剣士の『核』
「まいどあり」
再び青ざめた顔で四つん這いになった彼女に10万クレジットを払い込ませ、俺は笑顔を浮かべる。
金欠の俺には10万クレジットはかなりの大金だ。これで今月の家賃は何とかなるだろう。
俺は予期せぬ臨時収入に、上機嫌だった。
「これだから東区に行くのは嫌なんですよぉ」
「大通りを通ればこの手のトラブルは少ないぞ」
ギャングが縄張りを維持できていると示すため、大通りは意外と警備がしっかりしている。
そこなら揉める可能性は低い。ゼロではないのが、この都市の限界だが。
俺は返事のない彼女を放置し、大通りに向けて進む。少し遠回りにはなるが、これ以上面倒ごとに絡まれるのは御免だった。
俺は少し早足で道を急いだ。
◇◇◇
「うぅっ。ひどい目にあいました」
少女の義体を使った女性は、未だに揺れるような違和感を残す頭を振って、大通りを進む。
その視線は左右にせましなく揺れ、不審者そのものだが、それも仕方がない。ここは東区の中でも治安の悪いサンデラ地区だ。
屋台で売られている得体の知れない色の料理や公然と違法ドラッグを吸う住人、先ほどから何度も響いている銃声とそこらに残る銃創。
比較的裕福な育ちの彼女にとっては異世界に等しい。
彼女の過剰なまでの警戒と緊張は、常識との乖離からくる正常な防衛反応だ。だがそれは、この場所ではよく目立つ。
不自然な動きで正面から歩いてきた男が、よろけるように女性の方へと近づく。そして死角から腕を伸ばし、捕まった。
「やめてくださいよー」
「――――いっ」
男の腕が、細い手に握りしめられる。ぎりぎりと物理的な圧力に男はたまらず悲鳴を上げる。自身を見つめる恐怖の瞳に女性はため息をつき、拳を放った。
「ぎゃああっ――!」
悲鳴を上げ、地面に転がった男を女性は呆れを滲ませた瞳で眺める。
「私の義体見たら、防犯プログラムぐらい組み込まれてると思いません?いや、思わないからここにいるのかー」
最後に大きく息を吐き、女性は歩みを進めた。
辿り着いたのは、一つの小さなビルだった。
数階建ての元は企業のオフィスが入っていたテナントだったが、サンデラ地区の貧困化に従い、撤退した企業の跡地だ。
こんな場所がこの地区にはいくつもあり、ここもその一つだ。
割れた窓ガラスの破片を踏みながら、上層へと向かう。ある一室にノックも無しに入る。
「きましたよ。次のターゲットです」
彼女は挨拶も無しに、奥のデスクに座っていた男に一枚の写真を渡した。
その眼差しは、先ほどスリに向けていたものよりも、無機質で不満に満ちていた。
デスクの男に不満があるのではなく、この状況に不満があると言いたげな様子だった。
それが分かっている男は黙って写真を手に取る。そこには、積み上げられた『TV』が写っていた。
◇◇◇
俺は東区の中でも、中央区画に近い場所まで来た。都市中央区画は、都市管理機構の本部があるこの都市の心臓部だ。
そのため、治安の悪い東区、南区、西区とは、巨大な外壁で遮られている。
ちょうど、上空から見れば、上だけ空いた円形に見えるだろう。
ビル間をつなぐように走る空中道路も、中央区には伸びていない。それだけ警備が厳重な場所だ。
俺が今いる場所からも、巨大な壁がビルの隙間から見えている。
そして外壁付近に建設中のビルがあることに気づいた。
建設用のドローンが周囲を飛び回り、建材を吹きかけて外壁を作っている。
あのあたりの土地は、治安維持の観点から、都市が保有する場所だ。
かなり巨大な骨組みもあり、目を引く。何が出来るのだろうか。
そんなことを考えながら、ふと時計を見ると、約束の時間が迫っていた。俺は急いで走った。
瓦張りの屋根が並ぶ街並みの間を、巨大な龍や鯉のホログラムが舞う。原色のネオンが街を飾り付け、植物性麻薬のどこかすえた匂いが漂ってくる。
ここはアジアタウン。俺の目的地だ。
足早に裏路地を通り、白い建物の前に立つ。周りと比べても特に目立ったもののない建物だが、入り口の扉は鋼鉄製であり、物理的、電子的にも頑丈なロックが施されている。
「俺だ。ソラだ」
インターホンを鳴らし、名を名乗る。ここは完全予約制だ。先に予約しておかなければ入店すらできない。
「おう、入りな」
電子ロックが解除された音がし、扉が僅かに開く。俺は店内へと入った。
店内は一面武器に溢れていた。ショーケースの中には高価な銃器や弾薬が並び、壁一面にも様々な武器が飾られている。
店の奥のカウンターには、厳つい男が座っていた。
彼の名はスミス。この武器屋の店主だ。
「色々大変だったみてえだな」
スミスが言っているのは、俺が賞金首になったことだろう。俺の貧相な装備を見て、事情を察したように笑った。
「ああ。装備を新調したいんだ。頼めるか?」
