依頼内容と『TV』

翌朝、俺たちは早速『TV』とかいう《仲介屋ブローカー》と顔を合わせることになった。

テンの装甲車両に乗って、街中を走行する。

高い金を出し合って購入した車両だけあり、戦車と見まがうほど立派だ。


「待ち合わせが北区って。ドレスコードとか無いよな?」


俺は少しの緊張を浮かべ、2人に尋ねる。

北区は『大企業メガ・コーポ』の社員や都市の職員など、一握りの富裕層が住まう場所だ。

俺も以前、ストーカーを殺しに行ったことがあるぐらいで、店に入ったことなどない。

傭兵然とした服装がかなり浮くであろうことは想像に難くない。


「大丈夫だ。隠れ家の類らしいから神経質な金持ちには会わねえよ」


テンが苦笑交じりに答える。


車が進むにつれて、周囲の建物の背は高くなり、高級感あふれる街並みへと変わっていく。

ちらほらと、西区では見ない警察の姿も見える。


「働いてる警官だぞ!」


俺はローズの肩を叩いて、テンションを上げる。

すげえ!働いてる!死体の側で煙草ふかす以外の行動があるんだ!


「あんま見るんじゃないわよ、馬鹿」


パンっ、と頭を叩かれて止められる。

テンも北区に慣れているのかいつも通りだ。


「ほら、着いたぞ」


車両が進んだのは、5階建てのビルの前だ。何の変哲もないビルであり、風景に埋もれている。3台ほどしか止められない小さな駐車場があるが、車はない。

テンはそこに車を止めた。するとどうだろう。

ビルの前に駐車場があるため、車を止めてしまえば入り口が通りから見えなくなるのだ。


恐らく意図してそう設計されている。警備が厳重であり、計画的に都市計画され開発された北区に隠れ家を作るのは逆に目立つ。

そのため表向きはただのビルに。

そして実態は周囲の高層ビルによる死角に位置し、大きな道路にしか面していない場所に立てることで、入り口さえ塞げば不審者が怪しまれずに出入りできる隠れ家となる。


「よくできてるなぁ」


ソラは感心しながら入り口側の扉から出る。

ビルの入り口は全面ガラス張りであり、外から中が見える。だが大きな受付が、左右に広がる通路を自然に隠している。

基礎的な構造から内装まで、自然に内部を隠している。

北区の外れとはいえ、一からこの建物を作るのには何億クレジット程度では済まないだろう。


「個人で作れるもんじゃないよな?」

「お前の大好きな『不動産屋』の物件だよ。くくくっ」


俺の独り言を拾ったテンがあくどく笑う。

俺は苦みを堪えるように舌を出した。


「あいつ北区にも根を張ってんのか…………」


ビルに入った俺たちは左右を見渡す。

ローズも場所しか指定されていなかったのか、ここからどこに行けばいいのか分からないらしい。

すると、眼前に矢印が浮かび上がった。


「―――!」


肉眼の俺にも見える映像投射。拡張現実やデータ受信ではなく、光投射機器によるホログラムだ。俺はタイミングよく浮かび上がったそれを見て、周囲を見渡す。

天井の角に、半球型の監視カメラが見えた。

レンズが動き、こちらを見る。


「もういるわけか」


俺たちは光の消えた通路の先へと、ホログラムの矢印を頼りに進んでいく。奥に進めば進むほど、内装は無くなっていく。

必要最低限のカモフラージュが出来ればいい。目に見えない部分には一切金を使わない。

『不動産屋』らしい物件だと、それが分かってしまう俺が嫌だ。

そしてそれが分かる程度には、俺も《傭兵ウルフ》として慣れてきたということだ。


二階へと進む。階段を昇ってすぐの扉へと入る。位置としては二階のど真ん中。

ローズが警戒をしながら扉を開く。扉は薄いが壁は厚い。

部屋の位置は窓から離れていることもあり、外部からの爆撃にも警戒を払っている。


中は会議室をモチーフにした部屋だった。部屋の中央に楕円形型の机が鎮座し、椅子が何個も並んでいる。その一番奥、入り口の対角線上に、彼はいた。

いや、彼であっているのだろうか。その全身はサイズに余裕のあるパーカーや手袋により隠されており、地肌は一つものぞいていない。


ソラの想像よりも小さな体格。《仲介屋ブローカー》らしい陰気な雰囲気を感じさせ、その立ち方からも戦う者ではないことが分かる。

