呼び出しと新たな依頼
『さっさと来なさい』
朝起きた俺の通信端末には、そんな端的な文章とマップの座標が送られていた。
正直、昨日のことを引きずっている俺は、家から出たくなかったのだが、無視するのも断るのも許すような女ではない。
俺はぶちぎれた暴君が、メールを連投してくる前にさっさと返事を返し、慌ててそこへと向かった。
幸い、俺の家の近くであり、15分ほどで着いた。
マップの場所は、大通りに面した飲食店だった。
俺は中に入り、店内を見渡す。すると、奥の席に目立つ赤髪と大男を見つけた。
俺は彼女の対面に座る。
「よう。久しぶり」
「ソラ。久しぶりだな!」
テンが拳を差し出してきたので、合わせる。力強い拳からは彼が本調子に戻ったことが分かる。
俺に連絡をしてきたローズは、俺たちの様子を気にした雰囲気はなく、黙ってコーヒーを飲んでいる。
「金はほとんど消えたが、元の義体に戻せたぜ」
テンの義体は、大型の戦闘用義体だ。それを新調する費用は、俺が装備を買い替えるよりも遥かにかかるだろう。
恋人の治療費に金が要るテンにとっては、大きすぎる出費のはずだ。
「悪い、俺の持ってきた依頼で……」
予期せぬ出費が必要になったのも、貰えるはずの報酬が消えたのも、ミレナが裏切ったせいだが、そのミレナの依頼を受けて二人に勧めたのは俺だ。
ローズにも損をさせた。
俺は二人に向けて頭を下げる。『
あの時の俺は、毎晩見る『
テンは大きく手を振り上げ、バチンと俺の肩を叩いた。
「いって!」
俺はテンを見上げて視線で意図を問う。
だがテンはにやりと笑った。
「受けると決めたのは俺だ!お前は関係ねえよ。実際、ミレナが裏切るなんて誰にも予想できなかったんだから、しょうがねえしな」
「《
励まし、というにはいささか棘があり過ぎる言葉だったが、ローズも気にしていないようだった。
「それよりアンタらこれからどうすんの?」
ローズは、不機嫌そうな顔でそう尋ねる。
どうする、とは傭兵業のことだろう。
どきりと心臓が跳ねたのを感じる。
「俺はとりあえず
テンは僅かに強張った俺の表情を見て、ローズに話を振った。
「アタシもフリーでやるわ。元から子飼いは性に合わないし」
ローズは『瑠璃の珊瑚』専属の《
自由な戦いを求めてブレないローズの在りかたは、今の俺には眩しかった。
「で、ソラは?」
ローズは最後に俺に問う。
「俺は……」
答えに窮する。それは俺の心中を表していた。
どこかの組織、例えば『瑠璃の珊瑚』のようなギャングの子飼いになれば、組織のしがらみにとらわれることにはなるだろうが、俺の実力ならそれなりに優遇されるし、命を懸ける場面は減る。
だがその道を選べば、俺は心の内に巣食う外への『衝動』を解き明かすことは二度と出来ないだろう。なぜ俺は外の夢を見るのか、一体俺はこの都市に来る前に何をしていたのか。
俺は『ソラ』じゃない俺を知ることが出来なくなる。
そして、カーラも失う。
それは、嫌だ。
心に従えば、俺は上を目指すべきだ。だけどその選択を迷いなく選べるほど、俺は割り切れてはいない。
ミレナの件で俺は思い知った。この先、傭兵をしていればあんな危険は日常となるのだろう。ローズの言葉からもそれは明らかだ。
そこまでして、俺のことなんて知る価値はあるのだろうか。
「……迷ってる。《
どうしたいか。言い切れないほど、俺は迷っている。
俺の答えにもなっていない吐露を聞いたローズは今日一番の舌打ちをした。
「つまん無くなったわね、ごみ野郎。腑抜け、カス、死ねよ」
「悪かったな」
ローズの暴言すら今は正しい。
力なく言葉を切った俺を見て、ローズは手の付けられないものを見たと、大きく嘆息した。
「依頼があるのよ。アタシたち三人当てに」
ローズは恐らく、今日の本題であろうことを話し始めた。
「依頼主は『TV』っていう《
「ああ。よくうちにも出入りしてたな」
テンの所属していたギャング組織『瑠璃の珊瑚』は、都市西部の大区画を支配する大ギャングだ。その生業は主に武力派遣。つまり、《傭兵業》だ。
武力を欲する物に武力を提供していたが、依頼主を自身で見繕っていたわけではない。
《
わざわざ間に《
