第13話 青銅の魔人

 第三ステージに足を踏み入れた大和は、薄暗い室内を見回しながら、慎重に歩みを進める。

 今までよりも、こじんまりした部屋だ。

 照明が青いのか、柱や壁が青白く見える。そして部屋の中央になにかいることも分かった。


「あれが今回の敵なのか?」


 大和はスマホの『敵個体確認アプリ』を起動する。


「ふ~ん、『青銅の魔人』か……首はないが、三メートルの大きさがあり、体は鋼鉄並みの強度がある。右手には大剣を握り、高い攻撃力と防御力を持つ。か、厄介そうなヤツだな」


 "トラップ回避アプリ"で確認すると、魔人は半径二メートル以内に入るか、出口に近づくと襲って来るらしい。

 不用意に接近するのは危険だな。


「どれぐらい硬いか試してみるか……」


 大和はスマホのアイテム欄から、M110A1スナイパーライフルを取り出す。

 ズシリとした重みを両手に感じる。銃床を胸に当て、フォアエンドを左手で持ち、グリップを右手で握る。

 銃口を魔人に向け、狙いを定めた。

 直接近づかなければ相手が襲ってくることはない。十メートル以上離れた位置から狙いをつける。

 トリガーに指をかけ、慎重に引き金を絞る。

 衝撃と共に放たれた弾丸。魔人の胸に直撃した。


「うん?」


 キンッと高い音が鳴り響く。どうやら跳ね返されたようだ。やっぱりダメか、と思いつつ、もう三発試してみる。

 だが、やはり全て弾き返された。

 持っているライフルの中で最強の攻撃力を誇る『M110A1』が効かないなら、他の銃を使っても無駄だろう。

 大和はスナイパーライフルをアイテム欄に戻し、今度は手榴弾である【M67】を取り出す。

 M67は爆発で相手を倒すというより、爆発で細かい金属片が飛散する"破片手榴弾"だ。人間には効果絶大だが、全身が鎧に覆われた怪物には効かないだろう。

 それでも一応試してみるか、とピンを抜き、下手で放り投げた。

 コロコロと転がりながら、魔人の足元まで行く。大和はすぐに柱の陰に隠れ、耳を押さえた。

 ドンッと下っ腹に響くような音と共に、なにかが飛んできた。

 あれが手榴弾の金属片なんだろう。大和はゆっくりと柱から顔を出し、魔人の様子をうかがう。

 

「やっぱりダメか」


 床から煙が上がっているが、魔人の体に異常はない。傷一つ付いていないように見える。銃でも爆弾でも倒せないなら、どうしたら……。

 大和はスマホの画面に視線を落とす。


「"攻略ヒントアプリ"ならなにか分かるかな?」


 大和が買った『敵個体確認アプリ』と『攻略ヒントアプリ』は、その都度つど起動しないと使うことができないものだ。

 ステージ攻略のヒントが欲しかったため、アプリを起動する。


「うん!? 魔人を引き付ける役の者と、出口の扉に暗証番号を入力する者に別れて脱出を目指せ? 出口の暗証番号は数字三桁の組み合わせなので、早ければ数分で辿り着ける? って、俺一人だから無理だぞ。どうしろって言うんだ?」


 大和は絶望的な気分になる。この攻略法は、最低でも二人以上が必要だ。

 やはり一人で来たのが間違いだったのか? 床にあぐらを掻き、どうしたものかと頭を抱えていると、あることを思い出した。


「そうだ! あれなら……」


 アイテム欄を再び表示し、タップして【刀剣】のページを開く。


「あった。こいつなら、なんとかなるんじゃないか?」


 画面に写っていたのは一億で買った国宝の刀、【三日月宗近みかづきむねちか】だ。

 購入する際に、細かい能力や性能の説明はなかった。今思えば、詳細が分からない物を一億で売りつけるなど、非常識にもほどがある。

 ――もっとも、そんな物を気軽に買った俺もおかしいが……。

 刀の画像をタップすると、今回は詳細な説明が出てきた。


「"刀身の三倍までの範囲を斬ることができる。その切断力は鋼鉄をも斬り裂く”か」


 かなり凄い能力だ。大和は『取り出す』のボタンを押し、刀を出現させる。

 目の前にホログラムが広がり、中から金の刺繍が入った青い鞘に収まる豪奢な刀が落ちてくる。

 大和は両手でしっかりと掴み、重みを感じながら刀を見た。

 ごくりと喉を鳴らし、つかに手をかける。ゆっくりと鞘から抜き、現れた刃に目を奪われた。

 見れば見るほど美しい、まさに芸術的だ。

 刃渡りは80センチほど、この三倍となれば240センチ。そんなに近づかなくても相手を斬れるな。

 大和は刀をかかげ、刀身を眺める。とても綺麗だが、変わった形の刃紋があった。


「なんとなく三日月に見えるな……あ! これが三日月宗近の名前の由来か!?」


 一人で納得しながら刀を下ろし、部屋の中央にいる【青銅の魔人】を見る。


「"鋼鉄をも斬り裂く"っていうなら、アイツも斬れるだろう。他に方法がないんだ……試してみるしかない」


 大和は覚悟を決め、三日月宗近みかづきむねちかを片手にゆっくりと部屋の中央に足を運ぶ。

 魔人は微動だにしない。

 左手の『バトル用ハンドサポーター』に収まったスマホを覗く。画面に写る魔人の周りに点線がある。このラインを越えると魔人が襲って来るという目印だ。

 大和はラインの手前で立ち止まり、フゥーと大きく息を吐く。

 この刀が通用しなかったら、万事休すだ。不安は拭えないが、立ち止まってもいられない。


「やってやる!」


 大和はバンッと、力強く左足を出す。ラインを踏み越えると、青銅の体躯がピクリと動いた。

 魔人が持つ大剣が、緩慢な動作で振り上げられる。

 眼前にいる人間を敵と認識したようだ。大和は左手の持ったさやを放り投げる。両手で柄を握り、上段に構えた。

 剣道なんかは習ったことがない。当然、刀を振るうのも初めてだ。

 それでも全力を込めて、こいつを斬る。


「おおおおおおおおお!!」


 振り下ろされた大剣と、斬り下ろした刀が交錯する。

 刹那の静寂。大和は刀を構えたまま動きを止めた。どうなったか一瞬分からなかったが、後方でドスンと音が鳴り、そちらに視線を向ける。

 なにか落ちていた。よく見れば、それは剣を握った青銅の右腕。

 ハッとして魔人を見る。振り下ろしたはずの大剣が、右腕ごと無い。切断されていた。


「俺……が、やったのか? 俺がこの刀で……」


 大和はハハハと笑い声を漏らす。想像以上の威力。鋼鉄のように硬い魔人の体を、本当に容易たやすく斬り裂いた。

 下ろした刀を見る。三日月の刃紋が妖しく輝いていた。


「さすが一億! 高いだけあるな」

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