第6話 じっくりと確認

 狭くて暗い部屋。西森たちがいたのは、第一ステージと第二ステージの中間にある空間だった。

 ここに食人鬼グールはおらず、セーフティーゾーンのような場所らしい。

 命からがら逃げてきた人々は、誰もが地べたに座って俯き、絶望的な顔をしていた。血を流し、大ケガをしている者もいる。

 二十八人いた人数は、今は二十一人しかいない。

 それは七人が死んだということ。絵美は顔を上げ、立ち上がって西森たちの元へ向かう。


「あんたたち、いい加減にしなさいよ! 自分たちが戦うとか言って、いの一番に逃げ出してるじゃない! 自分勝手にもほどがあるわ!!」


 絵美の言葉に、座り込んでいた西森は「ああ?」と言って睨み返す。


「なにイキってんだ!? 俺らが食人鬼グールを殺して道を開いたんじゃねーか! テメーらは逃げて来ただけだろうが!!」


 立ち上がった西森と絵美が睨み合う。結菜と小久保はオロオロするばかりだったが、勇気を出して小久保が歩み寄る。


「あ、あの! やっぱり、みんなで協力すべきだと思うんですよ。ここを脱出するのが目的なんですから……」


 西森は絵美から視線を外し、小久保を睨む。


「おい、デブ! なに調子に乗ってんだ? さっきテメーが扉に体当たりしたせいで、こっちはしこたま頭を打ったんだぞ! 分かってんのか!?」


 西森が小久保の胸ぐらを掴んで締め上げた。苦しそうに顔を歪める小久保だったが、勇気を振り絞って反論する。


「だ、だって……みんながまだ避難してないのに、扉を閉めて逃げようとしたじゃないか! あのままじゃ、僕ら全員死んでたかもしれないし」


 その言葉に、俯いていた人々が顔を上げる。


「おい、どういうことだよ?」

「扉を閉めようとしてた……俺たちがまだいたのに?」

「嘘でしょ、見捨てようとしてたの?」


 辺りがザワつき始める。必死で逃げて来た人たちの視線が、西森、葉山、青柳の三人に集まる。


「バ、バカ野郎! そんな訳ねーだろ。お前らが来るまで扉を開けとこうとしたら、このデブに邪魔されただけだ。いいかげんなこと言うんじゃねー!!」


 西森が乱暴に突き飛ばすと、小久保は後ろに倒れて派手に尻もちをついた。絵美と結菜が慌てて駆け寄る。


「大丈夫? 小久保っち」

「ああ、うん。大丈夫だよ。ありがとう」

「あの人……西森さんて本当に酷いよね。小久保さんがいなかったら、みんな死んでたかもしれないのに」


 結菜の言葉に絵美も同意する。


「あんなヤツがリーダーだなんて……この先、うまくいく訳ないよ。なんとかしないと」


 絵美の心配をよそに、西森は全員を集めて作戦会議を始めた。


「おい、回復アイテムを使ってくれ」


 西森の要求に応じ、課金グループの一人、青いニット帽をかぶった男性がスマホを手に取った。

 画面をタップすると、ヴゥゥンという音が鳴り、目の前に救急箱が現れた。

 中から包帯と応急スプレーを取り出し、怪我をした仲間に使っていく。

 西森も自分の足にスプレーを噴射して包帯を巻いた。『ダーク・フロンティア』の基本的な回復方法だ。

 ある程度治療が終わったのを確認すると、西森は忌々し気に口を開く。


「課金グルーブで四人、課金してねーグループで三人が死んだのか。もう囮作戦はやめだ。こっからは死ぬ気で全員戦わねーと生き残れねえな」


 じゃあ、どうするんだと問われ、西森は答えに窮する。そんな中、葉山がスマホを見ながら口を開いた。


「これ……ポイントが入ってるみたいですよ」

「なに?」


 西森が葉山のスマホを覗き込むと、確かに『獲得ポイント』という名目で三十ポイントが入っていた。

 すぐに自分のスマホを確認する。すると西森にも二十ポイントが入っていた。


