第6話 偽りのような真実

 この世界は……いったいなんなのか?


 ここに来るまでの間に、いろいろな物を見た。


 最初に僕たちがいたのは、戦国時代の武将が住んでいそうな、城のような建物だった。

 だが、そこまで古い感じがあるわけでなく、所々にコンクリートや鉄、ガラスなどの装飾、岩か何かで作られた厳重な作りの扉など、現代的な部分も見られていた。

 どこか物珍しい日本風の城といった感じだろうか。


 逆に今訪れている「九山邸きゅうざんてい」は、レンガ造りが基調で、どことなく洋風感を漂わせている。


 それに急ぎの移動で人目を避けていたということもあり、見にくさはあったが、外に見えた景色も違和感だらけ。

 

 都会のようなビルは一切なく、周囲は森に囲まれて田舎のようにも思えるが、所々に家が点在しており、その建物もまた古いような新しいような謎の見た目。


 …………倒壊した建物もあり、彼らの言う通り、この場所で何かしらの争いがあったことも分かった。


 日本のようで、日本のどこにもない場所。


 それが僕の思ったここのイメージだ。


 しかし、やはり1番困惑させられたのは、彼らが明かり代わりに、くりかえし小さな灯火を手から作り出していたことに他ならない。


 おそらくあれが……少女の言う魔術。


 疑心暗鬼だったことが、どんどん確信へと変わってしまった。


 だけど……それを認めてしまったら、僕は自分を保てるのだろうか。

 このままの精神で、耐えられるのだろうか?


 すごく、怖い。



 …………。



 …………。




「……なかなか帰ってこないね、あの人たち」


 飯能さんは、僕と一緒に同じソファに座っている。


「あいつら、まじで一切説明しないで連れてきやがって」


 大宮さんは苛立ちを隠せず、落ち着けない様子で部屋中を歩き回っていた。


 ここは『九山邸きゅうざんてい』という建物の中。

 ……ここは客間なのだろうか?

 大人数十人がいても十分に余裕のある、かなり広い部屋。


 ソファに、暖炉。

 目の前のテーブルのグラスには、透明できれいな水が注がれていた。


「だいぶ遠くまで歩かされたのによぉ、また待たされるとか………扱いが雑すぎんだよ」


「まぁでも、目覚めた不気味な部屋に比べたら、ここは全然ましだけどね」


 ―――『しばらく私たちだけで話をする、悪いがここで待っていてくれ』

 そう言って僕らをここに置いて、3人はどこかに消えてしまった。


 いつまで待てば良いのかわからないまま、僕たちはここに残されていたのだった。


「川越君、ケガとかは大丈夫?」


 隣に座っていた飯能さんは、心配するようにこちらを見る。


「………地面に叩きつけられた時、少しアザが出来たぐらいで、他は大丈夫……です」


「私に任せてと勝手なことを言った癖に、怖い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」


「いや、あの状況じゃあどうしようも出来なかったろ! 俺等だって下手に動いたら、撃たれてたのは間違いねぇんだから」


「それでも、私がまったく動けなかったのは事実。……川越くんがケガをしていい理由には、ならないから」


「飯能さんのせいじゃないですから、気にしないでください……」


 死ぬんじゃないかと怖かった。

 理不尽だと思った。


 でもそれは、別に彼女のせいじゃない。


「サエでいいよ。名前で呼んでもらった方がしっくりくる感じがするから。私も、アイネ君って呼んでいい?」


「アイネで構いません。年下ですから。」


「ありがとう、アイネ。それじゃあ大宮君は、タクミって呼んでいいかな?」


「……好きにしろ。ただ、それなら俺は普通にあんたをサエっ呼ばせてもらう。先輩後輩みたいな関係は好きじゃねぇし、そもそも俺は高校中退してるからな」


「構わないよ。…………ねぇ、タクミ、アイネ。正直今は何も分からないし、これから物騒なことに巻き込まれそうなのかもしれない。ただ、何もしないで待ってるのもなんだから、少し3人で話をしない? 少しは気が紛れるだろうし」


 確かに、このまま黙っていたら、頭がどうにかなってしまいそうで怖い。


 誰かと何かを話していられるのは……助かるかな?


