第21話 準備万端

「大和さん……」


 絵美が青い顔をして大和を見る。いつも強気な態度を取っているが、持っているライフルが小刻みに震えていた。

 あんな化物を見れば、それも当然だろう。


「大丈夫だ。この『トラップ回避アプリ』によると、あのデカぶつは攻撃するか、一定の範囲に近づかない限り襲ってこない」

「アプリ? アプリってなに?」


 絵美が眉根を寄せる。大和は情報アプリのことを説明し、スマホの画面を見せた。

 興味深そうにスマホを凝視する絵美と結菜、そして小久保も画面を覗き込む。


「これが情報アプリ? すごい便利じゃん!」


 絵美は満面の笑顔で声を上げる。結菜も「本当ですね!」と明るい顔になり、大和に視線を向けた。


「これで相手の位置や、行動の条件が分かるってことですよね!」

「ああ、そうだ」


 三人が「うわ~」と感嘆の声を漏らす。


「で、でも、確か情報のアプリって、めちゃくちゃ高いんじゃなかったでしょうか? 僕も高額のアイテムリストを見たことがありますけど、冗談かと思うような値段ばかりでしたよ」


 興奮した小久保に聞かれ、大和は「ああ」と返す。


「アプリは一つ7000万、五つ買ったから3億5千万だな」

「「「3億5千万!?」」」


 三人がどん引きした。遠くを見たきり意識が飛んだように見えたので、大和は三人に話かける。


「だけど、それだけの価値はあった。このアプリが無かったら、今ごろ俺は死んでただろうからな」


 我に返った小久保が目をしばたかせ、大和に視線を向かる。


「や、大和さんライフルとか手榴弾も使ってますよね? 全部で一体いくら課金したんですか!?」


 絵美と結菜もハッとし、大和を見る。


「全部で5億7千万ぐらいだ」

「「「ごっ!?」」」


 絵美たちは絶句する。5億は大和に取って大した金額ではないが、彼らに取っては気が遠くなる額だろう。


「大和さんって……何者なんですか? 大企業の社長とか?」


 絵美が恐々こわごわと聞いてくる。


「社長じゃないよ。少し金を稼いだ投資家かな」

「投資家……」


 絵美は、まるで珍獣でも見るかのような目で見つめてくる。それは結菜や小久保も同じだった。


「まあ、そんなことはいい。問題はこのステージのクリア条件だ」


 大和はスマホに目を落とし、【攻略ヒントアプリ】を確認する。


「この部屋の出口を開けるには、あの化物にある程度のダメージを与えることが必要みたいだ」

「倒さなくてもクリアできるってことですか?」


 小久保の問いに、大和は「ああ」と言って頷く。


「"攻略ヒントアプリ"には、一定のダメージを与えると出口の扉が開き、誰かが囮となってアスラを引き付ける。その隙に脱出しろ。と書いてあるな」


 辺りがシンとする。絵美たちは口をつぐみ、思いつめた表情になる。


「へ、へ~そんなことまで分かるんだ。すごいね」


 絞り出すように声を発した絵美だが、それ以上なにも言わなかった。

 誰かが犠牲にならないといけない。そんな過酷な状況を気にしているのだろう。

 大和はアゴに手を当て、しばらく考え込む。周囲に重々しい空気が流れる中、口を切ったのは小久保だった。


「ぼ、僕が囮になります! 皆さんはその間に逃げて下さい」

「ちょ! なに言ってんのよ、小久保っち!」


 絵美が小久保を睨みつける。


「で、でも誰かが囮にならないと……そうですよね、大和さん!」


 全員の視線が大和に集まる。スマホに目を落としていた大和は顔を上げ、小久保に視線を向ける。


「いや、そうとも限らない」

「ほ、本当ですか?」


 声を上げたのは結菜だ。絵美と小久保も目を丸くし、大和を見る。


「あいつを……【食人鬼グールの王・アスラ】を倒し切れば、誰も囮になる必要なんてない」

「そ、そんなことできるんですか!?」


 小久保が不安気に聞いてくる。大和は首肯した。


「ダメージは与えられるんだ。倒すのだって可能だろう、なによりこっちには課金で得た武器がある。全員で力を合わせれば、きっとなんとかなるよ」

「大和さん……」


 結菜が泣きそうな顔で見つめてきた。その表情を見て大和は言葉に詰まり、咳払いして話題を変える。


「と、とにかく。重要なのは、あの化物をどうやって倒すかだ」


 全員の視線が化物の背中に注がれる。攻撃したり近づいたりしないと動かないとはいえ、巨大な敵が簡単に倒せるとは思えない。

