第3話 対立

「本当ですね。課金してた武器が取り出せましたよ」


 ライフルを持った大学生が冷静に言う。大和はそのライフルに見覚えがあった。

 課金している時に見かけた武器の一つだ。狩猟に使うようなライフルで、銃口が横に二つ並んでいる。

 確か散弾銃の中では一番安かったような……。


「なんだか分からないけど、わたしたちにゲームをさせようってことなの? 現実世界で『ダーク・フロンティア』をやるつもりかしら?」


 水商売の女がそう言って拳銃を下ろすと、辺りは静まり返った。

 目の前には血まみれになった男性が転がっている。どう見ても生きてるとは思えない。人間はこんなにもあっさりと死ぬのか?

 そして動かなくなった化物。誰もが息を飲む。突然ゲームの世界だと言われても、理解が到底追い付かない。

 その時、ピロリロリンとスマホが鳴った。

 ゲーム画面を開いている人間の元にメッセージが届いたのだ。大和も自分のスマホにメッセージが来ていたため、タップして中を開く。

 そこには『運営からのお知らせ』と題して、以下の文面が書かれていた。



『ここに集められた三十名の皆様は、『ダーク・フロンティアⅡ』のリアルプレイヤーに選出されました。スマホのプレイ画面に施設の地図がありますので、その地図を利用してゲームを進めて下さい。出口に辿り着けば、皆様は元の世界へ戻ることができます。なお、途中で亡くなった方に関しては、当方としては責任を持ちかねますので、ご注意下さい。皆様のご健闘を心から願っております。


             『ダーク・フロンティアⅡ』運営本部一同』



 誰もが呆気に取られた。なにを言っているのか分からない。リアルプレイヤー? 死んでも責任を持たない? およそ現実の出来事とは思えない。

 全員が困惑する中、斧を掴んだ男が叫ぶ。


「おい! お前ら、なにか課金してるんじゃねえのか? 生き残りたいなら武器がいるみてーだぞ!」


 男に言われ、全員がスマホを確認する。大和も自分のスマホを見た。


「あ……ある! 課金したアイテムが全部」


 ゲーム内のアバターが持つアイテム欄に、武器やアプリが並んでいた。どうやら買ったアイテムは全て使えるようだ。

 周りからも「あった!」「俺も課金してるぞ!」と次々に声が上がる。

 見ればヴゥン、ヴゥンと音が鳴り、人々の前に剣や槍、ボウガンなどホログラムが現れた。それは実物の武器として彼らの手に収まる。

 大和は目を丸くした。ここは本当にゲームなのか?


「よし! 訳が分からねー世界だが、取りあえず武器があればなんとかなるかもしれねえ。武器を持ってるヤツは手を上げろ!」


 斧を持った男が高らかに声を上げる。十人以上が手を上げ、残りは黙り込んだ。

 ゲーム前に課金していた人間は意外に多いらしい。大和は手を上げるかどうか一瞬迷った。

 恐らく、この中で一番課金しているのは自分だろう。

 そのことを明かしたらどうなるのか、まったく予想ができなかった。ヘタをすればせっかく持っている武器を奪い取られる可能性もある。

 そうなれば自分の身が危険になるんじゃないのか?

 色々なことを逡巡していると、男は斧を持ち上げて肩に乗せる。値踏みするように辺りを見回し、フンッと鼻を鳴らした。


「どうやら課金してるヤツとしてねーヤツがいるようだな。課金してる奴はこっちに集まれ!」


 いつの間にかパーマの男はリーダー気取りになってた。みんな不満そうな顔をするものの、反論する者はいない。

 十九人の武器所有者と、それ以外の十人に分けられた。


「俺たちはこの十九人で攻略を目指す。お前らは自分たちでなんとかしろ」

「え!?」


 切り捨てられて十人は、誰もが驚いた表情をする。男がなにを言っているのか分からなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! みんなで協力して行動するべきだろう。どうして別れなきゃいけないんだ!?」


 五十代くらいの男性が声を上げた。頭は禿げあがっており、高そうなスーツを着ている。大手企業のサラリーマンだろうか?