だが俺がそれ以上に気になることは、武器も持っていないことだ。

それどころか護衛もいない。


俺の五感には眼前の彼以外の気配は感じないし、テンやローズが何も言わないことからも、2人も同じだろう。


「よく来てくれた。僕は『TV』。《仲介屋ブローカー》で、君たちの依頼主だ。掛けてくれ」


俺の想像通りの子供っぽい合成音声が埃っぽい部屋によく通った。

俺たちは一つずつ間隔をあけて席についた。


「依頼を受けるかどうかは話を聞いてから決めるわ」


ローズが結論を急ぐTVを窘める。


「………」


TVは短い沈黙を纏った。らしくない、と俺は思った。

今のは俺の目から見ても「焦っている」と分かる言動だ。

それをプラジマス都市で《仲介屋ブローカー》なんてものをやっている人間が、俺のような新米の《傭兵ウルフ》に悟らせるとは、失策だ。

だがTVは一瞬で気持ちを立て直したのか、動揺の消えた口調で話し始めた。


「依頼は護衛だ。行き先はこの都市から北に一日の位置にある都市連邦の首都カルナだ」


都市連邦はプラジマス都市も所属する国家だ。国家と言っても、各都市の権力が強いため、生活していて国というくくりを感じることはあまりない。


「手段には、『都市間輸送』を利用する」


『都市間輸送』とは、都市管理機構が実施する都市間の大規模商隊のことだ。

都市間を行き来するためには、前期文明のモンスター共が住まう『外域』を通る必要がある。《企業軍人》が存在せず《傭兵》を雇えないような中小企業にとっては命がけだ。

だがそれでは経済が回らない。そのため都市管理機構が金を出して《傭兵ウルフ》や《探索者シーカー》を雇い、護衛とモンスターの討伐をさせるのだ。


と、そんな崇高な理念で始まった都市間輸送だったが、問題があった。

それは都市間輸送に参加したい企業の数に対して、必要となる金が膨大過ぎるということだ。


商隊の規模がでかくなればなるほど必要な戦闘員の数は増える。

そのため都市間輸送にはすぐに参加企業数に制限が付いた。

すると始まるのは参加企業を選別する側の都市管理機構への賄賂と恣意的な企業の選定だ。

その結果、金がある大企業が都市間輸送の大部分を占め、参加権を運よく競り落とせた中小企業が、危険な隊列の端に引っかかるという本末転倒なこととなった。


TVはどうやら、競争率の高い都市間輸送に参加する権利を獲得したらしい。


「どうやったんだ?個人じゃ買えないだろ」


同じことを考えたテンが疑問を投げかける。それに対するTVの返答は拒否だった。


「教える必要はない」


テンは肩を竦めて了承の意を返した。

TVはため息を吐いて話を続けた。


「都市間輸送とはいえ、隊列の最後尾だ。都市側の用意した警備は薄いから、モンスターとの戦闘も起こる」


モンスター、か。都市間を移動するなら、必然強力なモンスターとの戦闘も発生するだろう。

だが今の俺たちの装備は対人戦を見据えて組まれているものだ。俺のハンドガンや刀はモンスターにも通じるだろうが、ローズは完全に対人特化の装備だし、テンも大型義体者用の銃を使ってはいたが、あれも対人用だ。

硬い装甲を持つ機械系モンスターなんかとは戦えない。

それが分かっているテンも険しい顔を浮かべている。なお、ローズは足を組んで無表情で話を聞いている。完全に交渉をテンに放り出しているようだ。


「…………ぶっちゃけると、硬いモンスターと戦える装備がない。護衛は俺達だけか?」

「ああ、そうだ」


TVは苛立ちを多分に感じさせる声でそう言った。

しばらく、何かを考えるように黙り込み、ゆっくりと口を開いた。

機械音ががりがりとなる不快な音の後、意味ある言葉が出てくる。


「………装備を買う金は支給する。それで対モンスター用の装備を揃えろ。それなら依頼を受けるか?」

「それは、報酬の先払いって話か?」

「違う。報酬は提示した額を支払う」


TVは自分の金で装備を揃えてくれると言っている。それは願っても無い最高の条件だ。だがうますぎる。テンは顔を顰め、ローズに関しては何かの罠だと思ったのか、うっすらと殺意を纏い出している。


