第5話 死のゲーム

 西森は年季の入った鉄扉に手をかける。レバーハンドルを回し、ゆっくりと手前に引いた。

 重厚な音と共に、ひんやりとした冷気が頬を撫でる。どうやら扉の先は少しばかり寒いらしい。西森は気にせず中に入り、辺りを見回す。

 後に続いて二十七人も扉をくぐった。全員がキョロキョロと周囲に視線をむける。

 天井は高く、何本もの柱が規則的に並んだ空間。部屋自体は広いものの、とても薄暗いため見通しは悪く、視界がさえぎられていた。

 全員が慎重に足を進める。


「おい、お前ら。言われた通りに先行しろ!」


 西森がアゴでしゃくる。結菜や絵美たち九人が前に押しやられた。


「ここには食人鬼グールがいるはずだ。お前らが先に歩いて食人鬼グールを見つけ出せ!」

「ちょっと待ってよ! これじゃあ私たちが一方的に危ないじゃない、課金してないってだけで酷すぎるわ」


 絵美が声を上げ、西森を睨みつける。

 肩に斧を乗せた冷酷な男は、「ハッ」と声を発した。


「おいおい、俺たちはお前らを助けてやってんだぜ。さっき説明しただろ? お前らが敵を見つけりゃ、倒すのは俺たちが引き受けてやるって言ってんだ。完全に役割分担だろうが! お前らは戦う必要がないんだから、ありがたいと思え!」


 西村は薄笑いを浮かべ、結菜や絵美たちを見渡す。

 課金をしていないグループに反論することなどできなかった。西森たちに見捨てられれば、この狂気じみた世界で生き抜くことはできないだろう。

 それは誰もが理解していた。

 仕方なく九人は先行して歩く。化物がどこから来るか分からないため、辺りを見回し、恐る恐るゆっくりと進む。


「おら! さっさと行け」


 西村が結菜の背中を斧で小突く。硬い刃物で押されたことに、結菜は小さな悲鳴を上げた。

 絵美は倒れそうになった結菜を支え、キッと西森を睨む。


「いいかげんにしなさいよ! あんた一体、何様のつもり!!」


 怒鳴った絵美に対し、西森は「ああ!?」と怒りをあらわにして斧を向ける。周りにいた小久保や課金をしていない人々は、引きつった顔で立ち尽くした。

 その時、ガサッと小さな物音が響く。

 辺りには張りつめた空気が流れ、誰もが息を殺した。

 ――

 足元のコンクリートから、靴を抜けて冷たい感触が伝わってくる。

 