「はい。かまいません」


「…………他にやることもねぇしな」


 タクミさんは僕たちに向かい合う形で、反対側のソファにどんと足を組んで座った。


「ありがとう。じゃあまずは自己紹介から。私は飯能紗恵はんのうさえ。白石女子高校の3年生で、テコンドー部のキャップテンをしていました」


「全国大会常連のアスリートなんだろ?」


「まぁ嘘じゃないけど、あれは君たちに安心して欲しくて言っただけのことだから、あんまり気にしないで……。ここに来る前の記憶の最後は、県大会の日の帰り道、決勝でライバルの友達に負けてとぼとぼ一人で帰っていたところまでは覚えてるんだけど……そこらへんがすごく曖昧なんだよね」


「県大会決勝って、やっぱやべぇつぇじゃねぇか……」

 

「私はテコンドーしか出来ることがないだけ。……それじゃあ、次はタクミね」


大宮拓実おおみやたくみだ。学校には通ってねぇ。……バンドを組んでて、ドラムを担当してる。もうすぐライブハウスデビューって時にここに拉致られた。最後の記憶はバンドの仲間と熱く語ってたとこまで……デビューまでずっと努力してきて、やっとチャンスが巡ってきたとこだったんだ……だからぜぇてぇあいつらのところに帰る! 諦めるつもりもねぇ」


 高校中退。

 バンドマン。


 すごく彼のイメージにあっていると思った。


「それじゃあ次は、アイネ」


川越愛音かわごえあいねです。梅横山高校1年生。…………趣味は音楽を聞くことです」


「……何を聞くんだよ? 洋楽とか好きなのか?」


 アニソンとか、特撮とは……さすがに彼の前では言いたくない。


「日本の曲を……いろいろ」


「それを邦楽っつぅんだよ。どうせアニメの曲とかだろ?」


「何が好きかは自由でしょ! アイネはここに来る前の記憶は、覚えてる……?」


「……夕方の神社に、1人でいたところまでは覚えているんですけど、その後が……」

 

 思い出せそうで、思い出せないとても気持ち悪い間隔。

 猫が、屋根の上にいたような……。


「神社に1人って、お前すごく暗いのな」


「………………………」


 僕はこういう、何でもずがずが言う人が凄く苦手だ。

 こんな状況じゃなければ、きっとこの人とは関わることなんて、なかったのに。


「ありがとう、アイネ。……3人共、やっぱ記憶がないんだよね」


「なぁ、そんなの変だろ? 揃ってここに来る前の記憶がねぇとか。これって薬かなんかを、あいつらにもられたんじゃねぇか?」


「可能性はあるかもしれない。でも、彼らを見ていると、なんか違う気がするんだよね。……上手く言えないんだけど」


「でもまぁ、そこの水は飲まないことにこしたことはねぇだろうな」


 ………あ、もう僕、飲んじゃった。


「ねぇここって何なんだと思う? 見かけない服に建物、そして燃える刀。……ここって本当に、日本よね?」


「いや普通にあいつら流暢に日本語喋ってんだから、日本だろ? どこまで拉致って来たのかは知らねぇけど」


 やっぱり、この2人は……その想定はしていなんだ。


 僕が少しづつ、確証に変わってきたとある可能性に。


 いや、僕だって今も違うと信じたい。


 でも……もう、そう思うしかない。


「アイネはどう思う?」

 

 言うべきなのだろうか?


 でも、こんなことを言って軽蔑されたら……?


 ふざけるなと怒られたら……?


「…………僕は……」


 言いたい。

 でも、否定され、バカにされるのは……怖い。


「ねぇ、アイネ。私は君が何を思っても、それについて責めたりしない。3人で色々な可能性を話したいだけ。だから、大丈夫だよ」


 サエさんは、僕の肩を優しく揺する。


「…………僕も、ありえないとは思っています。でも、この可能性が1番いろいろと辻褄が合うんです。」


 ほんと、すごくバカげた話。


 ………それでも、きっと―――。


「ここは、異世界なんじゃないでしょか?」


 きっと僕たちは、この世界に―――。




 異世界に来てしまったのだ。

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