第4話 役割分担

「ねえ、あの人、大丈夫かなぁ。一人で行ったら絶対危ないよ」


 オロオロしながらつぶやいたのは、課金していないグループにいた長谷川結菜ゆいなだ。長く美しい黒髪に、揃った前髪。

 一見して真面目そうな女性だった。


「仕方ないよ。私たちにはどうすることもできないし。今は人のことより、なんとか家に帰ることを考えないと」


 答えたのは茶髪のポニーテールで、耳にピアスをした女性。

 見た目がギャルっぽい朝香絵美だ。二人は同じ高校に通う三年で、中学時代からの親友だった。

 一緒に『ダーク・フロンティアⅡ』をやろうと絵美が誘い、アバターの設定を決めた時に意識を失い、気がつけばこんな所に来ていた。

 なにがなんだか分からず、結菜は混乱するばかりだ。

 絵美は自分がしっかりしないと、と心を落ち着かせ、今の状況を必死に把握しようとしていた。


「にしても、この制服って……」


 絵美は自分の格好に目を向ける。今着ているのは学校の制服。チェックのスカートにチェックのリボン、白色のブレザージャケットが特徴的。

 だが、自分たちの学校の制服ではない。

 結菜も同じデザインの制服を着ているが、こんな服を買った覚えがない。

 なぜだろうと考えていると、絵美はあることに気づく。


「そうだ! これってアバターに着せてた服じゃない?」

「え?」


 結菜はなんのことか分からず、目をしばたかせる。


「今着てるこの制服だよ! 私たちゲームの中でもお揃いにしようって言ってたじゃない。かわいい制服だねって」

「あ、ああ……そうだね。確かに言ってた」


 二人は自分たちの服を改めて見る。だとしたら、まるでアバターになってゲームの中に入ったようだ。

 そんなことあるはずない。でも化物が突然現れ、スマホから武器が出てくるなど、現実の世界ではありえないことばかり。

 もしかして本当に……と絵美が思った時、向こうから大きな声が聞こえてきた。


「ああ!? なに言ってんだテメー!」


 絵美たちが視線を向けると、小太りのサラリーマンが斧を持った男になにかを言っていた。二人は会話を聞こうと、耳をそばだてる。


「だ、だから、あの人を一人で行かせるのはマズいですよ! やっぱりみんなで協力した方がいいって言うか……とにかく連れ戻しましょう!」

「おい! テメー、戦う武器も持ってねえくせに、なに偉そうに講釈たれてんだ? 一緒に行きたきゃ勝手に行きゃあいいだろうが、誰も止めねえよ」

「そ、それは……」


 サラリーマンは言葉に詰まる。それでも連れ戻して一緒に行くべきだという主張を変えなかった。

 青筋を立てた茶髪の男に、「うるせえって、言ってんだろ!!」と蹴り飛ばされ、叫び声を上げて転がってきた。

 結菜と絵美は慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか? おケガは?」


 結菜が心配そうに聞くと、男性は「ああ、はい、大丈夫です」と額に汗を浮かべて立ち上がった。

 太っているせいか顔は丸っこく、どこか愛嬌がある。


「あ、あの、僕、小久保とおると言います。IT企業に勤めるサラリーマンで、最近ゲームを始めたんですけど……お二人は詳しいんですか? このゲーム」


 小久保に聞かれ、結菜と絵美は顔を見交わす。


「い、いえ。私もゲームをやったことがなくて……絵美ちゃんに誘われて初めてやろうとしたんですけど」


 絵美は頷き、小久保を見た。


「私は前作の『ダーク・フロンティアⅠ』はクリアしてるけど、ヘビーユーザーって訳じゃないんだ。だからすごい詳しい分けじゃないよ」

「そうなんですか」


 小久保は絵美の手を借り、「うんしょっ」と言って立ち上がる。

 膝の汚れを払い、結菜と絵美にお礼を言った。


「小久保さん凄いね。あんな怖そうな人に向かっていくなんて、ちょっとカッコ良かったよ」


 絵美に褒められ、小久保は分かりやすく赤くなる。ポケットからハンカチを取り出し、額の汗をぬぐった。


「ぼ、僕なんて大したことはしてませんよ。ただ、一人で行ってしまった彼のことが気になって……もし死んでしまったら大変じゃないですか」


 絵美は微笑んで、小久保の肩を叩く。


「やっぱりいいヤツだよ、小久保っちは!」

「小久保っち?」

「小久保っちはいくつなの? 私たち高三だけど」


 砕けた口調で気安く話しかける絵美だったが、小久保もまんざらではない様子で、照れながら答える。


「僕は今年で三十二歳です」

「え!? 小久保っち三十二なの? 二十代かと思ってた。けっこうおっさんだね」

「ちょ、ちょっと!」


 あまりに暴言を吐く絵美に対し、結菜はそでを引いて注意をする。


「言い過ぎだよ、絵美! 小久保さんに失礼でしょ!」

「あ、いえいえ、いいんです。本当にただのおじさんですから」


 小久保は穏和な表情で、ハハハと笑いながら汗をぬぐう。

 絵美や結菜たちに取っても、知らない人たちの中で、気軽に話しかけられる人間がいることはありがたかった。

 そんな中、課金をしていない人々を無視するように、斧を持った男は今後どうするかを、課金グループだけで話し合おうとしていた。


 ◇◇◇


「おい、お前ら。どんなアイテムを持ってるか、みんなで見せ合おうぜ。それによって今後の方針を決めようじゃねーか」


 課金した面々は少し戸惑っていたものの、男の意見に従うことにした。


「ああ~やっぱりライフルと拳銃を持つのは、あんたら二人だけか。あんたたちはこのグループの主力だな。名前を教えてくれよ」


 斧を持った男に促され、大学生が口を開く。


「僕は葉山憲司、都内の大学に通う学生です。ショットガンを課金で買いました。弾は二十発ほどありますね」

「そんなにあんのか、いいね~頼りがいがある。次は姉さん、あんただ」


 化粧が濃く、目つきの鋭い女性が、気だるそうに答える。


「わたしは青柳涼子、まあ、このゲームはやり込んでたわね。課金したのはリボルバーで、弾は四十発くらいあるわ」


 周りからは「おお~」という歓声が上がる。小型の拳銃とはいえ、たくさん弾薬があるのは心強い。


「次は俺だな。俺は西森龍二だ。前作の『ダーフロ』も当然クリアしてるし、今回のゲームは体験版もやり込んでる。課金したのは斧に長剣、サバイバルナイフだ。ここからは俺と葉山、青柳の三人がリーダーとなって攻略を進める。文句のあるヤツはいるか?」


 辺りは静まり、誰も声を上げない。

 それは西森の意見が承認されたことを意味する。グループの意見がまとまった所で、西森は課金アイテムのない九人に声をかけた。


「おい、お前ら! これから第一ステージに入る。お前らにも大事な役割があるからな。楽しみにしとけよ」


 西森はニヤリと笑い、結菜たち九人を見た。

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