「おい、あの柱の向こうじゃねえか?」


 西森が斧を両手で持ち、葉山と青柳もショットガンと拳銃を構える。

 注意深く柱を回り込み、暗がりを覗き込む。やはり柱の陰にはいた。

 髪はなく、服も着ていない。全身は浅黒い色で、異様に手足が細い。背中の筋肉が盛り上がり、前傾姿勢のままギラついた視線を向けてくる。

 間違いなく【食人鬼グール】だ。


「おれが一撃を叩き込む! 逃げたら撃ってくれよ」


 西森の言葉に、葉山は「分かりました」と答え、青柳は「早くしてよね」と緊張した声で急かした。

 西森が斧を振りかぶった瞬間――


「わああああああああああ!!」


 後方にいた男が悲鳴を上げる。電磁警棒を持つ、課金グループの男だ。

 食人鬼グールに腕を噛みつかれ、警棒を落としている。化物の頭を掴み、必死で引き離そうとするが、相手の力が強すぎてできない。

 男は腕から血を噴き出し、助けてくれと泣き叫ぶ。

 突然出て来たのはその食人鬼グールだけではなかった。柱の陰や暗がりから、次々と化物が湧いてくる。

 一体や二体ではない。十体以上の食人鬼グールが一斉に襲いかかってきた。

 至る所から悲鳴が上がる。


「ぎゃあああ!」「助けて、助けてくれ!!」「いやあああああ!」


 部屋が暗いため、全貌が把握できない。西森たちも怖気づき、武器を構えたまま後ずさる。

 すると、最初に見つけた食人鬼グールが柱の陰から飛びかかってきた。

 西森は「くそっ!」と吐き捨て、全力で斧を振るう。相手の側頭部に当たると、血飛沫を上げながら食人鬼グールは転がっていった。

 だが、まだ死んでない。こちらを睨み、這うように走ってくる。

 葉山がショットガンを構え、引き金を引いた。散弾が炸裂し、食人鬼グールは五メートル以上吹っ飛んだ。

 動かなくなったのを確認し、西森は周囲を見渡す。

 すると、すぐ近くでドサリと音が鳴った。

 西森はなにが起きたか分からず、狼狽えたまま尻もちをつく。目の前にはよだれを垂らす一匹の食人鬼グールがいた。

 どこから現れたんだ!? 突然出てきた敵に、西森はパニックを起こした。


「うわあああああっ!!」


 がむしゃらに斧を振るうが、食人鬼グールはかまわず飛びかかってきた。

 斧は空を切り、化物は足に噛みつく。西森は「ぎゃああ!!」と情けない声を上げて絶叫した。

 斧を落とし、必死で食人鬼グールの頭を押さえる。


「お、おい! お前ら、見てねえで助けろ!!」


 散弾銃を持つ葉山は躊躇した。この銃は小さな弾丸を散開発射するものだ。

 この距離で撃てば西森にも当たるだろう。葉山は拳銃を持つ青柳に目を向ける。

 その視線に気づいた青柳は「チッ」と舌打ちし、嫌々ながらも銃を両手で構えて、西森にしがみつく食人鬼グールに狙いを定める。

 パンパンパンと乾いた音が鳴り響く。

 二発が食人鬼グールの背中と臀部でんぶに当たり、化物は絶叫して青柳を睨む。西森から手を離し、奇声を上げながら飛びかかってきた。

 青柳は「ひっ」と小さな悲鳴を漏らして後ろに下がる。

 銃を構えるが手が震え、うまく動かない。それを見ていた葉山が散弾銃を構え、銃身を食人鬼グールに向けた。

 すでにハンマーは起こしてある。葉山はトリガー引いた。

 炸裂音が鳴り、食人鬼グールが吹っ飛ぶ。地面を転がり、そのまま動かなくなった。

 青柳は力が抜けたように座り込み、放心状態になる。


「大丈夫ですか?」


 葉山に問われ、西森は「くそったれが!」と毒づきながら立ち上がり、床に落ちた斧を拾う。食人鬼グールに噛まれた左足は血まみれで、かなり痛々しかった。


「作戦どころじゃねえ! こんな所いられるか、出口まで走るぞ!!」


 西森が痛めた足をかばいながら走りだそうとした時、柱の陰から一体の食人鬼グールが飛び出してきた。


「くそっ! ふざけんな!!」


 斧を両手で掴み、思い切り振り抜く。化物の頭に直撃して頭蓋を砕いた。

 別の場所からも食人鬼グールが走ってくる。葉山は「くっ!」と下唇を噛み、散弾銃で狙いを定める。

 発射された散弾は、食人鬼グールの頭を吹っ飛ばした。


「おい! 座ってんじゃねえ、行くぞ青柳!」


 西森の声に青柳は顔を上げ「え、ええ」と言って立ち上がる。

 三人は脇目もふらず逃げ出した。それを見た課金グループの仲間たちは、


「おい、待ってくれ!」「置いて行くな!!」「きゃああああ」と口々に叫び、西森たちの後を追った。

 課金をしてないグループも逃げ出そうとしたが、食人鬼グールに囲まれ、身動きが取れない。


「絵美ちゃん、私たち……ここで死んじゃうの?」

「大丈夫、私がいるから。絶対、結菜を助けるよ」


 二人の少女は互いに抱き合い、周囲の化物を見る。

 強気なことを言ったが、とても逃げられそうにないと絵美は思った。なんとか結菜だけでも逃がせないか、と考えていた時、大声が聞こえてくる。


「おおおおおおおおおおっ!!」


 前方にいた食人鬼グールに体当たりをしたのは、サラリーマンの小久保だった。


「小久保っち!?」

「こっちに来て下さい!」


 呆気に取られた絵美だったが、「う、うん」と言って結菜と一緒に小久保の元へと走る。


「すぐに逃げましょう! 斧を持った人も逃げましたから」

「ええ!? あんな偉そうにしてたのに、もう逃げたの?」


 絵美は腹立たしい気持ちになったが、ここにいても殺されるだけ。

 二人は小久保の後に続いて走り出す。後ろを振り返れば、暗がりのなか、多くの人たちが食人鬼グールに押し倒されていた。

 結菜と絵美は目を背け、必死で走る。

 背後から悲鳴が聞こえる。断末魔の叫びのように。

 耳を塞いで走っていると、部屋の端に扉が見えた。扉は開いていたが、西森たちが閉めようとしていた。

 小久保は「うおおおおおお!」と絶叫しながら扉に体当たりした。

 西森が吹っ飛んで転がり、壁に頭をぶつける。そのスキに扉をこじ開け、小久保は「みんな中へ!」と叫んだ。

 絵美と結菜が飛び込み、後から来た人々も中に入る。

 もう誰も来ないのを確認し、食人鬼グールが扉に手をかける寸前、小久保は鉄の扉を固く閉ざした。

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