第5話 突きつけられた銃口

「動くなと言ったんだ、馬鹿が」


 ……え?

 足が浮き、体が空中に舞う。


「いたぁぁ!」


 一瞬の出来事。

 地面に叩きつけられ、再度銃口を強く額に押し当てられている。


「もう一度だけ言う。変な動きをしたら、撃つ……いいな?」


 今、何が起きたの?

 気づけば、地面に腹ばいに倒されていた。


「試しに手でも動かしてみるか? 綺麗な血しぶきが見れるぞ」


 どうして……? なんで、僕は倒された?

 先程まで協力がどうたらこうたら言われていたのに、なんで今は殺されそうになっているの?


「やめて! みつねぇ、その人たちは違う!」


「まさか2日も屋敷に隠れていたとはね。とりあえず弱そうなこいつは見せしめに殺して、後の2人をじっくりいたぶって吐か―――」


「だから違うの! 彼らは『きくさぎ』の魔術師じゃない! 敵じゃないの!」


 い、痛い。

 のめり込むんじゃないかと思う程の凄い力で、額に銃口を当てられる。


 いやだ、いやだ、いやだ!

 まだ死にたくない!


 どうして、こんなところで殺されなきゃいけないの?

 

「おまえ、泣いているのか? あれだけのことをしたお前たちが、今更死にたくないと泣くのか?」


「ゆきにぃ、早くみつねぇをとめて! このままじゃあ、あの人死んじゃうよ!!」


「おまえ、何を言ってる? 見たことのない連中、どう見たってあいつらは敵だろ?」


「だから違うんだって! あの人たちは私が招いたの! あの人たちは『きようじん』、私が召喚したの!」


「………は? 招いたって———」


「聞いて、ゆきにぃ! 私、やったんだよ! この数十年、ほとんどの魔術師が成功させることのできなかった禁術を、私が成功させたんだよ」


「おまえ、いくら辛いからって、そんな幻想を……」


「これを見て! これが契約の証。あいつらを殺す力を、私たちは手に入れたんだよ」


「……契約って、あの術は———」


「こいつらが、『きようじん』?」


 体が軽くなる。

 推し当てられていた銃口が、額から離れた。


 ……助かったの?


「こんな何も出来なそうな奴が、本当にあの『きようじん』なのか?」


 動いて、立ち上がっても良いのだろうか?

 もう銃は向けられていないのは分かる。

 だが、この人は先程動いたら撃ち殺すといった。

 銃をおろし、少女と会話をしているとはいえ、動いたら撃つと言われた以上、今だに下手に動けない。


「きっと、まだ召喚されたばかりで混乱してるの。それにまだ、付加された妖術にも気づいてなさそうだから……」


「『きようじんは協力な妖力が付加される』か……それは本当なのか?」


「転異が成功したんだから、嘘じゃないはず」


「あ、あの……話を中断させて悪いのだけど、あなたたちは、敵じゃないのよね?」


 飯能さんが、恐る恐る尋ねる。


「えぇ、この人たちは私の仲間。さきほど言った協力者だ。脅かしてすまない」


「あんた、なにかっこつけて喋ってんの?」


「う、うるさい! みつねぇは黙ってて!」


「その、そろそろ彼を……起こしてあげたいのだけど、ダメ……かな?」


「好きにしろ。もう殺す気はない」


 銃を背中にしまい、距離を取るように僕から離れた。


「川越君、大丈夫?」


 飯能さんはこちらに駆けより、僕の体を起こす。

 今まで怖くてちゃんと見れていなかったが、銃を持って脅していたのは女性だった。


「そろそろちゃんと説明しろよ! 人を殺せと言ったり、俺らを殺そうとしたり、冗談じゃねぇぞ」


「先程も言ったが、私があなた達を呼んだ。ある術を使い、こちら世界に招いたの」


 世界に招いた。

 それって…………。


「あなた達は私たちと協力して、『ソウゲン』たちを殺して欲しい。それが招かれた理由。この世界であなたたちが生き残る為の目的だ」


 先程、一歩間違えれば死んでいたのに……今は戦えと少女は言う。


「意味がわかんねぇ、俺達はこの女の盾になれってか」


「これって本当に誘拐じゃない。 こんなの……法律が許すわけない」


 それは至極当然の話し。

 そんなこと、許されるわけがない。


 でも、もしここが……本当に彼女の言う世界なんだとしたら―――。


「あの禁術を、おまえが……召喚術を……」


 最初に突入してきた男は、今だに何かに戸惑い呟いている。

 

