第7話 初陣

「敵個体情報アプリも使ってみるか……」


 大和は第一ステージに出てくる敵の情報を確認する。


「やっぱり、さっき見た食人鬼グールだな。詳細なデータもある」


 スマホを操作し、食人鬼グールの個体情報のページを開く。

 

「う~ん、身長は160から170ほど。手足は細いものの力は強く、鋭い歯と爪で攻撃してくるのか。ゾンビと違って噛まれてもケガをするだけなんだな……とは言え集団で襲われたら一溜ひとたまりもないが」


 現在いる部屋は学校の体育館ぐらいの大きさ。スマホで確認すると、入口は部屋の右下。出口は入口からもっとも遠い場所にある。

 天井まで届く柱が何本も立ち並び、死角を作っていた。

 大和は改めて『敵位置確認アプリ』を使う。スマホを見る限り、数十匹の食人鬼グールがいるようだ。


「柱の陰に潜んでるな……まあ、位置は丸わかりなんで怖くはないが」


 大和は銃を構えてゆっくりと進む。足元を見てスマホを置き、片膝を立てて腰を落とす。

 スマホの画像には点線が示されている。『トラップ回避アプリ』によって食人鬼グールが動き出すラインが分かるのだ。

 大和はゴクリと喉を鳴らし、左足のつま先をラインにかける。

 かすかに物音が聞こえた。柱の陰から数匹の食人鬼グールが現れる。

 向こうも確実に襲いかかれる距離まで、慎重に動いているようだ。だが近づかせる訳にはいかない。

 大和はライフルのトリガーに指をかけ、力を入れて引く。

 体に伝わる衝撃と共に、一匹の食人鬼グールが弾け飛ぶ。胸に命中したようだ。

「があっ?」と戸惑った声を上げる食人鬼グールに対しても、銃口を向け、トリガーを絞った。

 頭が吹っ飛び、その場に崩れ落ちる。


「よし! いけるぞ」


 手応えを感じた大和は、次々に弾丸を発射した。食人鬼グールは慌てふためき、なりふり構わず一斉に襲いかかってくる。

 大和は落ち着いていた。床に置いてあるスマホの画面で、敵がどこから来るのか全て分かったからだ。

 M110A1から発射される【7.62 NATO弾】はかなり威力で、急所に当たらなかったとしても、一撃で相手を戦闘不能にする。

 食人鬼グールは生命力が強いと個体情報に書かれていたが、おかまいなしだ。


「ん? これで終わりか?」


 十匹ほどの食人鬼グールを倒すと、後続が出て来なくなった。スマホを確認すると、残りの食人鬼グールは待機したまま動いていない。


「あーなるほど。次のラインを超えるまで襲って来ないのか……これが分かってれば囲まれる心配もないな」


 大和は十メートルほと前に進み、柱の横で片膝を立てる。さっきと同じようにスマホを脇に置き、トラップラインを足で踏む。

 食人鬼グールが柱を回り込んで来た。だが動きは見えている。

 大和は顔を出した化物の頭を狙撃。脳が吹っ飛び、一撃で沈める。次々とやってくる食人鬼グールを、一定の距離を保ちながら撃ち続ける。

 接近されると危険だ。そう思っていたが、ライフルとアプリがある以上、近づく前に全て殲滅できる。


「すごいな、この銃。連射はできないけど、一発一発の威力は強いし、弾が自動装填されるから、ずっと撃ってられる」


 また出て来なくなったので、場所を移動する。するとスマホのゲーム画面には敵である赤いアイコンが表示されているのに、肉眼で見ると化物がいない場所があった。


「ん? なんでだ?」


 大和が不信に思い、辺りを見回していると、ふいにある事に気づく。


「あ!?」


 それは柱の上にしがみついている食人鬼グールだ。一定の距離に近づくと上から飛び降り、襲ってくる仕組みらしい。


「これは……知らなかったらビックリするだろうな」


 だがバレてしまえば、こんなに滑稽なことはない。大和は近づくのをやめ、少し離れた場所からライフルで狙いをつける。

 バンッと一発、弾丸を発射すれば、上にいた食人鬼グールに直撃して「ぐえっ!」という苦し気な声を上げて落ちてくる。

 頭から床に落ち、そのまま絶命した。


