第2話 5億7千万の課金

「う~ん、どれどれ」


 大和は課金アイテムの一覧を眺める。どうせ買うなら一番高いものがいいと思い、高額で売られている物を中心に見ていく。


「まず武器だろう。ライフルとか高いみたいだな」


 並んでいる武器は『剣』や『斧』、『槍』といった原始的な物もあれば、最新式の銃火器といった物もある。

 だが気になるのはその値段だ。


「高すぎないか? 実物でもこんなにしないぞ!」


 スナイパーライフルやアサルトライフルなど、優に2000万を超えている。

 しかもその弾薬は一発1万円。あくどいにもほどがある。

 今時、ぼったくりバーでももっと良心的な価格じゃないか?

 だが、もう買うと決めた以上、引き下がるのは腹が立つ。これだけ高いならゲームで相当役に立つんだろう。

 大和は覚悟を決めて武器の購入画面に進む。


「うん? 弾薬の補給は手動と自動オートを選べるのか……自動オートは便利だけど、その分価格も高くなるって訳だ。なんでも金、金、金か! 上等だ」


 購入ボタンを押し、銃器と弾薬を買っていく。高い武器をある程度買いそろえると、大和は購入リストの一覧を表示した。



・M110A1(スナイパーライフル) 2500万円

 弾薬 7.62×51mm NATO弾 1200発 1200万円


・ShAK-12(アサルトライフル) 2400万円

 弾薬 12.7×55mm弾 2000発 2000万円


・ベネリ M4 スーペル90(オートショットガン) 2100万円

 弾薬 12ゲージ[3インチ] 800発 800万円


・M67(手榴弾) 100個 1000万円



「取りあえず、こんなもんか? 他には……」


 大和は画面を切り替えていく。すると、日本刀が並ぶページが出てきた。

 どうやら実在する刀のようだ。


「一番高いのは……天下五剣?」


 確か国宝の日本刀にそんなのがあったような気がするな、と思いつつ。大和は刀の銘と値段を確認する。



・国宝 三日月宗近みかづきむねちか  

 耐久値800/800 1億円


・国宝 童子切安綱どうじぎりやすつな  

 耐久値800/800 1億円


・国宝 鬼丸国綱おにまるくにつな   

 耐久値800/800 1億円


・国宝 大典太光世おおでんたみつよ  

 耐久値800/800 1億円


・国宝 数珠丸恒次じゅずまるつねつぐ  

 耐久値800/800 1億円



「一億!? これ一振り一億もするのか?」


 さすがに全部は買えない。大和は五本の中から、鞘や柄のデザインが一番綺麗だった三日月宗近みかづきむねちかだけを購入した。

 日本刀の良し悪しは分からない。

 しかし、これで使えない武器だったらぶち切れるだろう。


「後はなにがあるんだ?」


 ページを流し見していくと、最後にあったのは情報アプリだ。

 数種類しかないが、どれも値段がバカ高い。


「それだけ情報は重要ってことか……これは買っておこう」


 大和は情報アプリを全て購入した。表示された購入リストに目を落とす。



・敵位置確認アプリ  7000万円


・アイテム回収アプリ 7000万円


・攻略ヒントアプリ  7000万円


・トラップ回避アプリ 7000万円


・敵個体情報アプリ  7000万円



「よし、これで購入額の合計は……おお! 5億7000万にもなってる。さすがに買い過ぎたか? いや、これだけ買えばゲームも楽になるよな」


 明日、甥っ子のタケルがこの事を知れば、きっと驚いてくれるに違いない。大和はそう思い、一人ほくそ笑んだ。


「じゃあ、あとはゲーム開始を待つだけだな。準備完了のボタンを押せばいいのか?」


 大和はチュートリアルに従い、準備完了のボタンをタップする。

 その瞬間、目の前が真っ暗になり、そこからの記憶が無くなった。


 ◇◇◇


「おいおい、どーなってんだ! なんでこんな所に大人数で集まってんだよ!?」


 大和はハッとする。声を荒げていたのは、ブラウンのパーマをかけた若い男。いらついた表情で辺りを睨みつけていた。


「そうよ! わたしはお店に出勤するはずだったのに、誰かに誘拐されたってこと?」


 次に叫んだのは長い金髪にウェーブがかかった女。釣目でこちらも苛立っているように見える。

 "お店に出勤"と言っていたので、仕事は水商売だろうか?


