第9話 白煙の中の地獄

「こ、これを使うしかない」


 課金グループの一人、紫のパーカーを着た小太りの男がスマホからアイテムを取り出す。

 それは筒状の道具【発煙筒】だった。キャップを外し、キャップについている擦り板で点火する。

 火と煙を噴き出した発煙筒を投げ、さらにもう一本にも火をつけた。

 持っている五本を全て点火し、辺りにばら撒く。

 通常の発煙筒より遥かに大量の煙を上げていたため、周囲は真っ白な世界へと変わていった。


「おい! なんにも見えねーぞ!!」


 西森が叫び、他の人間も騒ぎ出す。しかし、視界を奪われたのは人間だけではない。食人鬼グールたちも前が見えず、混乱していた。

 化物同士が争っているのを見て、西森が大声で叫ぶ。


「今だ! 今しかねえ! 出口に向かって走れ!!」


 西森たちは一斉に逃げ出し、その声を聞いた絵美や結菜、小久保も煙を掻き分けるように必死で走り出す。

 鳴り響く銃声、苦しそうな悲鳴、化物同士の雄叫び。

 白い煙の中は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。混沌と絶望が入り交じり、何人もの人間が命を落とす。

 なんとか部屋の奥に辿り着いた西森たちは、サビついた階段を降りた。

 半地下まで来ると、煙はほとんどない。視線の先には出口となる鉄扉がある。

 西森は一目散に走った。扉に手をかけ、重いハンドルを回して開く。死にもの狂いで中に飛び込むと、何人もの人間が後に続いた。

 西森はすぐに扉を閉めたかったが、周りの目もあるため、ぐっと堪える。

 煙の中には、まだ多くの人影が見えた。


「おい! 逃げてくるならさっさと来い! 扉を閉めるぞ!!」


 西森が絶叫すると、女性二人が扉をくぐり、その後に太った男が飛び込んできた。


「ぶはっ! 助かった!!」

「なっ!? デブ、またお前か!」


 西森は小久保を見て顔を歪める。他には誰も来ないようなので、課金グループの一人が扉を閉めた。


 ◇◇◇


「何人残った?」


 西森がヤンキー座りをしながら周囲に聞く。今いるのは第二ステージと第三ステージの間にある小さな部屋。

 化物の来ないセーフティーゾーンだ。

 この場にいるのは十四人。第二ステージでも七人死んだことになる。残った人間も負傷している者が多く、とても無事とは言えない。


「おい! 回復スプレーを寄越せ」

「で、でも、もう残量が……」


 回復スプレーを持っていた男に対し、西森は「うるせーぞ!」と言ってスプレー缶を奪い取った。

 スプレーを自分の手足にかけ、かるい傷を治していく。

 シュゥゥゥゥと噴射する音が徐々に小さくなり、最後には切れてしまった。


「チッ! くそ」


 西森は缶を放り投げ、悪態をついて憮然とする。


「取りあえず、獲得したポイントをチェックしましょう」


 冷静に言ったのは大学生の葉山だ。自分のスマホを操作して、ゲーム内で獲得したポイントを見る。


「僕は四匹の食人鬼グールを倒したので、40ポイント入っていました。他の方はどうですか?」


 西森と葉山も自分のスマホをチェックする。


「俺は30ポイント入ってる」

「私も30ポイント……もっと倒したと思ったのに!」


 青柳が不満そうな顔をする。


「恐らく殺し切れなかったんじゃないでしょうか。重傷を負った食人鬼グールは多かったと思いますよ」


 葉山の言葉に、青柳は「チッ」と舌打ちする。

 他にも食人鬼グールを倒した者はいたが、生き残ることができなかったようだ。


「僕は獲得ポイントを使って、ありったけの銃弾を買います。青柳さんはどうされますか?」

「当然弾を買うわよ。でも、回復薬もほしいわね」


 青柳はスマホを睨みながら眉を寄せる。


「確かに回復薬は大事ですね……。西森さんはなにを買いますか?」


 葉山に問われ、西森はスマホを見て考え込む。前回と合わせて50ポイントあるため、安い銃なら買えるだろう。

 だが葉山や青柳を見ていると、弾の交換に手間取っている。

 そのせいで思うように敵を倒せていないようだ。だとしたら……。

 西森は慎重にアイテムを選び、ポイントを消費して購入ボタンを押した。アイテム欄から【取り出し】の文字をタップし、武器を顕現させる。

 

