第18話 激戦

 スナイパーライフルの弾丸が魔犬に直撃した。

 急所に当たり、即死したようだ。別の柱からも一体の魔犬が姿を現す。大和は銃口を向け、引き金を絞った。

 だがすぐに飛び退き、柱の陰に逃げていってしまう。


「ああ、くそ! すばしっこいな」


 大和は舌打ちし、銃を構えたまま足を進める。スマホを見ると二体の魔犬は別々の方向に走り、こちらを挟み撃ちにしようとしていた。


「そうそう、うまくはいかないぞ」


 大和は柱の一つに銃を向ける。犬が顔を出した瞬間を狙って発砲した。

 弾が肩口に当たった魔犬は、キャンッと情けない声を上げて地面を転がる。すぐに立ち上がって柱に身を隠す。

 急所に当たらないと倒し切れないようだ。

 大和は身をひるがえし、今度は反対側の柱にいる魔犬に狙いを定める。柱の間を縫うように走り、こちらに迫ってきた。


「喰らえ!」


 何発もの銃声。ほとんど外れるが、一発が犬の右足に当たる。

 魔犬はバランスを崩し、前のめりにすっころぶ。

 唸り声を上げ、よろけつつも体勢を立て直して走ろうとするが、大和が放った弾丸が腹を貫く。

 化物は声にならない声を上げ、走って柱の陰に隠れた。


「けっこうダメージがあったと思うが……」


 大和は油断なく銃を構えながら、後ろに下がる。チラリと振り返ると、そこには小太りの男と、二人の女の子がいた。


「おい、大丈夫か? ケガはないか?」


 全員が怯えた表情をしていたが、「ぼ、僕らは大丈夫です!」と男が答えた。


「あの犬っころを倒してくるから、ちょっと待ってろ」


 スマホの画像を確認する。魔犬は柱の陰に隠れたまま動かないでいる。

 どうやら警戒して慎重になっているようだ。こっちから行くのは危険だな、と思った大和は、アイテム欄から手榴弾である【M67】を一つ取り出す。

 ピンを抜き、柱の向こうまで放り投げた。

 すぐに柱の陰に隠れ、スマホを見る。しばらくすると爆発音が鳴り、キャンッと犬の絶叫が聞こえた。

 スマホに表示されている"敵アイコン"が、柱から飛び出し移動する。

 大和は自分が隠れていた柱を回り込み、姿を見せた魔犬に銃口を向けた。足を引きずる犬は意表を突かれ、対応ができない。

 トリガーを引いて放たれた弾丸が、魔犬の首に直撃する。

 犬はよろめき、フラついて二歩、三歩と歩くが、首からおびただしい血を流してその場に倒れた。

 ――あと一体!

 大和は振り返り、並び立つ柱を見る。スマホを確認すると、その柱の一つに身をひそめていた。かなりこちらを恐れているようだ。


「おい、お前ら! 手榴弾を使うからどっかに避難してろ」


 大和がそう言うと、三人は戸惑いながらも足早に移動した。倒れている三人(一人は生きてそうにないが)も危ない。

 だが、この破片手榴弾である【M67】は身を伏せていれば被害を受けにくい特徴がある。倒れているのは好都合だ。

 大和はアイテム欄から手榴弾を三つ取り出し、全てのピンを抜く。

 犬が隠れている柱の後方に行くように、慎重に放り投げる。すぐに自分も柱の陰に身を隠し、様子を見る。

 鳴り響く三発の炸裂音。大和はスマホに目を移す。

 敵アイコンがフラフラと移動していた。恐らく飛散した破片に当たってダメージを受けたのだろう。

 すぐに柱から出て、魔犬の元へ向かった。

 やはり足を引きずっている。思うように動けないようだ。大和は銃を構え、狙いを定める。


「これで終わりだ!」


 放たれた二発の弾丸。一発は犬の側頭部に当たり、一発は脇腹に当たった。

 黒い犬はゆっくりと傾き、崩れ落ちるように倒れる。スマホに見ると『mission complete』と文字があった。

 大和は銃口を下げ、ふぅーと息を吐く。

 きびすを返し、三人の男女の元へと向かう。


「終わったよ。ケガはないか?」


 柱に隠れていた三人は、辺りを見回しながら出てくる。最初に口を開いたのは、茶髪でギャルっぽい女の子だ。


「あ、ありがとう……あなたが来てくれなかったら死んでたよ。ホントめちゃくちゃ怖かった」


 ギャルに同調するように、今度は真面目そうな黒髪の女の子が口を開く。


「ほ、本当にありがとうございました。私は長谷川結菜と言います。こっちは親友の朝香絵美ちゃんです」

「そうそう、絵美って呼んでよね。で、こっちは小久保さん。私たちは小久保っち、って呼んでるけど」


 男は慌てて前に出る。


「ど、どうも、こ、小久保と言います」


 小久保はペコペコと頭を下げ、大粒の汗を掻いている。人の良さそうな顔をしているな、と大和は思った。


「俺は十文字大和だ。最初のステージで君らと別れてから、一人でここまで来たんだけど……正直驚いたよ。君らもここまで辿りつけるなんて」

「ちょっと! それはこっちのセリフよ。一人でどうやってステージをクリアしたの? そっちの方が謎なんですけど!」


 絵美と名乗った女性は、納得できないといった表情で大和を見つめる。

 説明するのはいいが、少々めんどいな。と思い視線をそらしていると、床に倒れている人間が目に入る。


「ああ、そうだ。あいつらは大丈夫か?」


 大和は血まみれになっている三人の元へ足を向ける。

 一人は頭を食いちぎられ死んでいるが、二人は生きており、意識があるようだ。

 絵美たちも後ろからついてきた。積極的に助けようとしない所を見ると、恐らくこいつらは……。

 大和は虫の息になっている男二人を見て、ああ、やっぱりと思った。


「お前だったのか、ブラウンパーマ」

「はっ、なんで……テメーが……」


 右腕と右足を失い、横たわったまま動けないでいるのは、最初のステージでケンカになった男だ。

 この男と衝突したせいで、大和は一人で別ルートを進むことになった。

 こんな無残な姿になっても、鋭い眼光でこちらを睨んでくる。その気力には素直に感心した。


「あなたは……本当に武器を持ってたんですね」


 話しかけてきたのはもう一人の男。眼鏡をかけた大学生だ。こちらも右腕を失い、大量の血を流している。


「言っただろ? 俺は武器を持ってるって」

「ええ、そうでしたね。しかし、あなたが持っていた武器は高額な物ばかりだ。一体いくら課金していたんですか?」


 眼鏡の大学生は青白い顔で聞いてくる。出血が多すぎるんだ。回復スプレーを持っていた大和だが、もうそんな物で治せないことは明らかだった。


「ゲームが始まる前に、5億7000万使ってる」


 ブラウンパーマと大学生が目を見開く。「ふざけんなよ!」と吐き捨てたパーマの男に対して、眼鏡の大学生はハハハハと笑い出した。


「あ~面白いですね。そうか……5億か……そんなバカみたいな金額を使う、頭のおかしい人がいるなんて……」

「悪かったな、頭がおかしくて」


 大学生は乾いた笑みを浮かべながら、小さく首を振る。


「いえ……そうですか。あなたについて行くのが……正解だったんですね……難しすぎますよ……正しい道を選ぶのは……」


 大学生はそう言って目を閉じ、そのまま動かなくなった。

 ブラウンパーマの男も「くそったれ」と言ったきり、目を開けたまま事切れる。

 残ったのは大和を含め、たった四人となった。

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