「僕も記憶がないですね。どうして、この面々が集められたのか……なにか理由があるってことですか?」


 眼鏡を押し上げ、冷静に分析していたのは大学生のような男。痩せ型で肌は白い。

 センター分けの黒髪で、頭は良さそうに見える。理系の学生だろうか?

 周りの人々も、なぜだ? どうしてだ? と一斉にしゃべりだして辺りは騒がしくなる。大和は手に持ったスマホに目を落とした。

 そこにはダウンロードした『ダーク・フロンティアⅡ』の画面が開かれたいる。

 ゲームの入力作業をしていた時になにかが起きたのか? だとしたら、このゲームになにか関係があるのか?

 その時、少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃあああああああああああああ!?」


 大和は顔を上げて、声が聞こえた方を見る。だが人の影に紛れてなにが起きたのか分からない。

 周囲の人も騒ぎ出した。


「なんだこいつ!?」

「うわああああ! 化物だ!!」

「た、助けてくれ!!」


 大和は慌てて駆け出し、人垣ひとがきをどけて前に出る。そこには信じられない光景が広がっていた。

 サラリーマン風の男が、に襲われている。


「なんだ!? こいつ人間なのか?」


 それは人の形はしているが、明らかに異質なもの。服は着ておらず、肌は浅黒い。目は真っ赤で、口からはドス黒い液体を漏らしていた。

 奇声を上げながら目の前にいる人間に噛みついている。

 まるで映画に出てくるゾンビのようだ。大和が混乱していると、ブラウンパーマの男が叫ぶ。


「おい、これ……"ダーク・フロンティア"に出てくる食人鬼グールじゃないのか!?」


 それを聞いた周りの人間は、「確かに!」「本当だ。ゲームのキャラだ!」と一斉にパニックにおちいった。

 ゲームのキャラ? どういうことだ?

 『ダーク・フロンティア』をプレイしたことのない大和は、ただただ困惑するしかなかった。

 何人かは襲われている人間を助けようとしたが、食人鬼グールの力が強すぎて思うように引き離せない。化物はスーツを着た男性の首に喰らいつき、肉を引き千切っていく。

 血が噴き出し、男性は悲鳴を上げた。白いワイシャツが真っ赤に染まっていく。

 多くの者は震え上がり、恐怖で体が動かない。断末魔の声を出す男性を、ただ見つめることしかできなかった。

 冷静さを取り戻した人間も、一目散に逃げ出すだけだ。

 そんな中――


「うるせーぞ、お前ら!!」


 ブラウンパーマの男が大きな斧をかかげ、食人鬼グールに向かって振り下ろす。

 斧は化物の背中に直撃し、深々と斬り裂いた。大量の血が噴き出し、辺りに凄惨な光景が広がる。

 女性の悲鳴が聞こえてきた。


「すげーぞ! やっぱりゲームなんだ……ここは『ダーク・フロンティア』の中、スマホから武器を取り出せるぞ!」


 血まみれになった斧を見つめ、男は狂気じみた笑みを浮かべる。

 食人鬼グールは怒り狂ったように叫び、掴んでいた人間から手を離してブラウンパーマの男に襲いかかった。

 その時、乾いた音と炸裂音が鳴り響く。

 食人鬼グールの頭は弾け、脳漿のうしょうが飛び散る。化物は足をふらつかせ、壊れた人形のようにバタリと倒れた。

 大和は音の鳴った場所に視線を向ける。そこには硝煙を上げたライフルをもつ黒髪の大学生と、同じく煙を上げている拳銃を持つ水商売の女が立っていた。

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