ミレナ戦

俺達がたどり着いた広間は、正確には幅の広い通路のようだ。

長方形のその場所は、旧通路の広間とは違い、天井には等間隔で電灯が埋め込まれ、壁面には整備用のポットが並んでいる。


TM-10の整備施設だ。ポッドの中には充電中の機械が多数見える。

そして整備室の中心にはミレナの姿があった。彼女は立ち止まり、こちらを見ている。


逃げていたはずの彼女が立ち止まり、俺達を待っていた。その事実に警戒心が湧き出す。俺達は彼女と距離を取り、立ち止まった。


俺とローズの二人なら、正面から戦っても負けることは無い。だが、彼女の冷淡な表情と覚悟を決めた眼差しが踏み込むことを許さない。


「ミレナ、なぜだ」

睨みつけるローズの代わりに俺が問う。答えを聞いてもすることは変わらないが、それでもずっと抱いていた疑問を投げかける。


「なぜ、なんて分かり切っているでしょ」

彼女は確かな言葉は口にしないが、言いたいことは分かる。俺達、傭兵ウルフが裏切り、殺し合う理由なんて金だけだ。


だけど、どこか気品があって、気高い彼女の在り方は、金なんていう俗な理由と結びつかなかった。


「私もあなたたちも、金のために人を殺して、犯罪を犯している。金は命よ、ソラ。特にこの都市では」


そんな俺の理想を、幻想を彼女は言葉で打ち砕く。無情で、冷静に。

彼女は視線で問うてくる。お前は違うのかと。

違わない。何も違わない。平穏に生きていても金に困らされ、困窮し、力と自由のために金を欲して傭兵となった。


何者かに身柄を狙われ、死を偽装し傭兵になったことなど、ただの成り行きでしかない。傭兵となった理由は成行きでも、傭兵であり続けたのは俺の選択で自由だ。それ以外に人生を歩む術が無かったから。


彼女も同じ。自由と願いと人生と同義の金を得るために、彼女らしく生きている。

だからきっと殺し合うだろう。金なんかのために。数千万クレジット程度を取り合うために。

それが《傭兵ウルフ》。それがこの都市だ。


「やるわよ。何が来ても、ぶち抜く」

ローズが姿勢を落とし、脚にエネルギーを貯める。


「ここで死んで。ローズ、ソラ」

ポッドが開き、TM-10が湧き出てくる。傅く兵士のように女王に従い、刃を抜く。円刃の回転音が重なり、低く地底を揺らす。

俺は静かに刀を抜いた。


戦いの勝利条件。ミレナは俺たち二人を殺すこと。あるいは、都市側の包囲網が完成するのを待ち、撤退することか。


彼女は見ての通り、地底の機械を操っている。ならば、自身のみを機械の索敵から外すのもお手の物だろう。


対する俺たちの勝利条件は、ミレナの捕縛だ。殺してしまっては懸賞金を解かせる術が消える。彼女は言うならば鍵だ。


テネスと言う解決策へと至る門を閉ざす鍵だ。壊すことは出来ない。切り伏せ、電脳が停止状態に陥るほどの重傷を負わせることもできない。


ローズは貯めたエネルギーを放出する。力場を捻じ曲げ、圧倒的な加速で直進する。

ブレードを突き出し、一直線にミレナへと向かう。


ミレナはTM-10を自身の周囲へと配置し、防御を固めた。まるでチェスのキングのように自陣の奥へと引き籠る。


だがローズは自由自在に天を舞う狩人だ。ふわりと機械の前で飛び上がり、宙へと浮かぶ。そして何もない空中を蹴りつけ、頭上から急襲する。


だがその一撃は、に阻まれた。


「――ッ!」

一瞬の停滞。突撃の速度を殺されたローズは無防備に宙に放り出される。

そこへ伸びたTM-10の副腕が振られる。先端で回る刃は容易くローズの義体を切り裂くだろう。


「ふっ!」

だがそうはならない。させない。俺はエネルギーの刃を5メートルほどに伸ばし、ローズへと向かう副腕を全て斬れる軌道で振り下ろす。


細い副腕は青刃状態ではない普通の状態でも容易く斬れる程度の強度しかない。TM-10は所詮、対モンスター用の足止め程度の戦闘能力しかない。


だが俺の一撃は、辛うじて副腕を二本斬り飛ばし、残りの軌道を変える程度の被害しか与えられなかった。


それでもローズを致死圏から逃がす時間稼ぎには十分であり、彼女は宙を蹴って俺の横に戻って来る。


「力場シールド………」

ローズは機械を守る鎧の正体を言い当てる。前期文明の遺物であり、未だ現代技術で作り出すことのできない『失われた技術ロストテクノロジー』だ。なぜかそれをこの機械は纏っている。