直接ギャングに依頼を出せば、ギャングとの繋がりで足がつくが、《
また、《
彼らは高い仲介料を受け取る代わりに、企業には信頼できる《
もし、依頼人が裏切れば、彼らは自身の名の価値を保つために確実に金を回収し、時には見せしめにする。逆に傭兵側の裏切りにも、血と暴力で答えるのだ。
そうすることで、双方に誠実さを強制する。
《
「TVからの依頼は、護衛と逃走。いわゆる『逃がし屋』の仕事よ」
逃がし屋というのは、《
命を狙われていて、他の都市まで護衛してほしいというニーズは、物騒なこの都市では絶えず存在する。
もちろん、都市間を移動するため『外域』でも戦える戦闘力と追手から逃げ切る手腕が必要とされる。
「場所はプラジマス都市から、この都市連邦の首都カルナまで。詳しくは会って話すらしいわよ」
ローズは俺とテンを見て、質問はないかと視線で促す。
まず、テンが口を開いた。
「何でお前に護衛依頼を?そいつ大丈夫か?」
同感だった。ローズは今まで多くの依頼主と揉めて半殺しにしてきた狂犬だ。
俺ならいくらローズが強くても、そんな奴に護衛依頼なんて出さない。
もしくは、依頼相手を選べないほど、そのTVってやつは追い詰められているのか。
テンの質問は中々失礼なものだったが、ローズも同様の疑問を持っていたのか眉を顰め、頬杖をついた。
「知らないわよ。後、アタシじゃなくて、アンタとソラも含めた三人当ての依頼よ」
「人数どころか構成員まで指名してくる依頼って珍しい、よな?」
少し自信が無くて、俺は窺うように問う。
テンもまた、考えるように頷いた。
「そうだな。チーム組んでるやつ相手ならチーム当てに依頼が届くことはあるが……」
「この前の騒動でセットだと思われたんでしょ。実際、逃がし屋をやるなら不自然じゃない構成よ」
俺達は三人セットで賞金首になった。優秀な《
テンは優秀な《
「何でローズだけに連絡を?」
俺達がチームなら代表者だけに依頼を打診するというのはあり得るが、そうじゃないことも知っているはずだ。俺なら交渉の窓口にはローズは選ばない。
ただ適当に連絡を取っただけかもしれないが、ミレナの件もあり依頼主を疑ってしまう。
「アンタら、ダークネットの掲示板に窓口作ってないでしょ」
それに対するローズの返答は、呆れだった。
通常、フリーの傭兵は、依頼を受けるために自身の連絡先をダークネットに掲載しておくらしい。そうすることで、自身の経歴を知って依頼をしたい《仲介屋》とコネクションを取るのだとか。
「へぇ、知らなかった」
「すっかり忘れてたぜ。都市に来てからはずっと『瑠璃の珊瑚』の構成員だったからなぁ」
そう言うわけで、ローズに連絡が言ったらしい。
「で、どうする?受ける?」
ローズが尋ねる。
テンは迷うそぶりを見せたが、やがて頭を振った。
「ああ。逃がし屋の依頼は金払いもいいし、今の俺には願ってもねえ話だ」
緊急性の高い依頼、そして《仲介屋》からの直接依頼ということもあり、金払いは期待できるだろう。
ローズは俺に視線を向ける。炎のような緋色の視線が俺を貫いた。
「で、腑抜けは?」
言い返したいが、そう言われても仕方がないと思い口を閉ざした。
依頼自体は、美味しい依頼だろう。だが相応の危険もある。
都市間の移動もあるため、モンスターの相手をする必要がある。
そしてTVが都市から逃げる原因になった者にも対処しなければならない。
俺は悩んだ結果、答えを出した。
「………とりあえず、話を聞きたい」
詳しい話はTVがすると言っていた。それを聞いてからでも、答えを出すのは遅くはない。
そう判断し答えたが、ローズはますます不機嫌になり、椅子の下で蹴ってきた。
「痛いんですけど……」
1人でソファ席を占領しているローズは存分に左右の幅を生かし、長い脚を振ったため、滅茶苦茶痛かった。
「はあ、こいつダメね。数日中にはTVと会わせるから予定空けといて」
そう言ってローズは立ち上がり、去っていった。
「まったく、相変わらずだな、あいつも」
テンは苦笑し、肩を竦める。
「少し話そうぜ」
「そうだな」
俺は困ったように笑った。
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