海底の人魚

■ソラ達がミレナの依頼を受ける一ヶ月前


ドックの門が開き一隻の白い潜水艦が収納される。全長二百メートルの超大型戦闘艦であり、鉄とも石材とも取れる不思議な質感の表面装甲から前期文明の遺物であることが分かる。

現代製の兵器はもちろん、前期文明の強力な武器であっても破壊するのは困難を極めるその潜水艦はボロボロだった。

先頭に積まれた主砲も含め、武装はほとんどが砕け、外装も傷だらけで、所々に穴が空いている。どの損傷も鋭利で巨大な刃物に切り裂かれたような滑らかな断面を晒しており、いったいどんな敵と戦ってきたのかと、その場に集う者たちは息を呑んだ。


技術者たちが修理をするために慌ただしくが動き回る。前期文明の潜水艦だ。壊れれば大きな損失となる。

この潜水艦は、前期文明の軍事施設が集う他大陸の『探索者』から大金を出し購入した物であり、今や彼らの資産のほぼ全てだ。

それを失うまいと彼らは必至だ。


潜水艦の扉が開き、中から何人かの探索者たちが出てくる。強力なP.A.S.や前期文明の全身義体を見るに、高ランク探索者であることが分かる。

それと同時に、その探索者特有の威圧感と暴力を躊躇わないであろう荒んだ雰囲気は、彼らがまともな探索者ではないことも表していた。


事実、彼らは落第者だ。『外域』で延々と続く探索者と前期文明の争いに嫌気がさし、あるいは自身の才能の限界を悟り、同業の探索者を襲う盗賊になった者や犯罪組織の用心棒となった者たちだった。

だが彼らがそこいらにいる犯罪者もどきとは違う点が一つ。それは強さだ。

彼らはその強さと野望で大陸中部の危険地帯まで進出した探索者たちであり、その力はプラジマス都市周辺ではずば抜けている。彼らが結束すれば、都市の一つも落とせるほどの実力者たちだ。


そんな実力者たちは今、生還できたことへの安堵の息を吐き、タラップを降りている。


ギャング組織の統領ドールズは前期文明の潜水艦が半壊した光景を見ながらも満足そうだった。なぜならこの探索者達は損害を上回る利益をこの都市にもたらしたからだ。


ドールズはドック内に降り立った探索者達に歩み寄り声をかける。

「探索の成功、おめでとうございます」

その厳めしい面に似合わない敬語を使い、ドールズは探索者たちを出迎える。

それは本来、あり得ないことだった。彼は海洋都市ラグーンの裏社会を牛耳るギャングの統領であり、都市の幹部であろうとも彼は尊大な態度を崩さない。

それにも関わらず、ドールズの態度を不思議に思う者はこの場にはいなかった。


彼らの関係性は、『協力者』だ。対等の存在ということにはなっているが、その実態はドーラスが大陸東部付近から招き寄せた客人だった。

この近辺では過剰戦力となる探索者たちを、ドーラスがギャング組織が傾きかねないほどの報酬を支払い、招集した理由は、新たな海底遺跡の発見だった。


海洋都市ラグーンは、大陸西部の端に存在する領土の半分が海に浸かった都市だ。前期文明時には大陸間の海洋貿易の拠点となって場所であり、凶悪なモンスターが多数潜む海上を安全に航海できる設備を保有している遺跡でもある。

『都市連邦』はラグーンを管理する都市管理AIと交渉し、ラグーンを都市として運用する対価として、都市の防衛と海上輸送の協力を約束した。

現在ラグーンは、海上遺跡ラグーンが定期的に運航する大陸間輸送船の機能の一部を使い、他大陸との取引を成立させている。


ラグーンの最大派閥のギャングであるドーラスもまた、その大陸間輸送に噛んでいた。そしてドーラスは輸送の際に、都市近郊の海底に、海上遺跡ラグーンを超える規模の遺跡が眠っていることに気づいた。

未発見の遺跡には、手つかずの遺物が数多く眠っており、その価値は計り知れない。

だがその危険度も不明だ。商業施設が海に沈んだ程度であればドーラスの手勢でも攻略できるかもしれない。


しかし、前期文明の重要施設であったり軍事施設であれば、探索が失敗するのみならず、周辺都市存亡の危機となる。事実、軍事施設を刺激した結果、滅びた都市は枚挙にいとまがない。

