デスゲームに巻き込まれましたが5億7千万課金していたのでなんとかなりそうです。

温泉カピバラ

第1話 ダーク・フロンティア

「う……うぅ……」


 冷たい地面、硬い感触。かすかに鼻につくのは、生ゴミのようなえた臭い。

 十文字大和やまとは、ゆっくりとまぶたを開く。

 薄暗い空間。自分の家でないことはすぐに分かった。

 コンクリートの床に寝ていたようで、体があちこち痛い。だが、それより重要なのは、なんでこんな所にいるのかということ。

 自分の服装を確認すると、ベージュ色のトレンチコートを着ているが、こんな服を買った覚えがない。黒いブーツも、黒いスラックスも自分の物ではない。

 どうしてこんな格好をしているんだ?

 なにがなんだか分からず戸惑っていると、近くでなにかが動く気配を感じた。


「誰だ!? 誰かいるのか?」


 暗くてよく見えないが、人がいる。それも一人じゃない。


「ん……なんだよ、ここ? どうなってんだ!?」

「イタたた。もーなによ、一体?」

「私は、なんでこんな所に?」


 若い男女や中年男性の声。やはり複数の人間がここにいる。

 大和が立ち上がろうとすると、何度か点滅してから明かりがついた。頭上を見れば、天井にいくつもの光源があるようだ。

 眩しかったため、手で光をさえぎる。

 目を細めて辺りを見渡せば、三十人ばかりの男女がいた。着ている服はバラバラ、学校の制服を着た者もいれば、スーツ、普段着、ジャージの者もいる。

 年齢も様々で、見知った者はいない。

 大和は周囲に目を向けた。まるで地下神殿のような場所。天井はとても高く、床や壁は全てコンクリート造り。

 天井と地面をつなぐ太い柱があり、規則的に並んでいた。


「おい! なんだよ、俺のスマホじゃねーぞ!!」


 若い男の声に、大和はハッとする。


「そうだ、携帯!」


 トレンチコートのポケットをまさぐると、中から一台のスマホが出てきた。

 手に取って見れば、確かに自分のスマホではない。黒いシンプルなデザイン。電源を入れようと、側面にあるキーを長押しする。

 しばらくすると明かりがつき、画面が表示された。ロックはかかってないようだ。

 画面にはアプリが一つだけある。大和は少し迷ったが、取りあえずタップしてアプリを起動した。

 画面いっぱいにエフェクトが流れ、なにかのタイトルがデカデカと表示される。


『ダーク・フロンティアⅡ』


 そのロゴを見た瞬間、大和の頭の中にフラッシュバックが起きた。

 そうだ……このゲームを昨日の晩、自分のスマホにダウンロードしたんだ。大和は昨夜のことを思い出した。

 

 ◇◇◇


「ゲームのサイトに入ったぞ。ここからダウンロードすればいいのか?」

『うん、そう。下にスクロールしていけば、アプリをダウンロードするボタンがあるから、そこを押して』

 

 幼い声の指示に従い、大和は画面をスクロールしてボタンをクリックした。


「ダウンロードのページに入った。こいつを押せばいいんだな」

『そうそう、五分くらいで終わると思うよ』

「でも、本当にこのゲーム面白いのか? 俺はゲームなんかほとんどしないから、足を引っ張るかもしれんぞ」

『大丈夫だよ、僕がサポートするから。それに『ダーク・フロンティアⅡ』はめちゃくちゃ面白いんだよ。前にも言ったでしょ、前作の『ダーク・フロンティア』は世界中で大人気だったて』

「ああ、それは聞いたけど」


 大和はフッと頬を緩める。今話しているのは甥っ子のタケルだ。大和自身は結婚もしておらず、子供もいないが、兄の息子であるタケルをことほかかわいがっていた。

 そのタケルが一緒にゲームをプレイして欲しいと言ってきたのだから、無下にする訳にもいかない。

 とは言え、普段ゲームをまったくやらない大和にとっては、ゲームアプリをインストールするだけでも一苦労だった。


「ダウンロードできたぞ」


 スマホのホーム画面に、新しいアイコンが表示された。これが『ダークフロンティア』を開くアプリだろう。


『じゃあ、後はそのアプリを開いてチュートリアルに従って進めるだけだから、おじさんでも簡単にできると思うよ』

「そうか、取りあえずやってみるよ」

『僕は宿題があるから、もう切るね。明日のお昼にゲームが始まるから、ゲーム内で待ち合せようよ。場所とかは後で連絡するね』

「ああ、分かった。じゃあな」


 大和は通話を終了し、ホーム画面に戻ってアプリを起動する。


「明日までにプレイできるようにしとかないとな……」


 ぶつぶつ言いながら画面に出てくる指示に従い、ゲームの初期設定を進めていく。『ダークフロンティア』は自分の分身となるアバターを操作し、異形の怪物と戦いつつ、閉ざされた空間から脱出するサバイバルゲームのようだ。

 アバターの服装を選ぶ。スーツやジャージなど、かなり現実感のあるものも選べるらしい。顔や髪型を決め、最後に名前を設定する。


「名前は"ヤマト"にしてっと。これでいいかな?」


 全ての設定が終わり、後はゲーム開始を待つだけかと思ったが、『お知らせ!』というメッセージが画面に表示されている。なんだ? と思いクリックしてみると、アイテムなどを購入する画面に飛んでしまった。


「"プレイ前に課金によって武器やアイテムが買えます!"だあ? あくどい商売してんな……。こうやって金を稼いでるのか」


 買いたいとは思わなかったが、どんなものがあるのか気になり、覗いてみた。


「えっ!?」


 並んでいるアイテムの額に、思わず目をいた。安いものは数千円から数万円で売られていたが、高いものになると数百万から数千万のものもあった。


「おいおい、嘘だろ!? こんなぼったくりみたいな価格のもん、本気で売る気なのか?」


 信じられない気持ちで課金制の武器を眺めていたが、中には数量限定のものもある。何点か売れているようだ。

 腹は立つが、確かに欲しくなってしまうのも事実。大和は腕を組んで思い悩んだ。運営の思惑通り動くのもしゃくだが、甥っ子のタケルが驚く顔も見てみたい。

 自分はゲームの初心者で、なにもできないと思われてる。

 ――そんな俺が、数々のレアアイテムや強力な武器を持ってたらどうだろう? タケルは尊敬の眼差しで見てくるんじゃないか?

 大和はククッと下卑た笑みを浮かべる。


「幸い、金だけはいくらでもあるからな。買ってみるか」


 大和は若くして成功した投資家だ。学生時代にバイトで貯めた金を元手に、FXやオプション取引で財を成した。

 二十八歳になる大和の資産は、軽く二百億に達する。今住んでいるのも都心の高層マンション。まさに成功者と言っていいだろう。

 しかし、そんな大金があっても仕事ばかりで使うこともない。

 趣味も無いため、増えていく一方だ。


「まあ、ここで使ってもバチはあたるまい」


 大和は課金するために必要なページを開く。

 表示された入力フォームに、自身が持つ【クレジットカード】の番号を打ち込んでいった。

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