 それでも大和の言葉が、絵美たち三人の希望になったことは間違いなかった。


「そ、そうだよね! あいつを倒しちゃえばいいんだよね」


 絵美は銃のグリップを強く握りしめる。結菜や小久保も自分の武器をしっかりと持ち、気を引き締めた。

 大和も視線の先にいる巨大な怪物を見据えた。

 ここまでデカイと、銃弾をいくら撃っても効果が薄いかもしれない。大和が気になったのは、結菜が持つショットガンだ。

 大勢の敵を倒すのには向いているかもしれないが、巨大な怪物を相手にするのには心もとない。

 大和はスマホを取り出し、アイテム購入欄を開く。

 武器の項目をスクロールして、気になっていた武器のページを表示する。そこに写し出されていたのは【MGL140グレネードランチャー】だ。


「これなら効果的かな」


 確信があった訳ではないが、ライフルより威力はありそうだ。

 なにより小型の擲弾発射器てきだんはっしゃきなので、アサルトライフルよりは軽い。女性でも使いやすいだろう。

 大和はボタンをタップし、MGL140を購入した。

 2500万もするが、致し方ない。


「結菜さん、武器を変更しよう。こっちを使ってみてくれ」


 ホログラムから顕在化したグレネードランチャーを結菜に手渡す。ショットガンを床に置き、MGL140を受け取った結菜は「うっ」と重そうに腕を下げる。

 軽いとは言っても2.7キロあるため、それなりに重いだろう。

 それでも使いこなしてもらうしかない。


「リボルバー式だから六連続で発射できる。その後5秒すると六発全て再装填されるみたいだ」

「そう、ですか」


 結菜は初めて見るいかつい武器に、戸惑っているようだった。

 確かに外観は重厚で巨大なリボルバー式拳銃だ。華奢な女の子が使うような武器じゃない。


「弾は100発買ったから、少し試し撃ちしてみようか」


 第五ステージはかなり広かったので、全員で銃器の使い方を練習することにした。結菜は着弾時に衝撃で起爆する着発信管の擲弾グレネードを数発撃ってみる。

 壁や柱に当たると次々に爆発し、その威力に驚きの声を上げる。

 絵美も負けじとアサルトライフルを構え、フルオートで連射した。


「うわっ! これけっこう振動くるね」


 ライフルの反動に驚いた絵美だが、使う分には問題なさそうだ。今度は小久保がロケットランチャーを試してみることになった。

 化物がいる反対方向の壁に狙いをつけ、ランチャーの先端を向ける。

 足のスタンスを広く取り、後方に誰もいないことを確認した。ロケットランチャーの後ろにいると、後方爆風バックブラストに巻き込まれるからだ。


「行きまーす」


 小久保は狙いを定め、引き金を絞った。瞬間、衝撃が全身を伝う。

 砲筒の前と後ろが同時に火を噴き、その勢いで弾丸が飛んでいく。壁にぶつかると爆発して炎を上げた。

 強い風が巻き起こり、全員の髪が乱れる。

 想像以上の威力に、小久保は発射態勢のまま固まり、身を強張らせた。


「す、凄いよ! 小久保っち。これならあんな化物でも、絶対やっつけられるよ!」


 絵美は嬉しそうに言い、結菜も同意してコクコクと頷く。

 このロケットランチャーは一発撃つと再装填に3秒かかるため連発はできない。それでもこれだけ強力なら充分効果を上げられるだろう。


「よし、これで準備はいいな!」


 全員が巨大な化物を見る。あれほどドンパチやったのに、このデカブツは微動だにしない。背中を向けたまま、静かにたたずんでいた。

 かなり間抜けな光景だ。

 あくまで条件を満たさないと襲ってこないゲームのキャラクター。見た目はどれほど恐ろしくても、ルールに縛られ、けっして逆らわない。


「全員、点線ラインのギリギリに立て」


 絵美たちは大和の指示に従い、化物から十メートルの距離で立ち並ぶ。

 ここより前に行くと化物が動き出す。それぞれが武器を構え、狙いをつけた。


「作戦通りにいくぞ。『トラップ回避アプリ』を信じるのら、こいつは動き出して5秒間は襲ってこない。その間にありったけの攻撃を叩き込む。その後は二、二で別れて攻撃していく。同士討ちしないように気をつけろよ!」

「「「はい!」」」


 大和の号令に三人が応じた。

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