『超能力者』の謎
グラスを傾けて酒を呑み干したテンは、いきなり核心をついてきた。
「それで?この前の依頼でビビっちまったのか?」
テンは言葉を飾らず、俺の変化の原因を尋ねる。
それをローズの前で尋ねなかったのは彼の優しさだ。
俺にもなけなしのプライドがあるから、ローズの前では言いにくいこともあると察してくれたのだろう。
「それもあるが……危険を冒す理由がなくなってきたんだよ」
ローズはただ戦いを求めて、そしてテンは金のために。
二人とも更なる危険に身を浸し、膨大な金を手にしてさらに装備を整えて上へと成り上がっている理由がある。
だけど俺には、そんなものはない。
俺が《
「まあ、お前は借金返すために傭兵になったんだもんな。返し終わったら続ける理由はねえか」
「いや、それだけじゃなくて、俺は昔のことを知りたかったんだよ」
俺はテンに記憶喪失の件を伝えようとした。だけど詳しく話始める前に、テンはああ、と納得の声を漏らす。
「そうか、『
「は?」
記憶喪失なのは確かだ。俺には都市に来る前、厳密に言えばどこかの企業の輸送車両に囚われていて目覚める以前の記憶はない。
だがそれがなぜ超能力者と結びつくのか。
「俺が超能力者だからなんだよ?」
どくり、と不気味に高鳴る鼓動を感じながら俺が尋ねると、今度はテンが驚いたように眉尻を上げた。
「なんだ、知らねえのか。超能力者ってのは大なり小なり記憶がねえんだよ」
そうしてテンが語ったことは、俺を大きく混乱させた。そして、一筋の希望を見せた。
テンは自慢げに、教え子に教えるように話始める。
「超能力者ってのはどうやってなると思う?」
「どうって、脳の変異だろ?」
超能力は脳を起点に発生している。これは確か、研究されていることだったはずだ。
だが俺の答えはテンの求めるものではなかったらしい。
「先天的か、後天的かって話だ」
「そりゃあ、先天的じゃないのか?脳を加工するのは無理だろ」
少なくとも現代の技術では、という話だが人間の脳への加工技術はない。
だから全身義体者も脳だけは生身なのだ。脳は高度な現代技術でもブラックボックスだ。
俺の答えはテンの求めるものだったのか、鷹揚に頷いた。
「少なくとも、そう言われている。だけど俺は、後天的なもんだと思ってる。その根拠が、『記憶喪失』だ」
テンいわく、超能力者は全員記憶喪失らしい。一部のみ記憶が無い者もいれば、全ての記憶を失ったものもいる。
俺は後者に該当する。
「これはどっかの研究でも明らかになってるし、実際俺が会ったことのある超能力者もみんな記憶喪失だ。これでも、都市外で長いこと《
テンは《運び屋》として、大陸中央部から東部にも行ったことがあり、そこはこの辺りとは比べ物にならないほど危険地帯であるが、超能力者の数も多かったという。
そして出会った超能力者と話をして、彼らがみんな記憶喪失だと知ったそうだ。
「そして全員、記憶を失くした後から超能力が使えるようになってんだ。記憶が消えるのは、超能力が目覚めた反動で脳に大きな負荷がかかった結果だとか言われてるが、それは分からねえ。だけど、噂があるんだ」
テンは、まるで恐ろしい話をするように言葉を区切り、ためを作る。
そして、言った。俺にとっては無視できない希望の種を。
「この大陸のどこかに、超能力者を作る施設があるってな」
「………なんだその与太話は」
俺は真面目に聞いて損したと伝えたくて、大きく息を吐いてテンを睨んだ。
テンが会った超能力者がどうかは知らないが、少なくとも俺は記憶喪失について悩んでいるし、ふざけたオカルト話にされて少し腹が立っていた。
テンは怒った俺を見て、慌てて手を振った。
「おい待て、怒んなよ。俺は真面目に言ってんだ」
俺は視線で続きを促す。
「まず、超能力者は全員この大陸出身者だ。東の方の奴が、隣の大陸には超能力者がいないと言ってたからな。これは、この大陸に超能力者を作る施設があるんなら説明がつくぜ。
そして二つ目。超能力は現代の技術で解析不可能な点だ。これは、何かと似てるだろ?」
「遺物」
現代文明では理解できない技術で作り出された製品をこの世界では遺物と呼ぶ。
テンは超能力もまた、前期文明の技術だと考えているらしい。
「大陸出身者が多いのは、遺伝子の問題で話がつくし、脳の構造が現代技術じゃ分からないなら、前期文明の技術かただの脳の変異か分からないだろ」
テンの話した二つの理屈は、可能性があるというだけで説明はつく。どれも、超能力者を作る施設の存在を信じさせるものではない。
そう言って切り捨てた俺を、テンはにやりと笑って見返した。
「そして三つ目。超能力者の中には記憶を失くしている間に長距離を移動している奴がいる。超能力が目覚めた反動で記憶が消えるほど脳に負荷を負った奴が、危険な『外域』を通って移動するか?」
もし、超能力者を作る施設があるなら、それは前期文明の遺跡だ。そして遺跡の場所を秘匿するために、超能力者の記憶を消した。
「それは…………」
この話には反論が出来なかった。なぜなら俺も恐らくは長距離を移動した実例のはずだからだ。
