仕事開始or終わり

人気のないビルから出る。淡い白雲が、滅びかけの世界の空を流れていた。

俺の端末から通知音が鳴る。見ると、数百万クレジットが入っていた。

装備代だろう。


「どう思う?あの話」


俺は言葉にできない違和感を共有したくて、2人に話す。

乱雑に装甲車の扉を閉ざしながらローズは言った。


「何かあるに決まってんでしょ」


ローズは、TVが全てを話したわけではないと断じた。

運転席に座るテンも、「だろうな」とローズに同意する。


「アンタは気づいてる?TVの隠し事に」


ローズが、俺に問う。試すように細められた視線は、《傭兵ウルフ》の先輩からの試練だろうか。


「FMに狙われた理由だろ」

「FMは《仲介屋》を狙う殺人動画投稿者でしょ」


ローズが、何も分からない素人のような疑問を口にした。いたずら気に笑う妖艶な口角が、俺を揶揄っていると一目で分からせる。


「そもそも何でFMが《仲介屋ブローカー》を狙ってんのかって話だ」


ダークネットに動画を投稿すれば、広告収入がいくらか入るだろうが、都市の『裏側』に狙われることと比べれば、はした金だ。

この都市の裏稼業は《仲介屋》を起点に成り立っている。それを狙うことは、ギャングも傭兵も企業さえも歓迎しない。

護衛だらけで人一倍警戒心の強い《仲介屋》を殺せるような実力者がそれを知らないわけではない。

なら、があるはずだ。


「誰かから依頼を受けたか、私怨か。それにその実力だ。半年前まではただの冴えない動画投稿者だったんだろ。そいつが急に《仲介屋》を殺し始める力を手にした。絶対背後に誰かいるだろ」


