第19話 食べ物
「ちょっと待っててくれ」
十文字大和と名乗った男性は、そう言って部屋の奥へ歩いていく。柱や壁際などを見て回っているようだ。絵美は怪訝な顔をする。
「なにしてるんだろう?」
絵美の質問に、小久保は「さあ……」と言って小首を傾げた。
結菜もさっぱり分からないといった表情をしている。大和はしばらくすると、何事も無かったように戻ってきてこちらを見る。
「じゃあ、行こうか」
大和が出口に向かって歩き出したので、絵美や結菜、小久保もあとに続く。
扉の前に立つと、丸ハンドルを回してラッチを外す。ゆっくりと扉が開き、大和が先に入る。
絵美と結菜は顔を見交わし、小さく頷いてから中に入った。
最後に小久保が入り、扉を閉めようとすると、倒れている西森や葉山が目に入る。
小久保はごくりと喉を鳴らし、雑念を振り払うように力いっぱい扉を引いた。完全に閉まると、自動的にロックがかかる。
彼らが入ったのは、毎回おなじみとなった小さな小部屋。
敵は出てこないため、安心して一息つける。
大和は壁際でしゃがみ、あぐらをかく。左腕にセットしていたスマホを取り外し、内容をチェックし始めた。
入口付近で立っていた三人は所在なく、その様子を見ていた。
「あ、あの……」
声を上げたのは絵美だった。大和はスマホから視線を外し、「なんだ?」と素っ気なく答える。
「その……大和さんでしたよね。呼び方、大和さんでいいですか?」
「好きに呼んでもらっていいよ」
「じゃあ、大和さんはこれから、この訳の分からない世界から脱出しようとしてるんですよね?」
大和は当然の如く、「もちろん」と答えた。
「じゃ、じゃあ私たちも一緒に連れてってもらえますか?」
恐る恐る聞いた絵美に対して、大和は不思議そうな顔をする。
「そのつもりだけど、どうしてそんなこと聞くんだ?」
絵美や結菜、小久保の三人は安堵の息を漏らす。緊張から解放された絵美は足の力が抜け、ヘナヘナとしゃがみ込む。
「だって~、私たち最初のステージで誘われたのに行かなかったじゃないですか……それで怒ってるんじゃないかと思って」
「なんだ。そんなことか」
大和は下らないといった口調で答える。
「初対面の人間を信用できないのは当然だよ。俺も君たちのことを100%信じてる訳じゃない」
「じゃあ、どうして……」
大和はまっすぐに、絵美の目を見る。
「役に立つと思ったからだ。俺は武器をいくつか持ってるが、腕は二本しかないからな。君らが手伝ってくれるなら連れて行かない理由はない」
大和は再び視線をスマホに向ける。絵美は呆れたような顔をして、結菜と小久保を見た。
「ねえ、けっこうドライな人みたいだよ。大丈夫かな?」
絵美が声をひそめて言うと、結菜も小声で答える。
「でも、大和さんに置いていかれたら、私たち全員死んじゃうよ。ここは素直に言うことを聞いて、助けてもらおうよ絵美ちゃん」
小久保も同意し、「ぼ、僕もそう思います!」と言って激しく頷いた。
西森や葉山といった暴君に振り回されてきたが、それが大和に代わっただけかもしれない。それでも生きるためには我慢するしかない。
そんな諦めに近いムードが三人に漂う。
その時、大和が立ち上がり絵美たちの元へと近づいてきた。なにを言われるんだろうと戦々恐々としていた三人だが、次の言葉に耳を疑う。
「お前ら、腹減ってるだろ? 水と食料があるから食べるといい」
「え?」
絵美が呆けた声を漏らす。大和はスマホを操作し、なにかを取り出した。
ホログラムが投影され、実体化する。それは木製のダイニングテーブルと椅子だ。
「椅子の数が足りないな……購入しよう」
さらに三脚の椅子が現れる。テーブルの上にはペットボトルに入った水と、色々な缶詰、レトルトパック、お菓子などが置かれた。
水すら飲んでいなかった三人は目を丸くし、絵美に至っては
「こ、これ、食べていいんですか!?」
「いいよ」
「で、でも、食料ってたくさんある訳じゃないですよね?」
絵美は信じられなかった。こんな極限の環境における水や食料など、どれほど価値があるのか分からない。
それを簡単にくれるなんて、なにかの罠か!? 絵美は警戒心を
「まあ、確かに無限にある訳じゃない。だけどさっきのステージでアイテムボックスも回収したしな。そこそこの量はある」
「アイテムボックス!?」
絵美の声が大きくなる。
「そ、そんな物があったんですか!? だとしたら、ひょっとして各ステージに……?」
「ああ、あったよ。俺は全部回収してるけど」
絵美は絶句した。そんな物があるなど、想像もしていなかったからだ。
だがよく考えてみれば、前作のゲーム『ダーク・フロンティアⅠ』には確かにそんな要素があった。
「じゃあ、さっき部屋を歩き回ってたのって」
「アイテムを回収してたんだ。今回は食料が多かったからな。気にせず食べてくれていい」
「で、でも……」
「それに、あと二つのステージをクリアすれば、俺たちは元の世界に戻れる。食料を溜めておく必要はないだろ?」
その言葉を聞いて、絵美はようやく大和のことを信じる。
涙目で「ありがと~」と叫び、三人は泣きながら水や食料を手に取った。
◇◇◇
大和は椅子に座り、食料にがっつく三人を見る。黒髪の真面目そうな女の子は行儀よく食べているが、あとの二人はむさぼるように食べていた。
よほど腹がすいていたんだろう。
ある程度食べ終わるのを待ち、一息ついた所で声をかける。
「じゃあ、ここからは作戦会議だ」
大和の言葉に、三人は姿勢を正す。まずは自己紹介をすることになり、絵美は椅子から立ち上がった。
「私は朝香絵美、17歳。千葉にある『千葉聖浄高校』に通う学生で、こっちの結菜とは幼馴染ね」
絵美に水を向けられ、結菜も立ち上がる。
「は、はい。私は長谷川結菜です。絵美ちゃんと同じ17歳で、同じ千葉聖浄高校の三年生です。よ、よろしくお願いします」
結菜がオドオドした自己紹介を終えると、二人は椅子に座り直し、代わりに小久保が立ち上がった。
「ぼ、僕は小久保徹です! 都内の企業に勤めるITエンジニアです。こ、この度は助けて頂きありがとうございました。役に立つかどうか分かりませんが、よろしくお願いします!」
緊張した面持ちで頭を下げた小久保に対し、大和は苦笑する。
「そんなに
「小久保っちでいいよ」
急に口を挟んだ絵美に、結菜は「ちょっと、絵美ちゃん!」と
「じゃあ、小久保さん。あなたには重い銃火器を持ってもらおうと思ってるんだが、モデルガンでもいいから使ったことはあるか?」
「い、いえ! まったく無いです。さっぱり分かりません」
「そうか……そっちの二人はどうだ?」
無いだろうなと思っていたが、案の定、絵美は両手を上げ、結菜はフルフルと首を横に振る。一から教えるしかなさそうだ。
テーブルの上にあるゴミを片付け、大和はスマホを操作した。
ホログラムが空中に映し出され、次々に実体化してゆく。テーブルには重々しい銃火器の数々が並んだ。
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