殺戮機械
輪唱する数多の爆発音。そして支えを失った天井が瓦礫を溢しながら、ゆっくりと崩壊へと向かい始めた。
「――ッ!何が」
落ちてきた瓦礫を刀で斬り捨て、周囲を見渡す。
だがそんなことをする余裕は無い。
「ソラ!逃げるわよ!」
「なっ!でもテンが!?」
テンは広間中央付近で戦っていたはず。今は落ちた瓦礫が巻き上げた砂ぼこりに隠れ、姿は見えない。轟音が鳴り響き、音も聞こえない。
「テン、どこにいる!こっちだ!」
立ち尽くし、テンの姿を探す。だけど、何も見えない。崩落が崩落を呼び、既に視界は破片の山だ。
「馬鹿!探す暇はない!」
このままだと二人も死ぬ。そう判断したローズは俺の首元を掴み、無理やり引っ張る。
「なっ、でも!」
「飛ぶわよ!」
ローズは、出口の方を見つめ、俺の首に手を回した。繊手が襟元を掴み、固く閉じられる。そして、急加速。ローズの義足の能力で一気に最高速で走り去る。まるで親猫に連れられる子猫のように、俺は掴まっていただけだった。
「……ぎりぎり、だったわね」
砂塵が舞う。汗に絡みつき、顔を汚すそれを鬱陶しがる暇はない。俺たちが通った通路は、完全に瓦礫で潰れ、埋もれてしまっている。
中もきっと、同じような状況だろう。
「くそっ。……テンっ!!」
狭い通路に俺の声が反響する。だが、答える言葉は無い。あいつはこの瓦礫の先にいる。
生き残っているのか。それすらも分からない。少なくとも、崩壊し始めてからはテンの様子を伺うような余裕は無かった。
だがそれでも、テンの方が広間からの出口に近かったため、他の出口から脱出している可能性はある。……していることを祈るしかない。
「ソラ、行くわよ」
ローズが弱く俺の肩を掴む。彼女は叫ぶことも無く、ただ前を見ている。
「………ああ」
行かなければ。俺たちに立ち止まる余裕は無い。俺が嘆き悲しみ、ミレナを取り逃せば、全ての意味がなくなってしまう。せめて、目的だけは果たす。
俺はローズと並び走り出した。
俺達は、地下貯水施設の通路は、機械を躱しながら、旧通路は鼠を蹴散らしながら一本道で進んでいった。
今俺たちはかなり深く潜っている。少なくとも、ジャマーが張られた地下通路で、俺たちのいた広間まで干渉しようとすれば、旧通路に踏み入らざるをえないぐらいには深い。
俺達の作戦は、自分たちを囮にし、ミレナをおびき出すこと。そのために電波の通りづらく、ネットワークの設備も無い地下通路を選んだ。
そしてミレナの雇った傭兵である金髪の男と人形から獣の血の匂いは無く、俺たちに追い付く速度も速かった。
それを考えれば、ミレナたちは、俺たちが通った通路をそのまま進み、モンスターとのエンカウントを避けたということだ。
ならば、ミレナは俺たちが通ってきた道を戻ればいる可能性が高い。
俺達は道に立ち塞がるモンスター共を、文字通り蹴散らしながら進む。
時には壁や天井すらも足場にし、勢いを殺すのは曲がり角だけだ。
身軽な俺とローズの二人だからこそ可能な軽業。皮肉にも、重武装のテンがいないことで、俺たちの行進速度は上がっていた。
(考えるのは後だ……!)
俺は頭にちらつく最悪の考えを振り払い、ただ前へと進むことを意識した。
鼻の奥に染み付く血の匂い。死んだ獣の死体からあふれた排泄物と混じり合い、最悪の空気を形成している。
遠くでうなる獣の声に、鼠の爪がコンクリートの地面を蹴る音。
そこに、異音が混じる。規則正しい足音。二足歩行の音。数は三人。
「先だ!いるぞ!」
俺の声を聞き、ローズは一層加速する。俺も十メートルほど遅れながら、置いて行かれないように走る。
向こうも俺達の存在を検知したのか、足音が加速し、不規則さが混じる。だがそれでも、振り払うことは出来ない。
瞬く間に距離が縮まっていく。数百メートルあった彼我の距離は瞬く間に百メートルほどに。
やがて敵のうち、2人が止まった。
(——逃げてるのは、ミレナか?)
すでに場所は旧通路の出口だ。地下貯水施設ならばまだネットワークを経由し、残りの二人を操ることは可能なのだろうか。
あるいは二人を捨て駒にし、俺たちの距離を広げるつもりか。
分からないが、もうすぐ交戦することは確かだ。
「曲がったら2人!」
「了解」
ローズは冷静に返し、殺意を高める。
角を曲がる。しゃがみ込み、ライフルを構えた二人の男。
見覚えのない姿であり、装備から《
だがその表情に戦意や怯え、決意のような人間が持つ意志は見えず、能面のような表情で武器を構えている。
そしてその奥、角を曲がる見覚えのあるウルフカットの美女。
(ようやく見つけた――ッ!)
