第12話 血まみれの逃走
「おい! そっちから回り込め、俺は右からこいつの気を引く!」
西森が参加者たちに指示を出す。それが正しいかどうか誰も分からない。
だが、ここで言い争っても仕方ないと、課金グループのメンバーは指示通り西森の反対側から"銅像"に攻撃を仕掛ける。
茶髪で黄色いパーカーを着た男が、火炎びんに火を付け投げ放つ。
銅像に当たるとパリンッと割れ、一気に燃え広がる。銅像の下半身は、メラメラと炎に包まれる。
パーカーの男は次々に火炎びんを投げ、銅像を火だるまにした。
「へへ……どうだ化物!」
男は勝ち誇った表情をしたが、銅像は何事もなかったかのように向かってきた。
「な、なんだよ!? 効いてないのか?」
パーカーの男は慌てて逃げようとしたが、炎の中らか突き出された大剣に、体を貫かれる。
「あ……ぐっ」
男は口から大量の血を吐き、地面に倒れて絶命した。周りの人間が悲鳴を上げる中、今まで目立たなかった黒髪の女子大生が、スマホからアイテムを取り出す。
手に取ってピンを抜いたそれは、『MK3手榴弾』だ。
銅像の足元に投げると、女子大生は耳を押さえ、数歩後ろに下がる。
次の瞬間、激しい爆発が巻き起こった。全員が身を屈め、頭を
「は、はは……あははは。どう、これなら……」
女子大生は頭が狂ったように笑い出したが、煙が晴れると顔が引きつった。
銅像はまったくの無傷で、所々がチリチリと燃えているだけだ。女はすぐに二発目の手榴弾をスマホから出そうとした。
だが銅像は剣を振り上げ、ドスンドスンと大股で近づき、恐ろしい速さで斬りつけてきた。
女子大生の頭が飛ぶ。持っていた手榴弾はピンを抜かれることなく床に落ちた。
見ていた誰もが絶望する。銅像は振り返り、別の参加者に向かい大剣を構えて走ってきた。
白と黒のワンピースを着た女性が悲鳴を上げ、柱の陰まで走る。
なんとか柱に身を隠そうとしたが、銅像は構わず剣を振るった。柱もろとも女性は斬り裂かれ、上半身と下半身が別れて吹っ飛ぶ。
血みどろの剣を持って歩く銅像に、参加者は恐怖で動けなくなっていた。
そんな中――
「うおおりゃああああああああ!!」
斧を振り上げた西森が、銅像に斬りかかる。鋼鉄の体にキンッと弾かれるが、構わず何度も斬りつける。
「このクソったれが! 俺が相手になってやるぜ!!」
銅像はゆっくりと振り返り、西森の方を向く。
「はん、俺に意識が向いたな。こっからは逃げの一手だ。鬼ごっこは得意か? その重たい足でついて来いや!」
西森は背を向けて走り出した。だが銅像は追いかけようとはせず、腰を落とし、姿勢を低くした。
「なんだ?」と西森が思った刹那。銅像が地面を蹴り、一気に加速した。
剣が振り抜かれる。あまりに唐突な出来事に、西森は反応できなかった。気づけば持っていた斧がない。
いや、斧だけではない。自分の右腕ごとない。
一瞬で西森の腕は切断されていた。
「ぎいゃああああああああああああああ!!」
腕から血が噴き出し、腰が抜けて尻もちをつく。ジタバタと藻掻き、無様に地面を這って銅像から逃げようとする。
そんな西森を見て、葉山や青柳、その他の参加者も一様に言葉を失った。
◇◇◇
絵美と結菜、そして小久保は柱の陰に隠れ、辺りの様子を見ていた。
人間がいとも簡単に殺されていく光景に、どうしていいか分からず、恐怖に体を
「絵美ちゃん。西森さん……大きな剣で切られちゃったよ」
結菜が震える声でつぶやく。絵美は「うん」と言って頷き、周囲を見回す。
参加者全員恐怖で身がすくみ、足を動かせないでいる。血まみれになっている西森の元に銅像が向かっているが、誰も助けようとしない。
絵美は臍を噛む。西森のことは嫌いだが、いま彼を失えばこの地獄を脱出することが、より困難になるかもしれない。
――なんとかしないと!