遺跡からモンスターを溢れさせ、都市に被害を与えた者に待つ運命は絶望だ。賞金首になり、死ぬまで追われるか、途方もない額の借金を負わされ人体実験の被検体が出ないほど、凄惨な見せしめになることは間違いない。


そのためドーラスは、例え地下の遺跡が軍事施設であろうと攻略でき、もしもの時はドーラスを連れ、国家外まで逃げられる脛に傷を持つ者を集めたのだ。

探索者たちに支払った多額の報酬、そして前期文明の潜水艦を最前線の探索者から購入したことで、ドーラスのギャング組織の資金は底をついている。

今回の遺物収集の結果次第では、このまま没落する可能性も高い。

探索者たちの返答を待つドーラスの眼差しには、隠し切れない緊張が浮かんでいた。


「ああ、成功だ。山分けしても十分な額だろうよ」

探索者は誇らしげに潜水艦から運び出されている遺物を見ながらドーラスが知りたがっているだろうことを教える。

収集した遺物の配分は、探索者たちが9割、ドーラスが1割だ。

未発見の遺跡の座標を提供し、そこに行くまでの足を準備した探索の計画者への配分としては、少額だ。だがそれに異を唱えられないほど、ドーラス達ギャングと探索者たちの戦力は乖離していた。

そして一割の配分であろうとも、投資額を全額回収できるほどの成果があった。

これが遺物探索のロマン。掛け金も膨大だが、途方もないリターンが期待できる。

ドーラスは賭けに勝ったのだ。


「それにしても、凄まじい傷ですね。一体どんな敵が?」

ドーラスは、潜水艦の激しい損傷に触れる。

それは、前期文明の希少な遺物を破壊したことへの嫌味とも捉えられる言葉であり、普段のドーラスであればそんなことは言わなかっただろう。

だが今のドーラスは手に入る大金に気が緩み、そのことに気づけなかった。


探索者のリーダであるゲムは、ドーラスの疑問を聞きいて顔を顰めた。

その時ドーラスは、ゲムの機嫌を損ねたかと、顔に緊張感を走らせる。

だが、ゲムは機嫌を損ねたわけではない。ただ答えが分からない問いを出され、悩んだのだ。

「………探索自体は順調だった。難易度は俺達でもやばいってぐらいの遺跡だったが、遺物はそこら中にあったからな。

潜水艦の破壊は、帰りに受けたもんだ。どんなモンスターか知らねえが俺は二度と行かねえぜ」


遺跡の防衛機構が起動したのか。あるいは巨大な潜水艦の存在が、近くのモンスターを招き寄せたのか。どちらにせよ、潜水艦を破壊した存在は優れた探索者たちにとっても、戦いたくない相手だったようだ。

これからも遺跡で手に入る遺物を天秤にかけても。


探索の成功が、危険な綱渡りの上の物だったと知り、ドーラスは曖昧な表情で頷いた。

そしてその脳内では、遺跡の危険度と得られるリターンを比べていた。ドーラスの権力で招集できる探索者では、次の探索も成功させられるかどうかわからない。この遺跡は完全に、ドーラスの手に余るものだ。

遺跡の独占は諦め、遺跡の座標や敵の分布、地図を高額で探索者に売却する方が賢い選択だろうと、裏社会を生き延びたドーラスの勘は告げている。

だが―――


ドーラスは、潜水艦の貨物室から運び出された遺物を見る。一メートル四方の頑丈な防護箱が山ほど積まれている。あの中には、危険な遺跡でなければ手に入らない希少な遺物が詰まっている。

あの遺跡は、一回の探索で捨てるには惜しい。その思いは積まれていく箱を見る度に大きくなっていく。膨れ上がったドーラスの欲望は、遺跡の情報を売り払うことで得られるような『端金』では満たせないだろう。