「この部屋の機能よ。TM-10を整備するポッドを守るための機能だけど、別のものに流用することも出来るの」


ミレナは力場シールドの仕組みを説明する。それは余裕からくる油断ではなく、こちらの戦意を挫くためのものだ。

整備室の機械は20体ほど。その全てがシールドを纏い、襲う。


俺達に勝ち目はないのだと彼女は暗に告げる。

ミレナを守る機械。そして俺達を包囲するように配置された機械。

前者は力場シールドで守りを固め、ミレナへの道を閉ざす。

ならば、後者の役目は………。


「来るわよ」

大型の機械が、機械脚を動かしながら接近してくる。その巨体は、まるで速度を緩めない。


「――まじかよ!?」

俺とローズを分断するように通過した機械に俺たちは手を出すことが出来なかった。頑丈で巨大な質量体。それだけでその機械は脅威足りえる。体勢を崩す俺の頭上に影が差す。


俺は振り下ろされた副腕を掲げた〈蒼凪〉で受け止めた。


――重い。だが、軽い

所詮は運搬用機械。いくら巨大で力場シールドによる鎧を着こんでいても、その出力はたかが知れている。

俺の肉体能力なら、副腕の攻撃ぐらい正面から受け止められる。

だが俺の振るう刃は一本で、相手は4本だ。


足を止めた俺を掬い上げるように、硬い地面を削りながら副腕が振られる。

回転する先端部が破片を削り取りながら迫って来る。

後ろに下がれば残りの一本が俺を狙う。


足の速い相手を殺すには、それすら潰す『技』をぶつけるか『手数』で押す。

ミレナは幾度にも及ぶ俺の戦闘を見て、それを学んでいる。


彼女は初めから、この地下での戦いを想定していたのか。そう思いたくなるような嫌な機械で、俺を的確に詰みへと向かわせるプログラムだ。


だがミンチになるのは御免だ。

俺は、攻撃を受け止めた刀を傾け、前進する。


そこは恐らく、ミレナが真っ先に思考から捨てた死地だ。だって逃げ場がない。正面はシールドに守られた機械のボディ。背後からは迫りくる副腕。挟まれ、潰され、刻まれるのみだ。


だがそれでいい。だって背後は機械のボディがあるんだから。

俺は上部からの副腕をいなし、振りむく。そこには、俺をボディに押し付け、押しつぶそうとする二本の副腕と地面に突き刺さった一本の副腕。


俺は刀に最大出力のエネルギーを回し、振り下ろす。3本の副腕がまとめて切断され、返す刀で最後の一本を刻む。そうなれば、終わりだ。


後は走り回る巨大な機体だけ。それだけでも厄介極まりないが、俺の武装では力場シールドは抜けない。

横目でローズを見る。彼女は俺とは違い、副腕を置き去りにし、刻んでいた。

だがローズもまた、本体のボディに張られた力場シールドを抜けない。


「貴方たち二人の弱点は『圧倒的な防御力』と『手数』。そうでしょう」

ミレナは問いかけるように、確信を込めて宣言する。お前たちでは勝てないと。そしてそれは、苦渋に顔が歪むほど正解だった。


「次よ。行きなさい」

俺達を囲んでいた包囲網から、次の二体が出現する。俺たちが副腕を切り飛ばした二体は、包囲網を超えて、ポッドに入った。


「はあ!?」

修理か!俺たちが機械に与えた損害は、副腕のみ。その程度なら、この地下の設備でも十分修復可能だろう。


彼女は決して二体ずつしか俺達と戦わせない。連携を取ろうとすれば、機械の疾走で両断する。そうすることで、同士討ちを狙わせず、ポッドの修復速度と被害が吊り合うようにしている。


彼女は絶対防御と手数を用意したと言った。だがそれは、俺達を押しつぶすためのものではない。脱出不能の檻に閉じ込めて、じわじわと体力とエネルギーを削る作戦だ。


ローズは今も危なげなく攻撃を躱し、両のブレードを使い、踊るように斬撃を繰り出している。端正な横顔からは疲労の色は見えないが、彼女も永遠に戦えるわけではない。


(ローズの義足のエネルギーもやばいし、俺の〈蒼凪〉も……!)

振り下ろされる攻撃を背後に飛んで避けながら、刀の柄に最後のバッテリーを装填する。


〈蒼凪〉のエネルギー攻撃ができなければ、俺は副腕に張られた薄いシールドすら貫けない。そうなれば、彼女はとどめを刺しに来る。数多の機械を使って。


(クソっ!キリがねえ……!)