絵美は柱から飛び出し、小久保に声をかける。
「小久保っち! あの銅像の注意を引いてくれない?」
「え!? 僕が?」
小久保は驚き、
「その間に私が西森を助ける! 結菜も手伝ってくれる?」
「う、うん、分かった」
結菜は困惑しつつも力強く返事をした。二人は走り出し、柱を回って西森の元へ向かう。絵美は振り返り、立ち尽くす小久保を声を投げる。
「小久保っち! 頼んだよ、私は信じてるからね」
「あ、う、うん……」
小久保は戸惑うものの、まっすぐに銅像の元へと走る。
部屋の中央では銅像が、カチカチと歯を鳴らして怯える西森を見下ろしていた。持っていた剣を振り上げ、西森を殺そうとした瞬間、カンと乾いた音が響く。
銅像は動きを止め、ゆっくりと振り向く。
そこには鉄パイプを持ち、震えながら立っている小久保がいた。
「こ、こっちだ。こっちに来い!」
小久保は一歩二歩と後ろに下がり、振り返って走り出す。
銅像はドスン、ドスン、と歩みを進め小久保の後を追いかけた。柱の陰からそれを見ていた絵美と結菜は、西森の元まで駆けつける。
「大丈夫!?」
「お……お前ら……」
息も絶え絶えの西森は、声をかけてきた絵美の顔を見上げ、顔をしかめた。
「偉そうに威張ってたのに、ざまあないよね。でも、ここで死なれちゃ困るから助けてあげるよ」
絵美は自分の着ている制服のジャケットを脱ぎ、袖の部分を西森の切断された腕に巻く。手に血がついても絵美は気にせず、袖を結んで止血を試みる。
「結菜、そっちを引っ張って!」
「う、うん!」
二人でジャケットの端を引っ張り合い、腕の血を止める。西森は苦痛に顔を歪めるも、必死に声を噛み殺す。
情けない声は出したくないようだ。
絵美と結菜は協力して袖を固結びにし、二人で肩を貸して西森を立たせた。
その時、扉の前にいた葉山が声を上げる。
「あ、開いた! 開いたぞ!!」
その声に全員が色めき立つ。絵美は西森を運びつつ、小久保に向かって叫ぶ。
「小久保っち! もういいよ、こっちに逃げてきて!!」
「わ、分かったよ!」
銅像が振り下ろす剣を必死でかわし、柱を回り込んで小久保は走った。
他の参加者も出口に向かい、死にもの狂いで駆ける。だが、銅像は簡単には行かせてくれない。
重い体を揺さぶりながら追いかけてくる。
剣を横に薙ぐと、華奢な女性が斬り裂かれ、地面に突っ伏し動かなくなった。
さらに走りながら剣を振るうと、スーツを着た中年男性が背中を斬られる。部屋にこだまする悲鳴と絶叫。
小久保は後ろを振り向かず、全力で走った。
すでに絵美と結菜は出口の扉をくぐっている。あとは自分だけ。小久保は必至で出口に向かう。
後ろから銅像が迫っている。見なくても気配で分かった。
開け放たれた扉の向こうから、絵美と結菜が叫んでいる。
もはやなにも考えられず、体を投げ出し、出口の扉に突っ込んだ。視界が暗転し、バタンという扉が閉まる音だけが聞こえた。
小久保は床に倒れ込み、ハァハァと肩で息をする。仰向けになって天井を見た。
「僕……生きてますよね?」
その言葉に、絵美と結菜は安堵したように苦笑した。
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