「ねぇ、ゆきにぃ。いつまで驚いてるの?」


「……………だめだだめだ……きようじんは……あの術は……」


「私の凄さに、もしかして驚いてる? 気持ちは分かるけどさ、これから彼らの妖術を調べないといけないし、そろそろ移動しようよ」


「………………なぁ、ユリ……」


「お館様への説明も考えなきゃだしね、……すごく怒られるかもだけど、事情を説明すれば許して―――」


「おまえ、自分が何をしたのか……分かってるのか?」


「何をしたって、そんなの復讐のために――」


「何をやってんだぁ! おまえはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ―――びくっ!


 響き渡る声。

 異様なまでに感情を高ぶらせて、男は怒りを少女にぶつけていた。


「成功したでしょ! じゃねぇよ、その術は禁術だぞ、お前が触れていい術じゃねぇんだぞ!」


「……な! そんなの分かって―――」


「かつて多くの人害を招いたからだけが理由じゃねぇ! 禁術なのは術師の大半が成功せずにその代償で死んだからだ! 成功率ほぼ零。お前、死んだらどうするつもりだったんだ!」


 男はひどく感情的になっている。

 僕たちのことなど、全く見えていないほどに。


「それにその術は成功したって、おまえの―――」


「うるさい!」


 今度は少女が叫ぶ。


「うるさい! うるさい! 危険なのも、その代償だって分かってるよ! それでも、もうやるしかなかったんだ!」


「……だからって………おまえ……」


「あいつらを殺せるなら、私はそれでいい。ヒユナのいない世界に、私が生きていく意味なんてない……ゆきにぃ達だって、そうでしょ?」


「それでも、なんでおまえが……」


「私は全てを失った。何を言われようが、私は間違ったなんて思ってない!」


 2人は戸惑う僕らをよそに、言い争いを続けている。

 僕たちは、完全な置いてきぼりを食らう。


「ユキマ、何を言ったってもう遅い。ユリは術を実行して既にこいつらを招いた。……どちらにせよ、もう戻せはしない」


「ミツキ、おまえはそれでいいのかよ?」


「ユリの言った通りだ。私にはもう失うものはない。……今更、何の感情も抱けない」


「………本当に、それでいいのかよ」


「ただし、ユリが行ったのは禁術。こいつらが本当に使えるのかが分からない時点では、お館様やかたさまにはまだこの事は伏せておくべきだろう」


「そう……だね。まずは場所を変えようよ。いくら屋敷の離れだからって、ここに居れば見つかる可能性が高い。『もくしふだ』をしたいから、ゆきにぃの屋敷にいったん身を潜めようよ」


「ユキマ、お前がいろいろ言いたいのは分かる。だが、いつまでもこいつらをここに居させる訳にはいかない。……詳しくは九山邸きゅうざんていに移動してからだ」


 話が一段落ついたのか、彼らは移動の準備をはじめる。


「これからあなたたちは人の目を盗み、この屋敷を出る。出遅れないで」


 『ユリ』と呼ばれていた刀の少女は、そう言うと出口へと歩き出す。


「なんの説明もなしに、いきなりついて来いってか?」


「説明なら『九山邸』でしてやる。死にたくないなら黙ってついてこい」


 銃を持った女性はそう言うと、俺らの背後につく。


「さっさと移動しろ、『きようじん』様」

 

 ………きようじん。


 さっきから何度も出てくる言葉。

 彼女たちは、僕たちにいったい何を期待し、何を求めているというのだろうか。

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