この数日、求めて止まなかったその姿。ここまで近づいたのは今回が初めてであり、そしてこれが最後になるだろう。もし逃がせば彼女は二度と俺たちの前に姿を現すことは無くなる。
だがミレナの元に辿り着くには、まずは目の前の2人だ。
並びライフルを構える2人。弾をばら撒き、通路を制圧射撃するつもりだ。鼠共が何度も使った忌々しい面攻撃。だがその対応策も既に分かっている。
ブレードを展開したローズは腕を振るい、刃を飛ばす。
「――!」
だが敵もそんなあからさまな攻撃を喰らいはしない。だが避けることは出来ず、ライフルを盾にし、防いだ。
面制圧の防ぎ方。陣形を崩せばいい。俺はローズは空いた左方へ飛び込む。俺は地面を走り、ローズは義足の能力で宙を飛ぶ。
残りの一人は、真横の男の様子など意に返さず、射程圏内に入った俺たちに向けて、機械的に引き金を引いた。
だが、たった一人の銃撃なんて薄すぎる。
俺達は男の腕の動きを見て、射線を読み、簡単に銃撃を躱した。
僅か数秒。男がライフルを構えなおしたときにはすでに、俺は懐へ潜り込んでいた。〈蒼凪〉を引き抜き、振り上げる。熱を帯びた刀身は義体を切り裂き、殺した。
そしてもう一人も、天井から飛び降りたローズのブレードで串刺しにされていた。
「追うわよ」
瞬殺。この程度の相手では足止めにもならない。
ローズは引き抜いたブレードに付いた血を振り払い、射出したブレードを付けなおした。
僅かに追跡を足止めされたものの、大きなロスはない。俺の聴覚は未だに逃げ続けるミレナの足音を捉えている。
だが、問題はある。俺たちが走る通路は既に滑らかなコンクリートの壁面に変わっている。
それは、TM-10の巡回する新通路に入ったことを意味する。
どういうわけか、ミレナは巡回する機械に察知されることなく、一直線に地上へと向かっている。
「ローズ!機械が前にいる!」
「チッ、突っ切るわよ!」
まじかよ。この地下は進入禁止エリアだ。機械に察知された時点で、都市の警官隊が地上で待ち伏せるだろう。
俺たちが賞金首であることも踏まえれば、危険なテロだとみなされ、
つまり、機械に察知された時点で俺達には制限時間が付く。都市側の包囲網が整うまでにミレナを倒し、地上へ逃げなければならない。俺たちの足を考えれば不可能ではないが、不確定要素は多い。
それでも、ローズは行くと決めた。なら俺も従おう。今回の依頼でローズと俺の傭兵としての経験の差は嫌というほど味わった。ローズの判断に従うのが最良だろう。
「前にいるぞ」
大型の機械のカメラアイが、俺達を捉える。無機質な青色の輝きが、真っ赤な警戒色へと変じる。
さあ、どうなる。既に地上への通報はされただろう。
こいつはどうする?警告音でもまき散らすのか、あるいは対侵入者用のプログラムでもあるのか。
だがTM-10という清掃用ロボットを名乗るそれは、俺の想定外の行動をとった。
機体に収納されていた副腕を展開し、その先には小型清掃用ロボットを取り付ける。
小型ロボットは、ブラシのついていたはずの先から複数のブレードを展開し、回転させ始めた。
「まじかよ」
それは瞬く間に、数多の腕を持つ殺戮機械へと変わった。
俺達は示し合わすまでも無く、ロボットの左右を通るように進む。
腕の幅を合わせてちょうど通路を全てカバーできるように設計された機械は、二手に分かれた俺達を見て、両方に対処することを決めたようだ。
右の二本がローズ、左の二本が俺。だがその程度では、少なすぎる。
カウンターとして放たれたブレードが副腕の関節を断ち切り、TM-10の上に飛び乗った俺は、腕を無視して乗り越える。
厄介な機械だが、その動きは直線的過ぎる。恐らくこいつらは、地下のモンスター用に調整された機械だ。対人は想定外らしい。
それでも自動学習を繰り返せば、動きは厄介になるだろう。
だが今は、敵にはならない。通路の保全のためか、飛び道具すら持っていないそれは、ただ鈍重なだけのガラクタだ。
走り抜ける俺たちは、何度か機械に遭遇したが、それを全て無視して先へと進む。やがて俺たちは広間に辿り着いた。
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