「なんだか、かわいそうになってきた……でも、まあ、これで第一ステージはクリアでいいんだよな。意外に簡単だったけど」


 大和が出口に向かおうとした時、スマホの画面になにか映っていることに気づく。


「なんだこれ……あっ!」


 マークがされている場所に小走りで行くと、柱の脇、暗がりにステンレス製の箱が置かれていた。

 二つあるパッチン錠を外し、フタを開く。


「やっぱり! アイテムだ!!」


 "アイテム回収アプリ"を起動していることを忘れていた。中には銀色の大きな巾着きんちゃくが入っており、すぐに取り出して中身を確認する。


「おお! 食料か」


 入っていたのは非常食や携帯食、それにペットボトルに入った水が四本。さっそくキャップを回して水を飲む。

 ゴクゴクと喉を鳴らし、口の端から水がしたたり落ちる。

 ここに来てからなにも口にしていなかったため、喉が渇いて仕方なかった。


「ああ~生き返る! これは全部持っていこう」


 巾着を担いで行こうとすると、もう一つアイテムボックスがあることに気づいた。


「敵がいないから取り放題だな」


 大和は意気揚々と壁際に向かう。やはり暗がりに銀色のジェラルミンケースが置かれていた。

 中を覗くと、あったのは治療用の救急箱だ。

 包帯や消毒液、回復スプレーなどが入っていた。


「これはいいな、ありがたい」


 大和は救急箱も手に持ち、出口へと向かった。


 ◇◇◇


 第一ステージを出た大和は、狭くて暗い小部屋に辿り着く。


「敵はいないようだ。セーフティーゾーンみたいな場所か……」


 大和は一息つき、改めてスマホを操作する。するといくつかの発見があった。

 まずゲームのアイテム欄にある【収納】をタップすると、獲得したアイテムが忽然と消えた。

 一瞬、目を丸くするが、すぐにアイテム欄を確認すると、項目の中に"食料"と"救急箱"が追加されている。


「すごいな、めちゃくちゃ便利じゃないか。こんなこともできるのか……これどんな技術なんだ? 見たことも聞いたこともないけど」

 

 少し困惑したが、深く考えても仕方ない。

 大和はさらにスマホを注意深く見ていくと、【討伐ポイント】と書かれた数字があることに気づく。


「こんなのもあるのか。なになに、食人鬼グール30匹の撃破ポイントが300ポイント。全個体撃破によるボーナスポイントが200ポイント……合計500ポイントか」


 大和は「だとしたら」とつぶやき、課金ができる"購入ページ"を開く。


「やっぱり、ポイント分で買い物ができるんだ」


 よく見ていくと、消費した弾丸も買えるようだ。これで弾切れの心配はないな、と安心する大和だったが、交換ポイントに目を見張る。


「一発、一ポイント? 弾丸って課金する時、一発一万円だったよな。だとしたら、一ポイントは一万円相当ってことか?」


 そうなると500ポイントは500万ということになる。そこそこの金額だ。

 大和が額に驚いていると、ピロリロリンと軽快な音が流れ、運営からメッセージが届く。中を開くと、以下の文面があった。


『参加者の皆様。ゲーム内での目覚ましいご活躍、拝見しております。手に汗握る戦いの数々に、我々も興奮を抑えきれません。さて、皆様が獲得したポイントは、武器やアイテムなど様々なものに課金することもできますが、ゲームクリア後に換金することも可能です。1ポイント1万円で換金いたしますので、それもまた目標にして頂ければ幸いです。皆様のご健勝を、心から祈っております。


                   ダーク・フロンティア運営一同』


「こいつら、完全にふざけてるな」


 大和は腹立たしい気持ちになったが、なぜ運営がこれほど手の込んだことをするのか疑問に思った。

 どうしてこんなことを始め、なにを目指しているのか。

 不信感は深まるばかりだった。

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