俺は都市外から都市へと向かう車両の中で目覚めた。俺の乗っていた車両は一両のみ。目立った武双は無く、乗員も二人のみ。
恐らく都市の近郊で俺を見つけて運んだのだと推測できる。
当時、戦闘能力のない俺が都市外を自分の意思で移動するとは思えないため、誰かに運ばれて都市外にいたと判断するのが妥当だ。
「反論できねえだろ?」
得意げにテンは笑った。
「ああ。そうだ、俺も誰かに運ばれてこの都市の近くまで来てた。なら誰が俺を?」
「さあな。俺も与太話の類だとは思ってるがよ、事実を組み合わせたらそう言う結論になるんだ。もしそんな遺跡があるなら行ってみてえよなあ」
テンは冗談めかして言っていたが、その遺跡の存在を確信しているように見えた。
テンは賢く、現実的だ。
彼の生きてきた人生が、そこで手に入れた情報が遺跡の存在を肯定しているのだろう。
「お前の過去を知るために、その幻の遺跡を探すのもおもしれえんじゃねえの?少なくとも、乗って来る馬鹿は一人いるし、金になるなら俺も手伝うぜ」
テンもまた、そう言った。カーラと同じように衝動に従えと。だけど、俺は頷けない。
「……俺は昔のことを忘れて新しい人生を生きてる。過去を知るために命を懸けるなんて馬鹿馬鹿しいと思わないか?」
それが、俺の悩みの全てと言ってもいい。俺自身も過去を知りたいと思っている。カーラも探れと半ば脅してきた。一緒に付いて来てくれる仲間もいる。
だけど俺だけが、自分の過去を疑っている。
もし、俺の過去がなんてこのないつまらない人生だったら。もし過去を思い出して俺が変わったら。そんな人からすればつまらないことで悩み、今もローズを失望させた。
「要するに、今持ってるモンを失う覚悟をしてまで、知る必要があるのかって話か」
「ああ」
家、暖かい食事、カーラ、テンにローズ。失敗すればすべて失う。挑戦しなければ何も失わない、はずだった。だけど今はカーラと喧嘩中だ。
それが諦めると決めた俺の決意を揺るがしている。
「それは知らん」
テンの答えは投げ槍だった。
「おい……」
「はははははっ!だけど、結局はお前の心の問題だろうがよ。少なくとも、さっきの食いつき方だと、お前の心は知りたがってるみたいだがな」
大きく笑う。心を見透かされた俺は、視線をそらし、小さく舌打ちをした。
「………適当に生きるわけにはいかないだろ。生活とか、色々あんだろうが……」
俺は至極当然な正論を言う。だがテンは笑みを消し、口を開いた。
「ねえよ」
確信じみたテンの声に、彼の顔を見返した。
「少なくとも俺の知るお前は無茶苦茶だったぜ。先のことなんて考えてなかった。お前の周りに集まった奴らも、そんな無茶無謀な馬鹿を気に入ってんだろうよ。
誰のためにまともになりたいのかは知らねえが、そいつの好きなお前でいるのも愛情だぜ」
本当に、こいつは見透かすやつだ。
「とりあえず、今回の依頼は受けて見ろよ。それで無理だって思ったら諦めたらいい。この程度の依頼で折れるなら、どのみち『遺跡』を探すなんて無理だからな」
そう言い残し、テンも去っていった。
俺は天を仰ぐ。明るい電灯が俺の目を焼きその奥へと染みていく。
テンの言葉は俺の逃げ道を塞ぎ、真実を突きつけた。
そして俺は冷静に現実を考えることが出来た。
カーラは、俺が『衝動』を諦めたら別れると言っていた。
あれはきっとあれは願望交じりの脅しだ。俺が諦めても、彼女は俺を見捨てない。
カーラは優しいから。今ならそれが分かる。
俺は無意識下でカーラの言葉を全て真に受けていた。
俺が『衝動』を諦めれば、カーラは俺のもとを去ると思い込んでいた。そうすることで、彼女を『衝動』に従う理由にしようとしていた。
そして俺は同時に、カーラのために生き延びるという危険から遠ざかる理由にもしていた。
それも間違いだ。前の俺なら、自分の生死を他人になんて預けなかった。
俺の命は俺のものだと、好きに生きていた。一体いつから俺は自分の命をカーラに乗せていたのだろうか。
俺はカーラを『衝動』の理由にしていた。
相反する二つの願いを、俺は彼女に背負わせた。
だから、カーラは『理由』にはならない。理由にしてはいけない。
「なら、俺は?」
かつての力の無かった俺は、貧民として中華料理屋で働いた。そこに、俺の選択はない。
『瑠璃の珊瑚』に狙われて抗った。死にたくなかったからだ。
借金を背負わされ、『瑠璃の珊瑚』の《
だけど今は?
もう何もない。
もう俺の道を決める運命は尽きて、俺の決断を待っている。
誰も、何も肯定しない。否定しない。俺が決めるしかない。
「これが自由か」
ローズたち『瑠璃の珊瑚』に襲われて、抗うと決めたあの時、俺は自由を求めた。
だけど、こんなにも恐ろしくて不安定なものとは思わなかった。
自嘲のような笑みを浮かべようとして、俺は失敗して顔を引き攣らせた。
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区切りが悪かったので一気に公開しました。
次回の更新は休ませていただきます。
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