動機も手段も突如降って湧いたような印象を受ける。


「正解。そしてその『背後の誰か』はTVほどの《仲介屋》が逃げを選ぶほどの奴よ」

「大丈夫かよ…………」


今回の依頼、ミレナの時と同等のやばさを感じる。

だが俺の杞憂をローズは鼻で笑った。


「わざわざ動画投稿者を使ってんだから、表に出る気は無いんでしょ。FMを殺して終わりよ」

「いや、護衛だからな?殺しは必須条件じゃねえぞ」


血の気の多いローズをテンがあきれ顔で窘める。


「金はどうする?装備を買うのか」

「アタシとテンはね。ソラの金は情報屋に渡すわ」


俺の金の使い道、もう決まってた……。

不満げな俺の表情を見たローズは、言葉ではなく蹴りを見舞ってきた。


「うげっ!」


薔薇の棘が描かれたしなやかな細い脚が、俺の腹に突き刺さった。

文句言うなら痛めつけるということだ。

その緋色の力強い瞳には、罪悪感なんて微塵もない。

黒い戦闘ブーツが、ぐりぐりと動き、俺の意見を殺していく。


「FMの素性、武器、戦闘方法。必要な情報は多いけど、需要も多いから情報屋も出し渋るのよ。大金がいるわ」

「最初からそう言えよ!」


ローズは足を除けて、俺の膝の上に置いてきた。後部座席の大半を占領するのはいつものことだが、足置きにされたのは初めてだった。最悪の初めてだ。


「じゃあ、ここで降りなさい。アタシたちは装備買ってくるから」


かちゃり、と俺側の扉のロックが外れる音がした。そしてタイミングよくローズの足が俺を押し出した。


「―――えっ?」


身を縛る重力に、俺は唖然とする。

超人的な動体視力で、車内を見た俺は、バックミラーに映るテンの悪戯成功、という笑顔と、嗜虐的なローズの表情で何が起こったのかを知った。


「もっとゆっくりおろ――――」


文句言い終わる前に迫る地面に反射的に受け身を取る。アスファルトの上を転がり終わったころには、装甲車ははるか遠くにいた。

突如歩道に出てきた俺に、周囲を歩く通行人たちが、ぎょっとした表情を向けるが、俺は構わず蒼凪を持って立ち上がった。


「ったく」


俺はどこかも分からない通りを見渡して、大きく息を吐いた。


◇◇◇


俺は何とかAIタクシーを捕まえて、自宅のあるアパートの前まで戻ってこれた。

タクシー代9000クレジット。痛い出費だ。

次2人と会ったら絶対に払わせてやる。


俺は歩き慣れた薄暗い通路を通り、エレベーターへと向かう。相変わらずぼろく、鉄臭いにおいを漂わせる見通しのいいエレベーターだ。

俺は乗りこみ、目当ての階層のボタンを押す。

ガガ、ゴゴン、と不安になる音を立てながら、上階へと向かい始めた。

俺がこのアパートを借りた時から2度、どこぞの《傭兵ウルフ》や犯罪者の襲撃があったらしいが、一度も修理の業者が入った痕跡がない。


鉄の棺桶に職業変更ジョブチェンジすることが内定しているエレベーターに乗り込む者はほとんどいない。だが俺は違う。別に落ちても死なないから構わず乗っている。

問題があるとすれば、馬鹿を見る目でここの住人に見られている気がすることだ。


俺は汚れた地面を踏みしめ、横たわる瓦礫や粗大ごみ酔っ払いを足でのけながら、自室へと向かう。


俺は鍵を開けて部屋に入った。人の気配のない玄関を進み、明かりをつける。

慣れた景色だが、妙に寂し気に見えるのは、俺以外の人間の痕跡が消えたからだろうか。

勝手に持ち込まれたマグカップや洒落た料理の作り置き、雑に脱ぎ散らかした下着。

しっかり者のような見た目に反して、意外とガサツな彼女の気配は、日を追うごとに無くなっていく。


「…………はあ」


俺は大きく息を吐く。通信端末を取り出して、画面を表示する。俺とカーラとの連絡履歴だ。あの日、すぐにカーラから謝罪の言葉が届いた。俺もすぐに連絡を返したが、それっきりだ。

お互いに謝ったが、表面だけのものだ。問題の根幹が何も解決していない以上、また会ってもすぐに喧嘩になるだけだ。


それが分かっているから、彼女も俺を避けているのだろう。

俺は依頼を受けたという趣旨と、しばらく都市を離れるという連絡を何度も文面を打ち直しながら、送った。

返信は来なかった。


◇◇◇


約束の日はすぐに訪れた。結局カーラからの連絡は来ないままだ。

できれば都市を出る前までには話をしておきたかったが仕方がない。

俺は息を吐いて、荷物を担いで部屋を出た。


俺は自宅前に来た装甲車に乗り込む。

今は朝の7時。都市間輸送の出発は9時からだ。

その前にTVを隠れ家に迎えに行き、都市外の出発地点まで連れて行く。

これから首都カルナに辿り着くまで付きっきりで護衛だ。


「よお」


運転席にはテンが、後部座席にはローズが乗っていた。俺はローズのしなやかな足を押しのけて、座席に座る。

2人の姿はいつも通りだ。テンは大男だし、ローズは不機嫌そうな赤髪の美女だ。

だがどこか雰囲気が鋭いように思えた。

鋭利な刃物を見て思う恐れ、冷たさを二人の義体の下から感じた。


「調子は?」

「絶好調だ」


テンは巨大なこぶしを握って開いた。鋼鉄すら握りつぶせそうな力強さだ。


「義体を新調したのか?」

「いや。俺もローズもパーツだけだ。俺は人工筋肉をグレードが高い製品にして、ローズは確かブレードと関節部分の補強とジェネレーターの新調、だったか?」

「ええ」


ローズの白磁のような肌が花開き、内から深紅の刃が現れた。

信じられないほど薄い刃は向こう側が見えそうなほどだが、触れれば切れると本能で理解できた。


「前期文明のブレードよ。これなら汚ねえモンスター共もぶった切れるわ」


そう言ってローズは凄惨に笑い、頬の牙の如きタトゥーを歪めた。

俺は物騒な刃から目を逸らして、後部座席を見る。見覚えのない銃が四丁積まれている。

どれも大型で『外域そと』仕様の武器だ。


「頼もしいね」


俺は顔の前にブレードをちらつかせてくるローズの腕を掴み、遠ざける。


「まあ、この都市じゃあこの程度が限界だけどね」

「この程度って、対モンスター用だろ?使ってる奴なんてほとんど見ないぜ」


俺が今まで戦ってきた《傭兵ウルフ》や《賞金稼ぎレッドハンター》の武器は、どれも後部座席に積まれている武器と比べれば低威力の銃だ。それと比べれば、十分な『兵器』だが。