「もちろんよ。予算は?」
「100万」
その言葉を聞き、スミスは顔を顰めた。
「お前の身体能力を考えると、戦闘服だけでほとんど飛ぶぞ。後は刀のバッテリーと弾薬を買えるぐらいか」
100万クレジットでは、大した装備は買えないとは思っていたが、想像以上に余裕が無いようだ。
「とりあえず、刀と銃を出しな。整備はサービスしてやるよ。その間に服見てな」
「ああ、頼む」
俺は手に持った〈蒼凪〉と拳銃の〈オリゾンR2114〉をカウンターに置き、店の一角に向かう。ホログラムの表示を操作し、戦闘服を見る。俺の眼前に様々な戦闘服がまるでそこにあるかのように浮かび上がる。
「いい知らせと悪い知らせがあるぜ」
俺の装備を見たスミスが、映画のセリフのようなことを言い出した。
「なんだよ」
「いい知らせはオリゾンは損傷がほとんどない。悪い知らせは蒼凪は死にかけだ」
酷使した差がもろに出ているらしい。
「死にかけってことは、買い替えか?」
銃器全盛のこの時代に、刀のような接近武器は数が少なく、また欲する物もいないため需給の問題で比較的高価だ。〈蒼凪〉は『
「いや。刀身のエネルギー放出口が痛んでるぐらいだから、コーティングでしばらく持つ。だがよ、この痛み方は刀に負荷がかかるような使い方をしたってことだ。刃もかけてるし、無茶な使い方を続けたらすぐ折れるぞ」
心当たりはあった。ミレナの操る地下の機械だ。力場シールドを展開する機械を斬るために、エネルギー放出を全開にし、思い切り振り回した。
それでも、たった一度の戦いで壊れかけるとは思わなかった。
「力任せに振るのはやめとくよ」
前の短剣もそれで壊したのだ。もっと高性能の剣を買えるようになるまでは大事に使うとしよう。
だがスミスは、俺の過ちを指摘するように首を振った。
「力の問題じゃねえよ。この刀、かなりいいやつだ。お前の力にも耐えられる。問題は、お前の心だ」
「心?」
急に精神論を言い出したスミスを、俺は胡乱な眼差しで見つめる。
余りにこの男らしくない言葉だった。
「お前、迷ったろ」
スミスは俺の核心をつくようにそう言った。
そして俺はその言葉に心当たりがあった。
ミレナと戦う時に俺は躊躇いが無かったと言えるか?
一度は肩を並べた相手に振るう刃が、普段通りだっただろうか。
「刀ってのは引き金を引けば弾が出る銃とは違い全身で扱うもんだ。使い手が迷えば刀身はブレる。芯を外せば刀は脆い」
そう言ってスミスは、刀の刃を見せてきた。細く、今は欠けて波打つような刀身を。
「俺の店は近接武器を取り扱ってるからな。こんな腑抜けた武器をいくつも見て来たぜ。自分の強さを疑った奴の剣は簡単に折れるし、殺意に迷った奴の武器は欠ける。これからも剣を使うなら、ブレない何かを持つことだ」
スミスの言葉は、近接武器を数多扱う商人として、そしてその使い手を見てきた男としての忠告だった。
「何かってなんだよ」
俺は負け惜しみのように問うた。
「技への自信。殺してきた数。相手への殺意とか欲望とかいろいろだ。要はどんな状況でも武器を振るう手が鈍らないようにするための核だ」
それはきっと、目的とも言っていいだろう。俺には欠けている物だ。金を持って成り上がってやりたいという意欲も無いし、ただ生活のためだけに傭兵をやっているような男だ。
「難しいな」
思わず、弱気な言葉が零れる。
それを聞いたスミスは笑う。
「それが近接武器を使う奴が少ない理由でもある。まあ、これからも刀を使うかはしっかり考えときな。応急処置はしとくが、近いうちに買いなおした方がいいぜ」
「金がねえんだよ………」
「なら稼ぎな。それがこの都市だ」
最後に正論を言って、スミスは笑った。
俺は結局、50万ほど出して戦闘服を買った。黒色の上下の戦闘服で、急所や関節部分には柔らかい素材のプロテクターが張られており、以前使っていたものよりも少しごつくなったが、その分性能は上だ。
残りの50万で〈蒼凪〉の追加パーツと弾薬を買った。刀身の保護をするための被膜材とバッテリーの拡張部品だ。これにより、以前より大型のバッテリーを付けられるようになり、出力も上がった。
また、ひと箱10万ほどする回復薬も購入した。以前の戦いで回復薬に助けられたことがあったため、買っておこうと思ったのだ。
後は、オリゾンの弾だ。対モンスター用の貫通力に優れた装甲弾と威力の高い強撃弾を買った。
ライフルの類を買う余裕が無い以上、残ったオリゾンの強化は必須だったためだ。
ほぼ全財産を使い、俺は何とか装備を整えることが出来た。
後は仕事を探すだけだ。どうしようか。
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