「なあ」

そんなドーラスの欲望を理解したのか、ゲムが歪な笑みを浮かべ話しかける。

「俺はあの遺跡のもう一度行くのは御免だ。だけどよ、俺達以外なら行きたがるんじゃねえのか?」

ドーラスには、ゲムの言葉の意味が理解できなかった。

だが、欲望の裏に悪意が滲んだゲムの表情を見て、彼の言わんとすることを理解する。

彼は遺跡の脅威を知らない探索者を探索に向かわせればいいと言っているのだ。


「伝手は俺がある。俺達を誘ったみてぇにそいつらを誘えばいい。もちろん、紹介料は貰うがな」

ゲムの提案はビジネスだった。彼とそのチームはこれ以上遺跡を探索する気は無いが、まだ稼げると考えている。

だからこそ、探索者の斡旋だ。ゲムが金に困っている強力な探索者を紹介し、ドーラスが彼らを遺跡へと誘う。探索が成功しようと失敗しようとゲムは紹介料を得られる。


その提案は、ドーラスの背を押した。ドーラスは小さく頷いた。

彼の脳内はすでに、次の探索が成功した未来が写っていた。今回の遺物の売却額と合わせれば、膨大な額が手に入る。そうなれば、ドーラスは裏社会の仕切り屋という小さな地位を超え、『大企業メガ・コーポ』へと成りあがることが出来るかもしれない。

そんな輝かしい未来が、彼の中では決定事項となっていた。


そんなドーラスをゲムは心中で嘲りながらも止めない。彼とドーラスは今回限りの仲だ。すでにゲムは探索からは手を引く気であり、ドーラスがその後どうなるかは知ったことでは無いと割り切っている。

彼は今回の遺物の儲けを持って、東へ戻ることしか考えていなかった。


遺跡にのめり込むドーラスに、探索者として割り切ったゲム。だが彼らは二人とも忘れている。遺物は持ち帰って終わりではない。それを守り通し、売り払うまで金にはならないと。


ドーラスは、『ビジネス』の詳細を話し合おうと口を開く。

その瞬間、ズン、という鉄の軋む音がした。

ドック内の人間が動きを止める。空間を静寂が支配し、波のうつ音だけが微かに聞こえる。


「なんだ、今の音は!?」

ドーラスが声を荒げ、静寂を破った。彼らが潜水艦を迎えたドックは、ドーラスの縄張りの内側であり、そこを襲撃するようなものはいない。

ドーラスの部下たちは狼狽えるように辺りを見渡すが、探索者たちは違った。彼らは銃を構え、潜水艦が入ってきた門の方に銃口を向ける。


「戦えない奴らは離れてろ」

ゲムの声は冷たく、努めて冷静であろうとする戦場の気配を漂わせていた。

「なっ、お前等遺物を運び出せ!」

ドーラスは敵がただのチンピラやドーラスの敵対組織の人間ではないことを知る。

探索者であるゲムたちからすれば、この都市の戦力など笑ってあしらえるレベルだ。

そんな彼らが臨戦態勢に入る相手など、『遺跡』しかない。

ドーラスは先ほどの衝撃を思い出す。あれは、地下から響いてはいなかったか、と。

ドーラスはせめて遺物だけでも逃がそうと、部下に指示を出す。

だがそれは、遅すぎた。


鉄の軋む衝撃が再び響く。今度の衝撃は正面からだ。

同時に、ドーラスの電脳に、施設への襲撃警告が表示される。その表示によれば、ドックへの入り口である正面隔壁が破損していた。

それは、シールド発生機能を持つ隔壁が、一撃で破壊されたということだ。

そして三度目の衝撃は斬撃となり顕現する。

鉄の門が引き裂かれる。それはドック内と海底を結ぶ連結路だった。

海中から飛び出した何かは、水しぶきをまき散らしながら潜水艦の上に立った。


それは人だった。少なくとも探索者たちにはそう見えた。海のように蒼い長髪を持つ小柄な少女だ。白い全身に張り付くような独特な衣装に身を包んでいる。海から出てきたのにその服が濡れている様子はなく、見たことのない材質でできていた。間違いなく前期文明の遺物だろう。


女性は感情のうかがえない瞳で周囲を見渡す。

その瞬間、歴戦の探索者たちは感じた悪寒に従い、引き金を引いた。

探索者たちの持つ高火力の銃器が壊れかけの潜水艦もろとろ女性を砕こうとする。

しかし、女性に弾丸が届くことはない。女性を覆うように半透明の膜が出現し、弾丸を受け止める。


(ふざけんなよ!エネルギーバレットだぞ!力場シールドも砕ける弾なのに!?)