 男性の発言に、課金していなかったグループの面々は激しく同意する。


「ああ!? なに言ってんだ? お前らクソほども役に立たねえんだぞ。俺たちを頼って生き延びるつもりか?」


 男性は顔を引きつらせ、「そ、そんな言い方しなくても……」と反論するが、声はどんどん小さくなる。


「いいか、俺たちはお前らを助ける義理なんてねえ。このスマホに送られてきた地図を見る限り、ルートは二つに分かれてる」


 男が指差した方向を見る。確かに部屋には二つの扉があった。

 地図を信じるなら、扉の先は同じような構造になっており、しばらくは別れたまま進むが最終的に合流し、出口へと続いている。

 

「俺たちは右の扉から進む。お前らは左の扉から進め」

「おい、ちょっと待てよ。さっきから聞いてりゃ好き放題言ってるが、なんでお前がそんなことを決めるんだ?」


 大和が声を上げた。集団の前に歩み出て、斧を肩に乗せる男を見る。


「ああ? なんだおっさん」

「誰がおっさんだ! 俺はまだ二十八だぞ」

「充分おっさんだよ。なんか文句でもあんのか?」


 若造が半笑いで聞いてくる。その態度に腹が立った。


「全員で進めばいいだろう! 武器を持ってるなら、他のヤツらを助けることだってできる。そんな偉そうな態度を取る必要があるのか?」

「おいおい、なに甘いこと言ってんだ!? これは生きるか死ぬかのリアルサバイバルゲームだ。よく見てみろ!」


 男は斧で転がっている死体を指し示す。一人のサラリーマンが血だらけで死に、人間とは思えない生き物も息絶えていた。

 確かに異常事態なのは間違いない。


「分かったか? 甘ちゃんが最初に死ぬんだよ」


 大和とブラウンパーマの男が睨み合う。二人とも引く気はなかった。

 しばらくすると男は視線を外し、フンッと息を漏らす。


「あー分かった分かった。そんなに言うなら助けてやるよ。そのかわり」


 男はニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。


「土下座して頼め、そうすりゃ化物どもの囮役おとりやくとして連れてってやるよ」

「囮役……?」


 大和は唖然とした。そんなことをすれば、危険は倍増する。自分で死にに行くようなものだ。

 課金してない人々に動揺が広がってく。

 それを感じ取ったのか、男は薄い笑いを浮かべて口を開いた。


「確かに危険な役割だが、武器も持たないお前らだけで行くよりは安全だと思うぜ。まあ、もっとも。無理にとは言わねえがな。さあどうする?」


 誰もが決断できずに口をつぐむ。それはそうだろう、自分たちの生死を分ける選択になってしまう。

 大和はブラウンパーマを一瞥いちべつし、左の扉に向かって歩き出す。


「ああ、そうかい。俺もお前と一緒に行く気にはならん。こっちから進むよ」


 大和は振り返り、武器を持たない十人に声をかける。

 

「俺と一緒に行くヤツはいるか? ついてくるなら協力するぞ」


 辺りはシンと静まりかえった。全員が俯き、誰も動こうとしない。それを見てブラウンパーマの男が笑い出す。


「ハハハッ、お前と行くヤツはいないみてーだぞ! 当然だ。武器も持たねえ、一人の馬鹿に誰がついてく?」

「武器は持ってる」

「ああ? いまさらなに言ってんだ。一人で行くのが怖くなったんだろ、土下座して謝れば一緒に連れてってやってもいいぜ」


 見下すように言う男の後ろから、大学生が口を挟む。


「彼みたいに輪を乱す人間は危険じゃないかな? 一人で行きたいなら行ってもらいましょう。その方が僕たちのためだ」


 眼鏡を押し上げ、冷静につぶやく。武器を持つ他の面々も同じようで、迷惑そうな表情をしていた。


 大和は「そうか、分かった」と言い残し、背を向けて歩き出す。

 左の鉄扉に手をかける。ハンドルを回し手前に引くと、錆びているた扉はギィィィと音を鳴らして、ゆっくりと開いた。

 大和は二十八人に背を向け、一人で中へ入っていった。

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