「東に行けばこの程度の武器は豆鉄砲よ。それに義体の性能もこれぐらいが限界。バーンたちも装備の性能はこれぐらいだったでしょ」


東はこことは比べ物にならない危険地帯だ。それは前期文明時代の『戦争』の影響だ。

この大陸には前期文明には巨大な軍事国家があったらしい。

どうやら東側の大陸の国家と戦争をしていたらしく、首都があったとみられる大陸中央部と東側は、こことは比べ物にならないほどの危険地帯らしい。

そこは前期文明との戦争の最先端であり、高度な軍事力を持っているとか。

それと比べれば豆鉄砲だろう。


「その辺の装備をこっちに持ってくれば、無双できるんじゃね?」


俺はふと思いついた。

だがすぐさまテンに否定される。


「おい、やめとけよ。死ぬぞ」

苦笑交じりに忠告される。


「何でだよ?」

「ヒント1、『治安維持』」

「答えじゃねえか」


要するに、危険な武力を持った得体の知れない人間を『国』がどうするか、という話だ。


「……それに大陸中央部の国とは『都市連邦』も国交が開けてないのよ。道中が危険すぎてね。そんな国から武器を持ってくる『企業コーポ』や個人が何でアンタに売るのよ」

「上手くいかないもんだなあ」


まあ、俺程度に思いつくことを、他の奴がしてない訳はないか。

本気で言っていたわけではないが、少し残念だ。


「それに、この都市に関しては強すぎると『天罰』に会うからな」

「天罰?なんだそれ」


俺が尋ねると、ローズが小さく舌打ちをした。


「聞くなよ。長くなるんだから」


ローズは大きく息を吐いて、目を閉じた。アタシは聞かない、という意思表示だ。

俺はそのローズの振る舞いを見て、自分が何を聞いたのか悟った。


「これは、プラジマス都市で語られる噂話だ」


テンがおどろおどろしく語り出した。

……やっぱり都市伝説だ。テンはこの手の噂話が好きで、仕入れてきては俺やローズに話すのだ。恐らくローズは一度被害にあっていたのだろう。

俺は視線だけでローズにごめん、と伝えた。

そんな俺達に気づいた様子は無く、テンは話始めた。


「プラジマス都市は犯罪の最先端だ。殺し、盗み、詐欺何でもありだ。当然、力への需要は計り知れねえ。それにもかかわらず、都市で手に入る装備の限界は、これだ」


テンは後部座席の銃器を指さす。先ほど大陸基準で見れば豆鉄砲だとローズが言った重火器を。


「何でか分かるか?」


俺は楽しそうなテンに「さあな」と適当に返事を返した。


「消えるからだよ。中央部の強力な義体を手に入れた奴、都市警備隊シティガードの人型兵器すら破壊する『遺物』を運良く見つけた奴。そういう都市の武力の水準からかけ離れた奴はパッ、とまるで初めからいなかったみたいに消えちまう」

「…………都市の権力者が消してるって話か?」

「消えるのは、権力者側も一緒だ」


不思議だろう?とテンは笑う。

なるほど。行き過ぎた武力を罰する力。権力者すら例外ではないがゆえ、『天の罰』だと。


「馬鹿馬鹿しい噂話だろ」

「そうとも言い切れないからローズも黙ってんだよ」


俺はローズを見る。彼女は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。

それには馬鹿げた噂話を聞いた以上の何かがあった。


「黙ってろ、テン」


不機嫌なローズの声がテンを黙らせた。

うっわ、怒ってるよ。咳払いひとつすら許さない冷え切った沈黙が車内に広がる。

きっと次に小さな咳払いひとつでも立てた者は、ブレードでがお見舞いされるだろう。


俺はやらかした張本人のテンを睨みつける。

こいつ、仕事前に余計なことしやがって。

テンはだらだらと冷や汗を流しながら、両手でハンドルを握っている。

タイヤとアスファルトが擦れる小さな駆動音が、やけに大きく聞こえる。


瞬間、俺の乗っている車両右手側の建物が爆発した。


「――――っ!!?なんだ!」


轟音が車内を駆け抜け、粉塵が一足早く視界を塞ぐ。

音の出所的に、右斜め前の大型マンションの上階だ。

俺は突然の爆発に混乱し、身を乗り出して状況を確認しようとする。

そのとき、突如車が左にぶれた。


「うおッ!?」


そして先ほど俺たちがいた場所に、瓦礫が降り注いだ。


「捕まっとけ!降ってくんぞ!」


爆発の衝撃で吹き飛んだ瓦礫が、道路一面に落ちてくる。

前方を走っていた車両が、巨大な瓦礫に押しつぶされて火を噴く。

テンは圧倒的な運転テクニックで、右へ左へ、座礁した車両を躱しながら前へ前へと進んでいく。


俺は網膜に投射したマップを確認して、眉根を寄せた。


「なあ、あそこTVとの待ち合わせ場所じゃねえ?」


俺の疑問に、爆発にも動じなかったローズの冷静な声音が応じた。


「そうよ。仕事開始ね」


ローズは揺れる車両に体勢を崩すことなく、後部座席から銃を取り出して、肩に担いだ。


「仕事終わりじゃねえの?」

「それを確認するまで仕事よ」


ローズは車のドアを開く。外気が車内を走り抜ける。

緋色の髪をなびかせながら、ローズは車外へと飛び出した。空中を蹴りつけて、ローズは反対車線へと飛んでいった。


「行ってこい!ソラ!」

「分かったよ!!」


俺もローズの後に続く。

車道を削りながら着地する。半ばから黒煙を噴き上げるビルを睨みつけるように見上げる。

宙を舞うローズの軌跡を追うように地面を蹴りつけ、座礁した車を踏み台にしながら彼女の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る