このまま機械どもを相手にしても埒が明かない。地上の包囲網もタイムリミットが近い。


吐きだす息が荒い。呼吸が乱れる。パニックに陥りかけていることを、その時自覚した。

この状況をどうにかしなければいけない。その手段は初めから提示されている。


指揮官を倒すこと。機械の盾に囲まれて、力場シールドで固められたあの中にいるミレナを倒すことだ。


〈蒼凪〉のエネルギーブレードは力場シールドを抜けなかった。だがそれは延長した刃だ。刀身にエネルギーを宿した状態で斬ったことは無い。


通じるのか分からないが、それ以外に方法はない。少なくとも、火力と言う点では対人に寄っているローズよりは可能性がある。


「やるしかないか」

俺は突撃してきた機械の真横に身体を潜り込ませる。背後の地面を砕く衝撃を感じながら身体を反転させ、機械の横腹を思い切り蹴りつける。


「おらっ!」

激しい衝突音を響かせながら、数トンはあろうかという機械の身体が持ち上がる。副腕を動かし、バランスを崩したボディを支えようとする。


その時確かに、俺と戦っていた機械は無防備になり、何もできなくなった。

俺は両手で〈蒼凪〉を水平に構え、横薙ぎの姿勢を取る。


――無防備になった副腕への攻撃

今まだ幾度も繰り返してきた攻撃。だからこそ、虚をつくブラフになる。


俺は地面を踏みしめ、身体を落とす。深く、深く。ただの斬撃ではあり得ないに、ミレナも異常に気付くがもう遅い。


俺はTM-10に背を向け、ミレナを囲む機械群に向かい跳ぶ。

体を捻り、二の太刀を考えない斬撃を、繰り出し、直撃。


「おああああああああああああああッ!」

渾身の烈叫とともに振り抜いた刀は、機械の装甲を切り裂き、内部を膨大な熱で蹂躙する。

修理不可能なほどの大ダメージを負った機械は、シールドを受け付けることも出来ず、副腕を不規則に動かし、倒れ込む。


エネルギー切れ。バッテリーが切れた〈蒼凪〉が小さな停止音を立て、ただの刀に戻る。

それでも、義体を切るには十分だ。


「―――ッ!ソラ!」

苦々しく歪んだミレナの端正な顔立ちが映る。それは、俺と彼女を隔てるものはもうないということだ。


僅か数歩の距離。それでも、エネルギーの尽きた〈蒼凪〉の間合いでは届かない。

既に、ミレナを守っていた機械は、俺という敵を排除しようと副腕を振りかざしている。


「ミレナぁ!」

踏み込む俺とミレナを分断するように、機械の腕が叩きつけられる。

俺は足を止め、たたらを踏んだ。


周囲の包囲網を形成していた機械群も、一斉に駆け出す。なりふり構わず、俺達を殺そうとしてきた。

その様子は、地面がめくれ上がり迫ってくるような、そんな迫力がある。

だがいいのか、ミレナ?包囲網を狭めたら、獲物を取り逃すぞ。



素直に主人の命令を執行しようとする機械の動きは、単純で、愚直だ。

一斉に距離を詰めながら、ソラという危険因子を処理しようとしている。

焦るミレナに勝負を急ぐソラ。それら全てを予想していたものが一人。


――分かりやすい。

ローズは迫りくる壁を見て、嗤笑を浮かべる。

ソラもミレナも分かりやすい。


ソラは打開策の見えない現状と尽きていくエネルギーに焦り、勝負を急ぎ、突撃するだろうと分かっていた。

前期文明旧期の小型力場シールド発生装置では、〈蒼凪〉の刃を防げないことも分かっていたし、踏み込まれた指揮官がどういう行動をとるのかもローズには予想出来ていた。


だからローズは、初めからミレナへの攻撃は捨て、周囲の観察をしていた。

そして、斬った機械の副腕が修復され、包囲網に加わるとき、僅かに動きが変わることにも気づいていた。


(恐らく、ミレナは

あらかじめ、3つのプログラムを部屋に仕掛けている。

一つは、ミレナの周囲を守る親衛隊。

二つが、包囲網を形成する機械。

三つ目が、損傷を追い、ポッドで破損を直すプログラム。


そして、ソラとローズを襲う機械は、手動で操作しているはずだ。

二体しか一斉に襲わせないのは、機械同士の同士討ちを避けるためではない。あれだけの数がいれば、同士討ちをしようとも、人2人程度は押しつぶせる。


なら、答えは一つ。一度に操れるTM-10の数は二体、多くても三体が限界だということだ。


ローズは義足を使い、天井付近まで飛び上がり、機械の波を飛び越す。

蠢く機械脚のせいで砕けた地面の欠片が天井まで飛んでくるが、それだけだ。機械の回転刃や副腕は振り下ろされない。


TM-10は動くローズには反応しない。機械にソラを殺すように命令したせいで、それ以外は後回しにされているのだ。


「これでしょ」

ローズはポッドを切り裂いた。機械にシールドを張ったせいで、薄いシールドしか纏っていないポッドを。

ブレードは容易く機体に突き刺さり、飴細工のように鉄のボディを切り裂いた。

その瞬間、機械の動きが停止した。

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