第17話 欲しかった武器

 しばらく休んでいた大和は、そろそろ行こうか、と椅子から立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。

 扉の前まで歩き、ハンドルを回した。

 少し固めの扉を開いて、外の景色を見る。そこには今までと違う状況があった。

 誰かがすでに戦っている。


「ん? なんだ……」


 警戒しながら第四ステージに足を踏み入れる。

 扉は自然に閉まり、ロックがかかった。毎回起こるお馴染みの出来事。一度進めば、もう後には引けない。

 大和は柱の陰に隠れ、辺りの様子をうかがう。

 人が大声でなにかを叫んでいる。その周りを黒い獣が走っていた。あれが今回の敵のようだ。

 大和はスマホの画面をタップし、【敵個体情報アプリ】を起動する。


「……『魔犬・ムアサド―』、黒い体に赤い目をした犬の怪物。攻撃力、俊敏性、耐久値がとても高く、かなり強力な個体。グループで狩りを行うか……見た感じデカイし、強そうだな」


 "攻略ヒントアプリ"も確認すると、このステージには三体の魔犬がおり、そのうち一体以上を倒さないと出口の扉が開かないようだ。

 大和は柱から顔を出し、扉の前を見る。

 魔犬に襲われたのか、倒れている人間がいた。


「あれは右ルートに行ったヤツらか? よくここまで辿り着いたな」


 だが魔犬に追い詰められ、ピンチに陥っているようだ。

 このままでは全滅するだろう。


「助ける義理はないが、目の前で死なれると寝覚めが悪くなりそうだな」


 大和はアイテム欄から【ベネリM4オートショットガン】を取り出す。

 ホログラムから顕在化した散弾銃をしっかりと掴み、銃口を下にして構える。素早い相手なら、この散弾銃が効果を上げるだろう。

 大和は柱から飛び出し、三体の魔犬がいる場所に向かった。

 三人が血を流して倒れ、生きているか死んでいるか分からない。そして立っている三人は犬に詰め寄られていた。

 逃げようと後ずさっているようだが、その中に一人。女の子が前に出る。

 銃の射線上にいるため、魔犬を狙えない。

 邪魔だな、と思った大和は声を張り上げる。


「下がれ!!」


 女の子が足を止め、後ろに下がった。

 その瞬間、魔犬の姿がハッキリと見えた。大和は構えたショットガンのフロントサイトで照準を合わせる。

 間髪入れずにトリガーを引くと、弾丸は魔犬を吹っ飛ばした。

 かなり強い化物と個体情報にあったため、銃が効くか心配だったが、取り越し苦労だったようだ。

 散弾も人に当たった様子はない。

 大和はホッと息をつき、小走りで魔犬の元へ向かう。

 立っていた三人のうち、太った男性と女の子はヘナヘナと座り込み、もう一人の女の子は立ったまま呆然としていた。

 大和は彼らの前に歩み出て、犬と向かい合う。

 倒れていた魔犬は立ち上がり、警戒しながらジリジリと後ずさる。大和は銃を構え、引き金を絞った。

 発射された弾丸が飛散したが、犬は一斉に飛び退き、柱の陰に入ってしまう。


「くそ! 足には当たったように見えたが……」


 大和は舌打ちし、左腕に付けたスマホを見る。『敵位置確認アプリ』によって魔犬の位置は正確に分かる。

 柱を回り込んで襲いかかるつもりのようだ。

 大和は柱から飛び出そうとする犬に銃口を向ける。頭を出した瞬間、発砲した。

 散弾は直撃し、魔犬はもんどりうって倒れた。さらに別の柱から魔犬が顔を出す。大和は間断なく引き金を絞った。

 犬の右足と腹に当たり、転がるように吹っ飛んでいく。


「もう一匹いるはずだ」


 スマホで確認する限り、前方に敵がいるはずだ。だが姿が見えない。警戒しながらショットガンを左右に動かす。

 その時、へたり込んだ女の子が柱の上を指差し、大声で叫んだ。


「う、上です! 上にいます!!」


 魔犬は柱の上部、天井近くに張り付いていた。そんな移動方法もできるのか、と驚いたが、前方にいることは分かっていたので距離は開けている。

 大和は慌てず銃口を向けた。

 唸り声を上げ、飛びかかってくる化物。それを迎え撃つため発射された散弾が魔犬に直撃する。

 空中で弾き飛ばされ、犬は地面に激突した。

 フラつきながら駆け出し、柱の陰に逃げ込む。静寂が辺りを包んだ。

 

「弾は当たるけど、威力不足か? もっと強い銃の方がいいか……」


 大和はスマホを操作し、【ベネリM4】を収納し、代わりに【M110A1】を取り出す。

 スナイパーライフルの方が威力は強いだろう。

 大和は再び銃を構え、魔犬が出てくるのを静かに待った。


 ◇◇◇


 地面に突っ伏した葉山は信じられない思いだった。

 いま戦っているのは最初のステージで別れた男。もう、とっくに死んでいると決めつけていた。

 ここに辿り着いたのなら、一人だけで各ステージをクリアしたということ。

 そんなことが有り得るのか? そしてもっと不可解なのは、

 だが、その謎もすぐに解けた。葉山は男の持つ銃に目を留める。


「お、おい! あいつの銃だけ、なんで化物に効くんだ!?」


 絞り出すような声を上げたのは西森だった。足から大量の出血をしつつも、まだ意識を保ち、状況を把握しようとしている。

 図らずも自分と同じ疑問を抱いたようだ。葉山は眼鏡を押し上げ、口を開く。


「彼の持つ銃が、【ベネリM4】だからですよ」

「ベネリM4?」


 西森が眉間にしわを寄せる。


「ショットガンの中で最も強いモデルです。恐らく威力と命中率に、かなり高い補正が掛かってるんでしょう」

「おい、おい、なんでそんなもん、持ってるんだよ!? おかしいじゃねえか!」


 西森は腹立たしそうに声を張り上げるが、葉山も分からなかった。1000万以上する銃を、後から獲得できたとは思えない。

 だとしたら最初から持っていたということか?

 葉山は右腕を押さえながら上体を起こす。男の様子を詳細に確認しようとした。

 男が持っていた【ベネリM4】が、光になって消えていく。

 どうやらアイテム欄に"収納"したようだ。代わりに新しい銃が光と共に出現する。

 出てきたのは、やたらごついライフル【M110A1】。


「……ははは、嘘でしょ?」


 葉山が呆れたように笑うと、西森が「どうした?」と聞いてきた。


「あれはスナイパーライフルの【M110A1】ですよ。ライフルの中では一番高額で、僕も欲しくてたまらなかった武器です」


 西森は絶句する。男はそのスナイパーライフルを構え、辺りを警戒していた。

 黒い化物はどこから出てくるか分からない。例え強い武器を持っていても、当たらなければ意味がない。

 そう思った葉山と西森だが、男は突然銃口を左の柱に向ける。

 すると、その柱から化物が飛び出してきた。まるでそこから来るのが分かっていたかのように、男は引き金を絞る。

 放たれた弾丸は、化物の頭に直撃した。

 犬は派手に吹っ飛び、バタリと倒れて動かなくなった。葉山と西森は驚いて声が出ない。

 あの凶悪な化物を、一撃で仕留めてしまった。

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