「俺は、こいつで敵を倒すぜ!」


 西森が手に取ったのはオートマチックの拳銃、"グロッグG44"だ。

 かなり小型の拳銃だが、化物を殺傷する能力はあるだろう。なによりマガジンごと弾を交換できるのは効率がいい。

 その分、補充の弾丸をマガジンごと買わなければいけないため、少し割高になってしまうが仕方ない。

 西森は銃が気に入ったようで、色々な場所に銃口を向け、ほくそ笑む。


「なんだかんだこのゲームでは"銃"が一番強ええ。これで三人が銃を手にしてるんだから、今度こそ楽にクリアしてやるよ」


 嬉しそうに笑う西森の後ろで、葉山が眼鏡を押し上げる。


「銃が一番ですか……『ダーク・フロンティア』には国宝級の刀や槍、それにロケットランチャーのような武器もありますよ」


 西森はおどけたように肩をすくめる。


「あんなもん、チート級の武器だろうが。課金で手に入れようと思えば数千万から、一億だぜ? そんなもん誰が買うんだ。所詮、話題づくりのお飾りだよ」


 西森は失笑して辺りを見回す。そこには必死で逃げて来た仲間が、死んだ魚のような目で座り込んでいた。

 俯いたままなにも言わず、動かないでいる。


「――ったく! しけたツラしてんじゃねえ、もう行くぞ! こんな所、とっととおさらばしてやるぜ」


 西森は第三ステージにつながる鉄扉の前に立つ。銃を腰ベルトの隙間にねじ込み、ハンドルに手をかける。

 重い扉をゆっくりと開け、第三ステージへと足を踏み入れた。


 ◇◇◇


 一方、左のルートを進んでいた大和はセーフティーゾーンを出て、第二ステージに入っていた。

 かなり広い空間で、天井も高く、第一ステージの二倍以上はあるだろうか。スマホの画面を確認すると、敵の位置がアイコンで表示された。


「うお! なんだこれ!?」


 地図を見ると、少し行った先に階段があり、降りた所に空間がある。そこには大量の食人鬼グールがひしめくようにいた。


「なんだ、ウジャウジャいるぞ!?」


 黄色で示されるアイコンを数えると、六十匹はいるようだ。

 スマホを見ながら歩いていく。画面には自分を示す赤いアイコンが映し出され、そのすぐ前に点線が表示されている。


「このラインを越えると階段から食人鬼グールが上がってくるってことか……ラインを越えないように気をつけないと」


 大和は辺りを見回す。

 第一ステージと同じように、大きな柱が立ち並ぶ薄暗い空間。もう一度スマホに目を落とすと、部屋の左端にも扉があることに気づく。

 大和が扉に近づいていくと、その中にも大量の食人鬼グールがいることが分かった。


「おいおい、ここにも化物がいるのか! なんなんだ一体……」


 扉は開いていないので出てくることはできないようだが、まるで待機しているようで不気味だった。

 改めてスマホに目を移し、食人鬼グールたちが表示されている場所をタップする。

 ここになんらかの罠があるなら、『トラップ回避アプリ』の効果で説明文が出てくるはずだ。

 大和の読み通り、画面に説明が表示される。


「う~ん、なるほど……ラインを越えると、まず階段の食人鬼グールが襲って来る。それから五分経つと、今度は左にある扉が自動的に開いて挟み撃ちにされるって訳か、えげつない仕組みだな」


 確かに両方合わせれば、百匹ほどの食人鬼グールを相手にすることになる。

 そうなればまさに地獄絵図だろう。右の通路を行ったヤツらは大丈夫だろうか? 大和は心配したものの、今は自分のことを考えないと、と思い直す。


「まあ、分かっていればどうとでもなるか」

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