火薬の代わりに内包されたエネルギーを使い、加速させることで高い貫通力を持つ弾丸が止められる。プラジマス都市周辺では出回らない高威力の弾丸だ。

ゲムの使える最高火力が止められた以上、勝利は絶望的だ。

女性が撃たれながら腕を振るう。ゲムは勘に従い慌てて飛び退くと、真横をなにかが通った。


「グゲェ」

くぐもった悲鳴を聞き、ゲムが後ろを振り向くとそこには床もろとも左右に両断された探索者の死体があった。

よほど切り口が鋭かったのか、死体は飛び散ることもなく、ゆっくりと二つに分かれたまま臓物を溢しながら横たわった。


見た限り、武器の類は無くその身体も生身にしか見えない。

だが女性が腕を振るうたびに人が死に、血が舞う。

平和だったドックは瞬く間に棺桶に変わった。

(あれは、水を飛ばしてるのか?いや、それよりもなぜ俺たちを狙うんだ……)

探索者としてのゲムの動体視力が幾度もの攻撃に慣れた結果、その斬撃の正体を知る。


(水分を操作する超能力か遺物……)

おそらく最初にゲムたちの弾丸を防いだのも水の膜だろう。そして不思議に思う。どうして追撃が来ないのかを。


(あいつ、遺物に近づくやつを優先的に狙っているな!)

ゲムは侵入者の狙いに気づく。

敵にとってゲムたちはいつでも殺せる程度の存在なのだろう。だから見逃された。

長らく感じなかった屈辱に頭に血が昇りかけるが、油断しているなら好都合だと考え、辺りを見渡す。


すると同様に周りを見ていた探索者の一人と目が合う。その男はゲムと同期の男だった。昔からソリが合わず、いつも競い合っていた男だ。伝えたことはないが、ゲムは彼をライバルだと思っていた。

彼はゲムの方を見て笑うと、グレネードのピンを抜きながら遺物に向かって走り出す。


ゲムはそれだけで、彼がしようとしていることを察知する。そして理解した、もう話をすることも、いがみ合うこともなくなるのだと。


「おらぁ、こっちだ!バケモン!お目当ての遺物が吹き飛ぶぞ!」

遺物を爆破しようとする者の存在に気づいた女が水の刃を放つ。

その刃は男の力場シールドもP.A.S.もあっけなく両断し、男の命を奪った。だがそのグレネードは慣性に従い、遺物の詰まったボックスの側に転がる。


しかし、女の行動は早かった。空中から湧き出た水が即座に遺物の周囲を水の膜で囲む。


その爆発は空気を揺らしながら男の遺体もろとも遺物を包みこむが、遺物には傷ひとつついていなかった。


だが、男の目的は果たされた。遺物を守る女に向けてゲムが銃を構える。

(EBを防ぐほどのシールド。お前のエネルギーがどれだけあるのか知らないが、2枚目ははれないだろ!)

強力なシールドほどエネルギーの消費は激しい。ゲムたちの目的は女に遺物を守らせ、本体の守りを薄くすることだった。


ゲムは叫びながら銃を乱射する。放たれた弾丸は女に収縮し、その身を砕くかと思われた。しかし―――


「アぇ?」

現実はゲムの思い通りにはならなかった。無情にもはられた二枚目の水の膜が女を守り、その手から離れた水の刃がゲムを斬る。

ゲムは何が起こったのか理解することもなく、息絶えた。


ドックでの戦闘が終わった。強力な装備と遺物を所持する探索者たちは、敵の女に傷一つ負わせることも出来ず、死に絶えた。

そこにいるのは謎の女だけになった。

潜水艦の整備のために呼び出されていた技術者やギャングの戦闘員は戦いに巻き込まれ、死んでいた。


「封印指定の存在を確認。回収します」

女は独り言を呟き、遺物を収めたボックスに近づく。

中を見て女は端正な顔をわずかに顰めた。

「数が一致しません。潜水艦でここまで運ばれたはずですが」


女は遺跡から持ち出された遺物を追跡していた。探索者たちが遺跡から出た時からずっと。

(記録では戦闘中に見失ったようです。ワタシの探知能力を超える遺物、または超能力によって持ち去られたと見るべきですね)


自身の体内に内蔵されている索敵機器の記録を確認し、遺物が消えた時を推測する。

女は面倒なことになったとため息をつくと、深海から遺物の回収用機械を呼び出しその場から姿を消した。後に残されたのは中身のないボックスと散乱する死体だけだった。


都市内で未知の勢力に襲われる。これは明確な都市の防衛部門の失態だった。だが女の記録は監視カメラや情報機器から消され、都市側も死んだのがギャングということで、裏社会の抗争として片づけられた。


ギャング組織の長、ドーラスの死体は発見されず、行方不明となった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お待たせしました。週に一度は投稿するので、よかったら読んで下さい。

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