶叫が聞こえる。

 手首を斬り落とされたのだ、痛みは相当だろう。アスラは怒りに満ちた声を上げ、ドカドカドカと足音を鳴らす。

 こちらに向かって来ている。


「小久保さん!」

「は、はい!!」


 小久保は足を止め後ろを振り返る。大和も後ろを見ると、アスラは鬼の形相で迫っていた。

 今にも食い殺さんばかりの勢いだ。

 小久保は震えながらもロケットランチャーを化物に向け、トリガーを絞った。

 炸裂音と共に放たれた弾頭。真っ直ぐに飛び、化物の顔面に直撃した。激しい爆発が巻き起こる。

 相手との距離がそれほどないため、爆風で大和たちも吹っ飛ばされる。


「うが……」


 軽く頭を打った。「いたた」と言いながら床に手をつき、なんとか上体を起こす。チラリと目をやれば、そこには顔を押さえて悶え苦しむアスラの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る