テンはゆっくりと息を吐く。そして口を開いた。


「腹を割って話そう。嘘があれば、俺たちは降りるぜ」


テンの前置きに、TVは鷹揚に頷いた。


「アンタ、何に狙われてるんだ」

「…………」


TVは沈黙する。だがやがて覚悟を決めたように、自身を狙う敵について話を始めた。


「『ファニーメイク』という連中を知っているか?」


俺とローズは知らなかったので首を振った。だがテンは知っているようだ。


「動画投稿者だろ?ダークネットで人気の奴らだ」


テンの言葉をTVは肯定した。


「彼らはこの都市に何十、何百といるつまらない動画を投稿している投稿者だった。それが変わったのが約半年前だ」


会議室の机の上に、ホログラムが浮かび上がった。ダークネットに投稿された動画のようだ。部屋に備え付けのスピーカーから音が聞こえてくる。

都市で目覚めてから毎日聞いている銃声だ。

映像はどこかの室内だろうか。個人の部屋に踏み込む撮影者の姿がある。


扉が開き、激しいマズルフラッシュの後、画面に移っていた人間の首から下が吹き飛んだ。

義体を構成する人工筋肉と部品が室内を汚した。


義眼の視点だろうか。揺れる画面は殺し場の雰囲気を生々しく伝えてくる。

撮影者は地面に転がった首を手に取り、その顔を視界に映した。

普通の男だ。そこで動画は終わった。


殺人動画スナッフ・ビデオか?よくあるやつだろ」


この手の動画はこの都市にはいくつもある。俺達からすれば見慣れた死体も銃撃戦も、金持ちや安全な都市にいる人間にとっては刺激的な娯楽物だ。

そのため出来のいい殺人動画には高値が付き、皮肉なことにこの国を支える産業の一つにもなっている。

俺にはこの動画も、そんなありふれた動画に見えた。

だがTVは首を振り、「殺されたものが特別なんだ」と答えた。


「その生首の名前はディープ・フィート。『企業』の情報窃盗業を専門にハッカーに依頼を斡旋していた《仲介屋ブローカー》だ」


TVは男の素性を説明する。


「都市内でも有名な男よ。ハッカーに顔が効くから、ギャングも重宝していたの」


ローズが補足を入れて、俺の足りない知識を埋め合わせてくれる。

かなりの大物のようだった。


「ソラ。ファニーメイクはな、《仲介屋殺し》で有名になったんだ」


テンがそう言った。そして俺は、なぜこの動画を見せられたのかを察し始めてきた。


「つまりだ、アンタも狙われてるんだな?」

「ああ。確かな筋からの情報だ」


《仲介屋》殺しの実績があるやつから狙われる。生きた心地がしないだろう。

ましてや相手は動画投稿者。金で買収できるような相手ではない。

逃げるしかないということだ。


「カルナに行ってしばらく身を隠す。やつらが消えるまでな」


忌々しいとTVは唸る。彼からすれば、何の脈絡もなくいかれた奴に狙われたのだ。たまったものでは無いだろう。


「僕の知る限り、こいつらは《仲介屋ブローカー》を五人殺している。どれも僕と同格以上のプロだった。当然命を守る仕組みはあるし、優秀な護衛も付けていた」


それでも殺された。しかも五人。

まぐれではない。確かな計画と実力の上でなされた犯行だということだ。

本来は殺せない《仲介屋ブローカー》を殺していく。その動画は刺激的で目新しさがあるのだろう。悪趣味だとは思うが、人気になった理由もわかる。


厄介な相手だ。やつらが都市外まで追って来るのなら、戦闘になるだろう。《仲介屋ブローカー》が俺たちに依頼を出すぐらいだから面倒ごとだとは思っていたが、想像以上だ。


「なぜ俺達に?」


俺は尋ねる。TVも《仲介屋》なら護衛ぐらいはいるだろう。俺達よりも強い護衛も当然いるはず。

なぜ命を狙われている状況で、今まで付き合いの無かった傭兵に依頼を出すのか。

TVの返答は簡潔だった。


「白だからだ」


「レッド・ローズは性格上、仲介屋を狙う暗殺業を受ける可能性は低い。テンは運び屋。そしてソラは、ファニーメイクの犯罪が始まったときに都市にいなかった。そして君たち三人が指名手配され、賞金稼ぎに追い回されているときにも、FM―――ファニーメイク―――の殺しが起こった。君たちはこの都市で限りなく白に近い」


「なるほど。調べてあるってことね」

その口ぶりからは、お前たちのことは知っているぞ、というTVの主張も混じっていた。

当然、俺たちが金と装備に困っていることも知っているのだろう。


「言うべきことは言った。受けるかどうか、ここで決めろ」


感情を感じさせない機械音声が、選択を迫る。

依頼は俺の想像以上に危険なものになりそうだった。そしてそれ以上に利益になりそうだ。

恐らくテンとローズは受けるだろう。

傭兵ウルフ》なら受けないという選択肢はない。

だが俺はやはり迷っている。二つの選択肢が、依頼の受否を綱引きしている。

だが俺はテンの言葉を思い出した。


「受けよう」


俺はそう答えた。テンは僅かに嬉しそうな顔をして「俺も受ける」と答える。

ローズはいつもの仏頂面で、小さく頷いた。


「いいだろう。装備代は渡しておく。各自、1週間後の都市間輸送までに装備を揃えておけ」


一週間後、俺たちは都市の外へと向かう。

前期文明が生んだ異形のモンスターたちと、謎の殺人集団との戦いが待ち受けている。

どくり、どくりと心が鼓動を刻む。

恐怖か、高揚か。その答えも次期に出る。

この依頼で見極めよう。俺という人間を。はまだ《傭兵ウルフ》なのかどうかを。

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