「こいつは……食人鬼グールを倒したからか?」


 スマホのゲーム画面をスワイプしていくと、課金で買い物ができるタグがあった。

 西森はタグをタップして画面を開く。そこには今持っているポイントで買える商品が並んでいた。


「おお! こりゃいいぜ。化物を倒せばポイントが入って、武器なんかを買えるってことだな。さすがゲームだ」


 喜ぶ西森のかたわらで葉山は眼鏡を押し上げ、冷静につぶやく。


「銃弾の補充もできるみたいですね。安い武器も売ってるみたいですし、全員に武器を買い与えてもいいかもしれません」

「まあ、そうだな。おい、喜べお前ら! 俺たちが食人鬼グールを倒したポイントでお前らの武器を買ってやる。次のステージでは死ぬ気で戦えよ!」


 西森たちは獲得したポイントを消費し、もっとも安い"鉄パイプ"を購入して武器を持っていない全員に配った。

 残りのポイントで銃弾を数発買い、準備はできたと立ち上がる。


「こっからは総力戦だ。化物をぶっ殺して、一直線に出口に向かう。お前ら、遅れんじゃねーぞ!!」

 

 西森は全員に発破をかけ、意気揚々と鉄扉に手をかける。

 このあと待ち受ける地獄など、なに一つ知りもせず。


 ◇◇◇


 時は少しさかのぼる。

 二十八人と別れ、一人で左の部屋に入った大和は、じっくりとゲームについて調べていた。


「なになに、全世界で二億ダウンロードを突破した『ダーク・フロンティア』、その続編が遂にリリースか……ホントに人気があるゲームなんだな」


 ゲームの説明画面を見てダーク・フロンティアⅡの大まかな『ゲームシステム』や『ストーリー』を頭に入れていく。

 大和はこの部屋に入ると、すぐに情報アプリを起動した。

 【敵位置確認アプリ】と【トラップ回避アプリ】により、第一ステージの仕組みが次第に分かってくる。どうやらこのステージには数十体の食人鬼グールがいるようだ。

 ただし、一定の位置まで進まないと襲って来ない。

 当初【トラップ回避アプリ】は落とし穴のような"罠"を避けるための物かと思っていたが、そうではなかった。

 化物がどういう条件で行動するのかを教えてくれる。このゲームでは、化物の行動そのものがトラップということなのだろう。

 大和は入口付近でしゃがみ込み、課金したアイテムを確認する。


「まず武器からだな。一番威力が高いのは……これか」


 スマホの画像をタップすると、ブンッと音が鳴る。眼前の空間にモザイクのような歪みが現れ、その中からライフルが出てきた。

 床にバンッと落ちた狙撃銃を、大和は手に取って手触りを確認する。

 スマホから取り出したのは、2500万円もしたM110A1スナイパーライフルだ。

 ズシリと重く、金属の感触が伝わってくる。モデルガンには見えない。

 銃の知識がまったくない大和だが、スマホ内に取り扱い説明書があり、それを見ながら安全装置を外して銃を構える。

 武器のデータを見る限り、このライフルには『攻撃力補正』と『命中率補正』がほどこされているようだ。


「銃の素人である俺でも相手に当てられるってことか……さすがに高かっただけのことはあるな」

 

 銃床を肩口につけ、銃口をなにもない空間に向けた。弾は自動装填されている。

 スコープは付いていないため、自分の目で狙いを定める。少し緊張しながら、ゆっくりとトリガーを引いた。

 体を伝う衝撃。弾丸は薄暗い虚空に消え、広い空間に音が反響する。

 空薬莢が排出され、カラカラと転がっていく。大和は銃口を下げ、改めてライフルを見る。


「はは……確かに、本物みたいだ」

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